第5話 〇〇なんてろくなもんじゃねぇ

「オエッ………」


「嘘だろ……」


今回の保安官さんたちは、まだ若いからこんな現場も初めてらしい。


扉を開けて部屋を見せたら、すぐに顔を伏せて吐きそうになっている。


これでも俺が最初に見たときよりはマシだろ。


中の女の人達の半分は意識あるし、目にほんの少しだけど希望のハイライトが入ってるし。


まぁ香ってくる匂いは、最悪だけど。


「ヤトナ海賊団だっけ? アイツラのですよ。多分死んではいないと思います。」


俺は女の人達には聞こえないように、一応気を使って小声で保安官さんに囁く。


「りょ、了解しました。ほ、本部に連絡しますね……。」


「ご協力、誠に感謝します……。」


明らかに顔色の悪い保安官さんたちは、お互いの顔を見合ってそう言うと、いそいそと部屋に背を向けて階段を登っていった。


「ったく。もうちょい隠せよな。」


確かに見ていて気持ちのいいものではないけど、彼女たちだって望んでこうなったわけじゃない。


一番の被害者なんだから、そんな汚物を見るような目で見ないでやれよ。


「えっと、港につきました。もう少しで保安官の方々が皆さんを保護してくださると思います。あと少しの辛抱ですので、頑張りましょう。」


俺は扉を開けて、注目を集めてから言う。


ざっと数えて十人前後の女性方は、お互いに身を寄せ合って、コクコクとうなずく。


俺は小さく頷き返すと、扉を開けたまま階段を登っていった。


「い、いま仲間を呼んできています……。」


上に上がると保安官さんが一人、膝に手を付きながらつぶやいた。


さっき言ったとおり隠せよとは思うけど、初めてならそうなるのは仕方ない。


けど、もっとひどいときもある。こんなのはまだ優しい方。


一面まっかっかとか、踏んだのが人のお肉だったとか、目の前でスプラッシュマウンテンして頭飛んでくとか。


それくらいのものと普通に出会うのがこの世界。

ほんと、ろくなもんじゃないよ。


彼女たちを、この若者たちはどうするのか。

それは少し見ものだ。


言い方は悪いが、中途半端に生きてるのが一番対処に困る。


まずは保護して、ご飯食べさせて寝床用意してってやればいいけど、その後の話。


彼女たちはこの事件で強烈なトラウマとかが植え付けられてると思うから、普通に社会で働くのは厳しいだろう。


ただ、だからって街で保護し続けて、食っちゃ寝させるだけでも意味がない。


丁度いい補助と、丁度いい自立。

それをさせなきゃ意味がない。


で、それをさせるのがくそムズイと。


「んと、ろくなもんじゃねぇ」


俺は先にお話を終え開放されて、欲望に浮足立つ本船の奴らを見て、つぶやく。


多分アイツラ、これから絶対風俗に行く。

俺はわかる。だって毎回俺もそうするから。


今まで溜めてきたものドバーッと、ブシャーっとぶちまけるんだろう。クソッ、羨ましいぜ。


けど、今の俺はもうそんな気分じゃない。


萎えた。なんというか、萎えた。


こんなの見慣れた光景なはずなのに、萎えてしまって、今はそんな気にならない。


俺が保安官早く来ねぇかなと思いながら、ボーッとはしゃぐ団員たちを見ていると。


その末尾で船を降りた船長が、何やらこっちに手を振っている。


「なんだ?」


俺は意味が分からないけど、一応手を振り返す。


なんだ船長。一人で寂しくなっちゃったの。可愛いところもあるじゃねぇか。


俺がそんな変態おじさん思考して一人でにやけていると、手を振るのを止めた船長がまばたきをする。


あぁ、モールス信号ね。了解。


ええっとぉ、『終わったら、酒場。』


船長はそれだけ送ると、何も言わずに踵を返して街へと向かっていった。


酒場ね。船長がお酒好きだからという理由ではなく、これの話を聞きたいってことだろう。


「おまたせしました。」


俺がめんどっちぃなと思っていると、出ていった保安官が、仲間を引き連れて戻ってきた。


ざっと数えて、40名。


みんなしておんなじ制服着てるのを見ると、なんか壮観だな。


「行くのは女の人のがいいと思いますよ。大勢の男は怖いだろうし。」


俺は先頭の男にそう言って、地下への階段を指差す。


「わ、わかりました……。」


奥と手前からそれぞれ二人ずつ女性の保安官が出てきて、計四人が中へと入っていく。


「皆さんは、こっちの方をお願いします。」


俺はそろそろみんな意識が覚醒してきた、海賊団さんたちを指さして言う。


指された彼らはヤベェという顔で怯え、保安官さんたちもその数に驚いて怯えたような顔をする。


まあ、100人弱くらい、並の海賊団ならいるんじゃね。


「ご、ご協力感謝します。」


最初に来ていた保安官の一人が俺にそう礼したのを皮切りに、保安官さんたちが海賊団を引っ張って船から下ろし始める。


もう少し容赦してやってや、というのは心の奥にとどめておこう。柱に頭ぶつけて痛そうだけど。


そこからかれこれ一時間弱経って、ようやくすべてが片付いた。


一時間とは言っても、作業自体は20分程度で終わった。あとはお役所らしく、手続きがどうだの書類がどうだのこの法律がどうだので、あーだこーだ言って40分かかった。


とう少しどうにかしてほしいと思うが、俺が陸に来て手続きするのなんて年に一回あるかないかだし、別にいいか。


それに、お役所からモタモタ抜いたら何も残んないだろうし。それが彼らのアイデンティティなのだろう。知らんけど。


「ふぅ、やっと終わったわ。」


俺は誰もいなくなった船の上で一人つぶやく。


念願の陸に上がろうとして、一応念の為確認しようかと俺は船に戻る。


「ふんふふんふふーん」


船の上には汚い男どもはおらず、地下室もまだ匂いは残るが誰もいない。正しく空の船。


Ahoy!!アホーイ


俺は船長がよく使う挨拶を一度つぶやいてから、陸に上がる。


別に緊張するわけでもないが、やっぱりこの陸を踏みしめる一歩は嬉しいというか、なにか特別なものがあるよな。


「さぁて、風俗……ではなく、酒場に向かいましょか。」


性欲は萎えたままだし、なんか腹減ってきたし。丁度いいだろう。


「あっるっこー、あっるっこー、おれーは、かいーぞくー」


俺は陽気に歌を口ずさみながら、街へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る