第二章 白金の姫騎士と付与術師

第22話 次席のセリエ

 ◇◇◇◇◇◇



 ───……ィン、………フィン!」



 フィンの意識に、聞き慣れない女性の声が響く


 その声に意識を集中させるうち、ボヤけていたフィンの視界が徐々に定まってくる。どうやら、転生したアバターとフィンの魂の順化が完了したようである。



「もう、フィン!いつまで惚けていますの!?置いて行きますわよ!」


 現在いまフィンの目の前には、白地に金の装飾で統一された鎧を纏う、まさしくお嬢様然とした少女が手を腰に当てて仁王立ちしている。


 その髪型は、お嬢様キャラの定型テンプレに漏れず、金髪ドリル……ではなく今はただの金髪ロングだ。学園都市では専属のメイドにより毎日バキバキに巻かれていた彼女の髪型も、流石に今から冒険の旅に出るとあって旅仕様にアレンジされており、現在のところ申し訳程度に髪先を巻いてある形に収まっている。



「やったわねフィン!私達ついに、やり遂げましてよ!まさか本当に学園都市を卒業できるなんて……直ぐにでもお父様にご報告しなければなりませんわ!」


 顔を見れば、少女は息を荒げる程興奮した様子である。


 その言動から察するに、彼女は学園都市編の卒業式展のことを思い出している様である。


 基本的に、学園都市の卒業は成績順に名前が読み上げられる。そして名前を読み上げられた者から順に、彼等はその⦅パートナー⦆と共に学園ダンジョンに挑むというのが学園都市編のフィナーレである。


 フィンと彼女はまさしく第100期生の中でダンジョンに突入したので⦅首席⦆であることに間違いはない。だが、名前を呼ばれたのはの方だったので、彼女の成績の方は有耶無耶になったままである。


 その事を敢えて彼女に指摘するほど、フィンは意地の悪い人間ではなかったが。



「……っえ〜っと、セリエ……様?お気持ちはお察ししますが、まずは落ち着きましょう。」


 フィンは、金髪お嬢様──セリエに対して落ち着くよう告げる。



 ◇◇◇



 フィンがセリエのことを⦅様⦆付けで呼ぶのは、フィンが彼女の⦅パートナー⦆になったからである。

 彼女とパートナーになるためには、先述した学園の成績トップ2のどちらか──つまりは、⦅首席⦆又は⦅次席⦆を獲得する必要がある。


 尤もそれは、学園都市編育成パートのあらゆる試験を既に何百周と経験しているフィンにとって然程さほど難しい条件ではなかった。


 セリエは中央大陸西部の⦅エレノア王国⦆のとある有力貴族の娘であり、学園第100期生のに憧れて入学してくる。そして、彼女がクラスメイトに存在する周回では何かとプレイヤーをライバル視して勝負を挑んでくるのだ。


 彼女との激しい首席争いの末に見事勝利を収めたプレイヤーは、彼女から自分の⦅⦆──もとい、⦅パートナー⦆になる名誉を授かるのである。


(なお、この誘いを断った時に見られる彼女の固有グラは、嗜虐的性癖を持つプレイヤーの界隈でかなり人気がある。ただしそれを実行した場合には、彼女は2度とゲーム内で仲間になってくれなくなるのだけれども)



 ◇◇◇



「第一、学園ダンジョンの転移門の行き先は完全にランダムだって、潜る前に学園長も仰っていたじゃないですか。現時点で、此処がどこかも判明していないわけですし……それとも実はセリエ様にはわかってらっしゃるんですかね?」



 フィンは世界座標からいまの自分達の居場所に概ね予想が立てられていた。だが、セリエは違う。

 彼にとってそれはわかりきった事ではあったが、敢えてそうしてセリエに問いかけることで彼女に自制を促すつもりなのである。



「何処かはわからないわ!」


 セリエはフィンの問いにふんと鼻を鳴らしてそう応える。



「では……」


「だけど、我が家に帰るアテはありましてよ。ほら、ご覧なさい!」



 そう言って、彼女はを指差す。


 フィンが彼女の指す方向に目を向けると、そこには空を舞う白い影がある。


 あれは──⦅飛空艇⦆だ。



(へぇ、お嬢様にしてはなかなか目敏めざといね。)



 その時フィンは、セリエが何故そんなに息を荒げているのか理解した。てっきり世間知らずなお嬢様が、首席で学園を卒業したことに舞い上がっているだけかと思ったが……フィンは自分の中での彼女の評価を少し上げた。たぶん、セリエは同期じゃだったろう。それくらいには彼女を評価しておくことにした。



「もうわかったかしら?あの⦅飛空艇⦆に乗れば、私のお父様がいらっしゃる⦅レーヴェン⦆までひとっ飛びですの!さあフィン行くわよ!」



 ◇◇◇



 セリエから放たれた言葉はまさに、フィンのであった。


 実は、フィンは少しセリエのことが苦手である。もちろん嫌いというほどであれば、わざわざパートナーに選んだりはしない。

 

