第16話 僕は白化を見学する



 水浴びを終えて教会に改装した元議会場の元休憩室、現僕の部屋に入る。

 中には簡易ベッドと簡易机と椅子、それからなけなしのカーペットが敷いてある。レンたちは食堂で雑魚寝してもらっているけれど、毛布は人数分渡しているし、たぶん大丈夫だと思いたい。


「太陽が沈んでもムタくんが来なかったときは焦ったなぁ」


 夜も随分更けてから来てくれた。

 お陰で、子どもたちが食事にありつけたのだ。

 エネルギー補給もできたし、結果オーライ。順調に計画通り進んでいる。

 あとは枢機卿の誰かが来てくれたら、教会の白化もできて万事解決なんだけど。


 時計を見ると、あと少しで0時になるところだった。


 2、3分と言ったところだ。

 僕はベットに入ろうとして――背後で金属音が鳴ったことに気付く。


 慌てて振り返る。


 そこには、ゼルさんを始めとした第6師団1番隊の面々がいた。

 彼らの中心にいるのは、僕が洗礼を受けたときに礼拝の仕方を教えてくれた高齢の女性だ。


「マリス様、到着いたしました」


 ゼルさんが中心にいる高齢の女性に呼びかける。あの人の名前、マリスって言うんだ。

 どうでもいいことを考えながらも、頭の中は混乱していく。

 どうして急に現れたのか。

 どうして全員が、枢機卿付き1番隊にのみ許された真っ白な甲冑を着て僕の部屋にいるのか。


「え?」


「それでは、アカリさんをこちらへ」


「え? え? 何?」


「はっ」


 ゼルさんが僕と向き合った。けれど、視線は少し下だ。周りの面々からも、少し気まずい空気が流れていることに気付く。


 ……そういえばパジャマだし、1人だからと下着も着けていないし、ボタンも面倒で途中までしか止めていない。


 みんなから視線を感じながら、特にモヒカン頭の甲冑から下心満載の視線を感じつつ、目を逸らそうとして横目でこちらを見ているゼルさんが少しおもしろくて。

 あえてゆっくり、ボタンを止めていく。


「アカリ、枢機卿猊下が白化を行う。アカリも見学することを許された。来るか?」


「えっと……」


 枢機卿猊下は高齢の女性だし、マリス様というのも同じ。いまさら言い直しても……。

 そのマリス様が白化を行うところを、見学させてくれるらしいけれど。

 僕はアトラス神というのをそれほど真剣に信仰していない。

 だから戸惑った。

 白化は以前聞いた話の限りでは、相当高位のアトラス教の御業だ。

 これができれば、アトラス教の一派を新しく作ることができるとも言われている。そんなものを僕に見せてくれるという。

 見ていいのかな。

 秘技みたいな側面を持つのに。


 見たい気持ちもあるけれど。

 いや、まぁ、正直に言えばめちゃめちゃ見たい。


 そのことを相談するには、ゼルさんに近寄らないと。

 周りの人に信仰深くないと知れるのは、あまりよくないと思ったから。

 周りを少し警戒しながらおずおずとゼルさんに近寄ると、モヒカン頭が口笛を吹いた。


「ひゅ〜!」


 それに釣られたのか、ほかの面々も同じようにした。


 刹那――目の前にいるゼルさんから、半端ない殺気を感じた。

 殺気を感じたことはない。

 だけど、死ぬ、と思った。

 媚を売らなきゃ、と。

 でも、どうすればいいのかわからない。

 突然の殺気に当てられて、腰が抜ける。

 ペタンと地面に崩れ落ちてしまった。


「っ、すまない!」


 ゼルさんが慌てたように声を上げる。

 いつのまにか、周りは静かになっていた。

 そのことから、僕に向けてではなく、周りの囃し立てた連中に殺気を当てたのだと理解できた。


 理解はできても、腰は抜けたし立ち上がれない。


 何の予兆もなく殺気を当ててくるゼルさんが、怖い。


 だから、本能だったのだろう。


 この人に嫌われると、殺される。


 そう感じてしまって、思わず笑いかけた。

 媚を売るように。

 殺されないように。

 痛い目に合わないように。


「すまない、アカリ」


「いえ、その、大丈夫です。えっと、白化、見ます」


 元々見たかった白化。

 いまは、別の意味で見なきゃいけないと感じた。

 ここで断るなんてできない。

 例え見たくなくなったとしても、見なきゃいけない。


「そうか」


 ホッとしたようにゼルさんが笑う。

 笑うと犯罪者みたいだと言われる、と言ってきたゼルさんがおもしろくて、ついつい可愛いと言った過去の自分を殴りたい。

