第18話 僕は各部族の願いを確認する


 バルドさんに会い、すべての長を集めてもらうように言って2時間後――。


 教会の中にある集会所で、すべての長を前に立っていた。

 ここに立つのはここに来た初日以来だ。

 敵愾心を持っている人はいない。だけど、僕がこれまで呑気に孤児と戯れていたことが気に障る人もいる。僕としては全然呑気に戯れていたつもりではなかったんだけどね。


「それでは、これまでに決まったことを、バルドさん、お願いします」


「はい。アトラス教の洗礼を午前のうちにここにいる全員が受けており、ほかの者たちはこれから順次洗礼を受け、天啓を得る予定です。またゼァガルド王国はトルーダ帝国との戦争になったとき、真っ先に兵を撤退させたことから、我々は独立を強く願います」


 長たちがどんな天啓を得たのかがとても気になる。ずっと僕を睨んでいる人たちなんて、アトラス教の教徒になったところで、寝返る可能性も結構ありそうだ。


「独立したいと? その場合のトップは誰になるんですか?」


「そうです。暫定的にはアカリ殿で決定しました」


 え、僕?


「……それはどうやって決まったんですか?」


「多数決です。アカリ殿に決定するか否かの多数決を行い、賛成6割だったことから決まりました」


 賛成が6割って、反対は4割もいるじゃないか。

 だいたい、どうして僕がここのトップにこれからも立つのか。せめて、戦争が終わったら真の意味で独立してほしい。

 きっと、ほかの誰かがトップに立つことが許せないのだ。

 例えばバルドさんがトップに立ったら、一番若いし、最初に僕に声をかけられているし、信用できないとかなんとか言って引きずりおろされる……どころか、まずトップに立つことはない。

 それは反対派の重鎮にも言えることで、賛成派が6割もいるなら反対派の誰かがトップに立つなんて不可能だ。ちょうどいい落としどころが、僕だったのだろう。


「まぁ、ひとまずはそれでいいでしょう。どのみち、ここの戦争にある程度終わりが見えないと、私はここから離れられませんし」


「ありがとうございます。では、このあとはイシュリーゼ族の族長、リーデルハイト殿が話があるということなので、変わります」


「はい」


 リーデルハイトとは、誰だろう。

 そう思って見回すと、立ち上がる老人が目に入った。

 この人がリーデルハイトだ。たぶん、反対派筆頭。僕が統治官になったと言ったときにも、ずっと不快感を示していた。小娘風情が、とでも思っているのだ。


「我らの土地が敵に奪われて久しい。土地もなく、避難してきている部族の者は飢えていく運命にある。そんな中、統治官殿は孤児を助ける余裕はあるようですな。議会場をこのような立派な教会に仕立て上げる時間もあったようだ。それで、統治官殿」


 議会場というベースがあったからこそ、これだけ立派な教会になった。

 孤児たちを使って、人海戦術で教会の改装を行った。必要なものをこの地で買い、時間短縮のためにゼァガルド王国の教会にある予備の扉や、祈りの間に必要な小道具を比較的特殊な天啓を持っている人に頼んで送ってもらい、ムタくんのコンビニで買った大量の麦を使って麦粥を作り、それを教会前で広く配った。

 結構大変だったし、昨日終わるかどうかギリギリだった。

 明かりがあったとしても、この世界では現代日本ほど煌々と闇を照らすことはできないのだ。

 夜になると作業がストップしてしまうから、なんとしてでも日が暮れる前に終わらせる必要があった。幸い、いまは夏。日照時間が長いことだけが救いだ。


「なんでしょう」


 ちょっと不機嫌になりながら、僕はリーデルハイトを睨む。


「敵に奪われた土地を、我らイシュリーゼ族の土地だけではない、ここにいるすべての部族の奪われた土地を、どう取り戻すおつもりか。お聞かせ願いたいものだ」


 ある程度想定していた内容で、ほっと胸を撫でおろす。


「戦争はアトラス軍が行う予定です。アトラス軍は世界最強と名高い軍です。土地を取り戻す、と派遣されている師団長が言うのですから、問題ないでしょう」


「本当か?」


「……どういう意味ですか?」


「アトラス軍が世界最強というのは聞いたことがある。だが、本当に強いのかと聞いている。それだけの強さを持つのならば、そもそも帝国は攻めてきていないのではないか?」


 む。

 確かに、ここグティア・ブンバーダに攻め込めば、いずれアトラス教が出張ってくるのは目に見えている。

 つまり、リーデルハイトはこう言いたいのだ。


「敵にはアトラス軍を打ち破る準備があるのに、アトラス軍はそれほど呑気でいいのか」


 と。


 しかし、アトラス軍は実際強いのだ。

 負けなしでずっとここまで来ている。最悪の場合、アトラス教が抱える世界最強の騎士団――聖皇騎士団だって駆り出すことができるのだ。


「問題ありません。いくらトルーダ帝国が準備を重ねても、勝てないものは勝てないのです」


「……そうですか。ならばよい。だがな、負けたことのない軍はひどく脆いぞ」


 凄く実感の籠った言葉だった。

 自分たちがそうだったのかもしれない。


「ご忠告、ありがとうございます。師団長には伝えておきます」


「ふん。――あぁ、そうだ。それから一つ、伝え忘れていたことがある」


 少し、ほんの少し、リーデルハイトからの圧が強くなる。


「我々は同胞を殺された。奴隷にされた。この恨み、必ずや晴らす。我々が帝国と対等以上に渡り合えるようにしてほしい。それが無理なら、せめて敵討ちの場を整えよ。私はいい。もう老い先短い身だ。だが、息子たちが妻を、子を失い、奴隷にされた無念や哀しみだけを背負って生きていくのは辛かろう。その心を、救う手助けをしてほしいのだ」


 ……なるほど。

 この人の行動理由、考えの中心にあるのは自分の息子か。

 ほかの面々を見ると、ほとんどの長が頷いていた。そこに賛成派も反対派も、そんな垣根は一切ない。

 僕が帝国に勝ち、ここにいるみんなを納得させる条件は、奴隷になった者たちの解放。それから独立し、自らの部族を自らの力で守れるだけの武力を得ることか。


「わかりました。必ず助けます」


 もし無理だったなら。

 男が持つ無念や哀しみは体で処理しよう。きっとできる。男の人はそういうことに弱いと聞く。こちらから行けば、多少は晴れるだろう。


 うまくいけば、全部族の性奴隷になれる。


 ……いやいや、そんなうまく行くわけないか。もしうまくいっても、それはそれでちょっと困る、かもしれない。困らないかもしれない。いや、うん、嬉しい結末かな。不謹慎か。

 ただ、それは最後の手段だ。

 意図的にそんなことをすれば最低すぎるし、全力を尽くそうと思う。


「話はこれで終わりでいいですか?」


「私はもう話したいことは話しましたな」


「ほかに話したい方、いたらこの機会にお願いします」


 しばらく待って、誰も挙手しなかった。


「明日から戦争が再開しますが、アトラス軍が持ちこたえている間に独立に関することや新たな独自の軍の新設など、やらなければならないことを進めていきましょう。では、解散!」


 

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