 だが、世間知らずで意地っ張り、そして何かとフィンに張り合う彼女に対して、少し面倒なヤツだというくらいの印象を彼は持っていた。



 それでもフィンが彼女を今回の⦅パートナー⦆として選んだのは、フィンはこの周回で、いよいよ⦅レーヴェン⦆を拠点に活動するつもりだったからである。


 前回の転生で学園都市にマリエラが場合の所在が判明したことを活かし、仲間集めにかける時間を短縮するという算段である。

 それに、セリエの実家は金持ちであるため、金銭的にも何かメリットがあるかもしれない。フィンは、そんな極めて打算的な考えでセリエをパートナーに転生したのであった。



 セリエが父親の居る⦅レーヴェン⦆の屋敷まで卒業報告をしに戻るということは、彼女が⦅パートナー⦆になった際に確定で発生するメインクエストの一つなのだ。

 

 それでも、転生して直ぐに移動手段が見つかった事は幸運以外の何物でもなかった。大都市間の移動はゲーム内でも⦅飛空艇⦆が利用できたので、そこまで時間はかからないだろう程度に考えていたフィンにとって、今回の⦅転移ガチャ⦆は大当たりであった。



 ◇◇◇



「……ええ。あの飛空艇はどうやら高度を上げていくように見えますから先程飛び立ったばかりなのでしょう。発着場はそう遠くなさそうですね。」


 フィンは、セリエの言葉にそう返して進むべき方向を見やる。どうやら、山を越えて進む必要は無さそうだ。



「セリエ様、いま現在我々のいる場所が大体分かりました。ここは、中央大陸北部、バルトリア帝国のどこかでしょう。ほら、土が黒く見えませんか?この辺りの土地は黒土地帯と呼ばれていて、肥沃で耕作に適しているのだそうですよ。」



 フィンは、学園都市で学んだ地理の知識を披露する。

 とは言え、実際には彼が自分の居場所を知ったのは世界座標からであり、土が黒っぽいからなどと言うのは後付けの理由でしかなかったけれども。



「あらフィン、で栄えているというのなら、我が国の⦅カナン⦆も負けてはいないわ。

 そうだ!そういえば、ここ数年あの街の⦅収穫祭⦆がすっごく賑わっているそうよ?お父様からの手紙に書いてあったの、今度一緒に連れて行ってあげるわ!」


 フィンの言葉を聞きセリエはそう言った。だが少しして、その言葉が実質デートの誘いにも近いということに気がついた彼女は、顔を赤らめてこう続けた、



「それに、ガリ勉のフィンのことだもの……どうせ、女の子とお祭りに行ったことなんて無いんでしょう?」


 顔を赤らめたまま少し意地悪な表情を浮かべて、セリエはフィンにそう言った。


 彼女からしてみれば、それは自らの照れを誤魔化すための言葉であったが、彼女のことをそういう風に意識していなかったフィンは、ふと前の周回のことを思い出しながら答える。



「……いや、ありますけどね。」



 実際には、フィンはシミュラクルに転生する前には女の子とのデートなど経験したことなどない。

 



「っぇえ!?いつ!?誰とよ!?……アメリア?それとも、キアラン??まさか……ヴァレンシアじゃないわよね!?」


 彼女は、同じ周回でクラスメイトにいたメインNPCの名前を次々にあげる。……だがそこに、ラミーの名前はなかった。



「いえ、セリエ様の知らない人ですね。」


 だから、フィンはそう応えた。



 セリエの知る限り、フィンは自分からそういったイベントに誰かを誘うような人物ではなかったし、とても異性にモテるようには見えなかった。

 なので、誰かと祭りに行ったことがあるというフィンの言葉をセリエは信じられなかったし、自分の⦅パートナー⦆を見知らぬ女性に取られただなんて想像したくもなかった。



  ──そんなの嘘よ!

 

  ──嘘ではありませんよ?



 そんな問答を何度か繰り返した後、セリエはついに黙り込んでしまう。



(少々ムキになり過ぎたか……まあ、生前リアルの世界ではぼっちだったのは事実だしな。)


 フィンがそう考えて謝ろうとした時、セリエはついに泣き出してしまった。




「……ぐすっ。フィンのばか!もう、知らないんだから!」


 うえぇ、と泣きながら顔を真っ赤にして、セリエはどこかへ走り去ってしまった。



 ◇◇◇



(あ、やべぇ。セリエのやつ、やっぱりプライドが高いなぁ。しかし馬鹿なことを言ったな。あいつに機嫌を直してもらわないと、ここに転生したメリットがなくなるぞ?くそ、……どうしたもんかな。)



 フィンは今更ながら、少しはセリエの気持ちを考えてやるべきだったと後悔するのであった。


 ◇◇◇

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