 あの頃はムタくん以外のエネルギー補給を必死で模索していた時期だったから。

 だって、ムタくんは唯一の同郷で、過去の僕を知る唯一の人で、好意を持ってくれている特別な人なのだ。

 そんな人にエネルギー補給のためとはいえ、男からすればご褒美かもしれないとはいえ、性欲の捌け口にされているのだ。


 僕にとっては理想だけど、一般的な感覚で言えば最低な行い。


 ムタくんを裏切りたくなくて、あの頃は必死だった。

 いまではもういろいろと諦めて、ムタくんに甘えることにしたけれど。


 嫌われたくない――そう思って手を伸ばす。

 ゼルさんが手を握ってくれて、立ち上がらせようとしてくれた。だけど、立ち上がれない。


「うおっ」


 ゼルさんに向かって倒れてしまうところを、なんとか支えてくれた。


「す、すみません! すぐ離れるので」


 怖い。

 早く離れたい。

 だけど、力が入らない。

 泣きそうになった。


「ぁ、いや、すまない。だが、いや、うーん……」


「副隊長、アカリさんを抱っこしてあげたらどうです? それならアカリさんも白化を見られるし、副隊長も――万々歳ですよね?」


 ゼルさんが困っているところへ、モヒカン頭が余計なことを言った。

 そうしたら僕はずっとゼルさんに抱き抱えられて移動することになる。


「アカリ、抱き上げるぞ」


 死刑宣告にも聞こえるその言葉に、僕は頷くしかなかった。


「……はい」


 背中と膝裏に腕を入れられ、お姫様抱っこされた。

 お姫様抱っこされるのは初めてで嬉しい反面、ちょっと痛い。

 甲冑だよ、甲冑。

 抱かれ心地はよくない。


 ゼルさんを見上げると、目があった。

 顔が近い。その怖い顔がより拡大して見える。

 心なしか、彼の顔が赤い。

 怒っているのだろうか。

 そりゃそうかもしれない。

 僕は一応軍属――なのに、ちょっと殺気に当てられただけでこのザマだ。

 これ以上怒らせないように頑張ろう。

 余計なことは言わない。


「では行くぞ。アカリ殿、道案内を頼まれてくれるか?」


「わか、りました」


「うむ」


 案内が必要とは思えない。

 だって、部屋を出て一つ目の角を曲がれば祈りの間だ。



「では、始めます」


「「はっ!」」


 案内が終わってすぐのこと。

 マリス様を先頭にして1番隊の面々が綺麗に整列し、祈りの体勢に入る。


「アカリはそこで見ていてくれて構わない。今回はマリス様を主軸とし、我輩たちが補佐をするのでな」


「は、はい」


 ゼルさんたちが両膝をつき、両手を組む。


 瞬間――マリス様から白い光が立ち上る。

 続けてゼルさんたち1番隊の面々からも。

 僕はそれを見て固唾を飲んだ。


 一人一人から上がっている、細くも力強さを感じる白い光が一本になる。紐を組むように捻じれて絡まり、一本の大きな柱になった。


 白い柱が高さ10メートルはあろうかという天井に届くと、一気に弾けた。


 すわ、失敗か!? と思いきや、そうではないらしい。

 弾けたすべての白い球状の光が、地面や壁、天井にぶつかるたびにその場所を白に染める。至る所に衝突し、すでに白くなった箇所には光が向かわない。まるでコントロールされているみたいだ。

 そうしてすべてが白くなり、もう深夜だというのに明るくなった気がする。

 これが白化。

 これが枢機卿のみ許された、神の御業。


「……ふぅ」


 マリス様が息を吐く。


「みな、ご苦労。これで教会として成り立つことでしょう。……アカリさん、ここはあなたに任せます。私たちは総本山を留守にしたままではいられないですから」


「はい!」


 よろしい、と微笑まれ、自然と体に力が入る。

 この人の力になりたい、と思った。

 それがこの人のアトラスなのかどうかはわからないけれど、僕はこの地を改めて任された。


「そうそう、ゼルとキースを置いていきます。困ったことがあれば、頼りなさい」


 ゼルさんとキースさん? が残るらしい。僕の護衛的な何かだろうか?


「アカリ、よろしく頼む」


「アカリさんは俺が守りますよ!」


 ゼルさんとモヒカン頭が一歩前に出て、僕にそう言った。

 どうやらモヒカン頭がキースという名前らしい。


 僕は怖くありつつも頼もしい味方を、二人ゲットした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る