第41話 襲来


 ◇◇◇


 城塞都市にいつもと変わらぬ朝が訪れる。昨日と変わらない時間に東から昇り始めた太陽は、既にフィリスの街から遠くに見える山々を赤く照らしだしている。


 大通りに並ぶ街路樹から差し込む木漏れ日はまだ暖かいが、時折吹く冷たい風からは近づく冬の気配も感じられる。


 そんな毎年変わらぬ光景にあって、例年と唯一異なるのは鳥のさえずりがということ。



 空高くに見えている渡り鳥の群れも、どこか街を避けるように遠くを飛んでいるのがわかる。



 いつもと変わらぬ時間に起きて仕事場へと足を運ぶ人々の表情は皆固い。


 この街に住む一人として、否、この辺りに住む獣の一匹ですら、既に知らないものはいないのだ。今にもこの街に押し寄せんとしている蟲の大群のことを。

 



 ◇◇◇




 カーン──……カーンカーンカーンカーン……




 昼を少し回った頃、城塞都市に緊急事態を告げる甲高い鐘の音が響いた。



 一瞬の静寂の後、間を待たずに広がっていくのは、悲鳴にも似たざわめきである。


 街中の人間がが来たことを悟ったのだ。



「「ば、バグだ!蟲の群れが見えたぞ〜!!」」


 

 城壁の遠見台から、次々に蟲の到来を報告する声が上がる。




「来たか……」



 戦闘予行のため、大広場に設けられた練兵場で簡単な模擬戦を行っていた四人にも、蟲到来のしらせは届いた。


 


「ふむ、先遣大隊の報告通りだな。こちらは準備万端です。皆さんはどうですか?」



 ミルダは魔導鎧のマントを翻して遠見台に目を遣りながら、側にいる三人へ問いかける。



「ええ、ミルダさんのお陰で大分動けるようになってきましたし、悪くない働きができそうです。あとは、《黒門》が伝承の通りに起動してくれることを願うばかりですね」



 太々しい笑みを浮かべながらそう返したのは、付与術師のフィンである。ここ数日の模擬戦で、ミルダが一番驚いたのは彼が近接職ではなく後方支援職であるという事実だ。



「いえいえ、フィン殿の動きについていくだけでも大変でしたよ。《黒門》については信じてくださいとしか言えませんが、御三方の実力であれば大抵の魔物には単独でも対処可能でしょう。」



 その言葉を聞いたフィンは、チラとミレッタの方へと視線を送る。



「俺たち二人はともかく……、魔法無しのミレッタが蟲と対等に渡り合えるとはとても思えないんだが……?」



 この言葉はフィンの本心である。


 というのも、少なくともゲーム時代にはミレッタをまともに運用するためには常時彼女に《愛の言葉》を捧げ続ける必要があったからである。この仕様はミレッタを《パートナー》にしたプレイヤーにとっては避けようのない、ちょっとした罰ゲームじみたものなっていた。


 ただ、ミレッタ自身の能力の高さや、キャラクターとしての人気のために彼女のファンにとってそれは単なるご褒美でしかなかったが……


 ミレッタの戦闘シーンがネットに上げられる度に動画のコメント欄が「リア充爆発しろ」で大荒れするのも、今ではちょっとしたお約束になっている。



「フィンったらそんなに私を見つめないで?お姉ちゃん照れちゃうわ。そんなに心配なら《愛してる》って言ってくれればいいのに……蟲なんてあっという間に消し炭よ??」



 ポッと頬を赤らめる容姿は可愛らしいが、彼女は千年を生きる魔女で、先の転生の《死因》なのだ。フィンにとって彼女の運用は自爆覚悟の大博打である。もちろん、フィンはこの戦いでその言葉を口にするつもりはない。その辺りの彼女の危険性についてはやんわりと騎士団にも伝えており、ミレッタの協力はあくまで彼女の知識の提供までということで話がついている。




「ミレッタ……悪いけれど、お前の認識がどうであれ、俺がその台詞を口にすることはないぞ?」



「もう……。何でそんなに私を避けるのかがわからないわね?こんなにも魂が引きあってるのを感じるのに……フィンって実はかなり鈍いのかしら??だけど大丈夫。お姉ちゃんこう見えて強いんだから、蟲なんてへっちゃらよ?」



 ペロリと舌を出してそう告げる彼女の表情からは余裕が見てとれた。



(う〜ん……あくまでも俺が知っているミレッタはゲームの中の登場人物だからなぁ。実際のところ、魔力無しにとんでもなく強いんだとしたら、危険すぎて今後の対応を考えねばならんのだが……)


 フィンは内心そんなことを考えながらミレッタを見つめている



「フィン!!ミレッタさんはああ言ってるのですから気にする必要はありませんでしてよ!それより良いかしら、この前みたく勝手な行動をして大怪我をするような真似は、くれぐれも慎んで下さいね!!」



 そんな二人のやり取りを見ていたセリエが、少し苛立った様子でフィンに声をかけた。ミルダの師匠であり、大魔女などという大層な肩書きを持っていることを知ってはいても、やはり彼女はまだミレッタに心を許すことは出来ないようだ。



「ああ、わかってるさセリエ。この間みたいな無茶はしない。

 お前こそ、この大戦の象徴になっちまったんだから無理するんじゃないぞ?」



 フィンの言葉に、セリエはこくりと頷いた。



「力ある者として、そして、聖女としての務めですわ。必ずや勝利の旗を掲げて見せましょう。フィンにはいつものように、私のサポートを頼みましてよ?」



 騎士団の歴戦の面々から太鼓判を貰ったこともあり、セリエの表情は自信に満ちている。


 この数日、セリエはミルダとの模擬戦に加えて、手の空いた騎士団の強者と一通りの手合わせをして回ったのだ。


 明確な勝敗が出てしまえば騎士団全体の士気にも影響を与えかねないため決着まではつけていない。だが彼女はその立ち回りで騎士団の大隊長クラスの猛者にも決して引けを取らない実力を示したのである。



「ふふ、わかった。じゃあお言葉に甘えて、今回のところはセリエのサポートに徹するとしようか。」



 苦手な魔物相手で怯むかと思いきや、いまの彼女は使命感に燃えている。せっかくなので頑張ってもらうとしよう。パーティを組めば経験値は山分けなのだから。



 それぞれがお互いの顔を見合って頷くと、ミルダが声を上げた。



「では、持ち場へ向かいましょう!」



 その言葉を合図に、四人は黒門へと足を踏み出した。



 ◇◇◇

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