番外編:格ゲー反省飯

 ──何だか妙にコマンド入力が失敗すると思ったら、お昼を食べそこなってたみたいだ。

 そんなことに気が付いたのはお腹が派手にぐぅ、と鳴ったせいだった。はたと我に帰ればもうぶっ通しで3時間ほど遊んでいたらしい。目をしょぼしょぼさせてから、私はその場でうーん、と伸びをした。右の肩が軋むように痛い。

(ボタン押すのに変なとこに力入れすぎ、あと余計な連打しすぎなんだよなぁ私……)

 そんなことを考えつつも膝の上に置いたアケコンを退けると、のっそりと私は立ち上がった。お昼ごはん、なんかあったっけ。確か野菜室に常備菜が幾つかと、パンがあったからそれでいいか。袋麺と言う選択肢も浮かんだけれど、何だか今は野菜が食べたい気分だ。

 冷蔵庫を覗き込むと昨日せっせと大量生産した常備菜が並んでいた。我ながら壮観だ。

 トマトとチーズのオリーブオイル漬け、キャロットラペ、お漬物が数種、小松菜のお浸し、味付きひき肉も幾つか。ラタトゥイユもある。

(ラタトゥイユあるしパンと…ソーセージあったっけ? じゃあそれでいいか)

 食パンを一枚トースターにかけて、ラタトゥイユをお皿に盛りつける。魚焼きグリルを使ってソーセージを…少し迷って贅沢に3本。切れ目を入れるのも面倒なのでフォークで刺して、焦げ目がつく程度に軽く炙っておいた。

 トーストの香ばしさと、肉の脂が焼ける匂いが台所に漂いだすと、いよいよ空腹が意識される──まぁもう2時だし。12時までちょっとネット対戦しよう、と軽い気持ちで始めた積りが、随分と熱中していたみたいだ。

(今日も楽しかったなぁ、いやー負けた負けた!)

 ちなみに戦績は10戦やって2勝です。私の腕は推して知るべし。それでも大人になってから初めての格闘ゲームが楽しいんだから不思議なものだ。

(…それにしてもなんか同じところで投げられてばっかりだったな)

 後でリプレイを見返して、対策しないと。

 そんなことを思いながら、私はお昼ご飯をテーブルに並べて行った。ラタトゥイユ、トースト、それにこんがり焼き目のついたソーセージ。うん、完璧じゃないかしら。

 香ばしいトーストにソーセージを乗せたら、そこにたっぷりとスプーンでラタトゥイユを乗せて、大きく口を開けて齧りつく。パンの端っこからラタトゥイユがボタボタ零れてお皿に落ちるけれど誰が見てる訳じゃなし、気にしない。

 ひんやりとしたラタトゥイユの酸味、熱々のソーセージの脂、それを支える小麦の香ばしいトースト。頬張ったら口の中でそれらが混ざり合って、空腹も相まって「んんん」と小さく声が漏れた。

 自家製のラタトゥイユは冷蔵庫で余っていた適当な野菜を、自動調理鍋にトマトピューレと一緒に放り込んだだけの代物だ。味付けは目分量でざっくりと、万能調味料のマキシマムと、それから白出汁を少々。お味噌を入れても美味しいらしいけど今回は切らしていたのでそれだけ。余った時にはカレールーを入れて煮込めば野菜たっぷりのカレーにもなる。夏野菜の美味しい時期には、これが常備菜の中ではトップクラスに便利だ。

 こうやってパンに乗せてもいいし、トマトベースだからお肉とも相性抜群だ。勿論、ソーセージともばっちり噛み合う。鼻歌がついつい出てしまいそうになりつつ、私は自分の試合のド下手くそなリプレイを見返すかどうか悩んで、別の動画にした。上位のプレイヤーさん達が配信している試合の動画。

 ──こうやって眺めてると、まぁその、上手過ぎて勉強には全くならないんだけど。

(私が使う推しと全然動きが違うわぁ……格好いいなー……)

 何か、推しに申し訳ない気持ちになってくるわね。ごめんね、まだまだコンボも基本的なこともまるっきり出来てないプレイヤーで。

 冷めきった緑茶を流し込み、お皿に落ちた茄子やズッキーニの欠片をお行儀悪くパンの端っこで掬い取る。ソーセージも一本余ってたので、そのまま指先で摘んで口に放り込んだ。ぷつり、と皮を千切る食感の後にじわりと滲み出す肉汁がアッサリとしたラタトゥイユにコクを加えてくれる。

 テーブルに置いたタブレットの中では、画面端で綺麗にコンボが決まっていた。ゲージは使わない基本のコンボ。うーん。コンボの練習もしなきゃなぁ。今のところ、実戦できちんとこのコンボを入れることが出来た試しがない。画面端、追い詰められてる側のことが殆どだし。

(その前にもう少し位ガードと前後転、ちゃんとできるようにならなくちゃ……)

 まだまだ練習することが山ほどある。

 うんざりする人も居るのかもしれないけれど、今の私は何しろド初心者で、やればやっただけ上達するのが楽しくて仕方がなかった。もう少し上達したら、どこかで壁にぶつかるのかもしれない。でも今は、とりあえず。

(よし、あと1時間くらいはトレモしますか!)

 綺麗に平らげたお皿は流しに突っ込んで、いそいそと私は床に置いたコントローラを膝に抱え直した。お皿洗いも、お夕飯の支度も、あと1時間くらいは忘れさせて欲しい。上手な人のプレイが目に焼き付いているうちに、ほんの少しでも上達したかった。

(ていうか、せめてコマンドミスは減らしたいわね!)

 ──まぁ、そうはいっても私の目標は泣きたくなるくらいに低いんだけどね!

 唇に残っていたラタトゥイユのソースを舐めとって、私は画面に向き直る。お腹も満ちたし、やる気だけなら十二分。しっかり練習して、明日こそはもう少しまともに立ち回れるように。

 私はゲームのスタートボタンを、勢いよく押した。



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