セッション反省飯

夜狐

立ち飲み屋の缶詰とキャンペーン一話目の話

 暖簾を潜る。日曜とはいえ夕方にもなれば、ターミナル駅の改札横にある立飲み屋はそれなりに込み合うが、幸い一人分の隙間は容易に見つかった。

 恐らく4キロくらいはあるだろう重たいリュックをその隙間にどすん、と置いて、息をつく。まだまだこれを背負って家まで帰らなきゃならないんだと思うと、少しばかり気鬱にはなった。嘆息しつつ景気づけに、と、店内カウンター上に置かれた黒板の、「本日のおススメ」をちらり。今日は焼酎の気分だから、とりあえずざっくり合わせて――まぁ面倒だからいいか、いつもので。

 このお店は、前払い方式だ。厨房横のレジへ行って、レジ横に積まれた焼き鳥の缶詰を手に取り、ひとまず、

「宝山ロックとネギトロ、糠漬け、あとこの缶詰」

 注文を済ませると、確保しておいた場所へと戻った。



 今日は、と焼酎のグラスを傾けつつ振り返っているとため息ばかりが漏れた。

(キャンペーンの1話だからって…張り切りすぎた…)

 ようやっとスケジュールを擦り合わせ、あらかじめ配られたハンドアウトを睨み、ルールブックを読み込み。Discordでプレイヤー全員とGM同士、事前の調整なんかもしっかり重ねた。何せこのシステム、ルールブックとサプリメント合わせて重量にして5キロにはなる。膨大な設定とデータを全部把握してる人なんて熟練のTRPGプレイヤーの中にだって居ないに違いない。

(オマケに元々のコンセプトが異世界クロスオーバー物だしなぁ)

 SF世界のキャラクターと、ファンタジー世界のキャラクターと、歴史物のキャラクターが同席することが珍しくないシステムなのである。事前の調整は大変重要なのだ。ルールブックにもそう書いてある。

 が、そこまで頑張ったのに――

(…空回った…)

 うんうん唸りつつ、ネギトロを海苔で巻いて口に放り込む。とろりとした食感と独特の脂っぽさを焼酎で流し込む。それから次に糠漬け。きゅうりを齧ってポリポリと噛み締め、

(手酌が多かったかなー。設定も盛りすぎた)

 考えつつ手酌で焼酎を注ぎ足す。氷を入れてかき混ぜて、一口。

 「富乃宝山」は芋焼酎の中では割合、癖が少なく飲みやすい部類だ。芋焼酎特有の匂いのキツさも、キンキンに冷えたロックなら口の中で香る程度でむしろ鼻に抜けるそれが心地よい。

 温めてもらった缶詰の焼き鳥を頬張り、また焼酎を一口。

 魚の脂にも合うが、缶詰焼き鳥の、少しくどいくらいの脂も芋焼酎は強めに押し流してくれる。

「…あー、おいし」

 しみじみ。

 ちょっとジャンクな感すらあるが、立飲み屋のメニューは肩肘はらないくらいで丁度いいのだ。

(…次はあんま気合入れすぎないで他の人のシーンでも絡もう…)

 酩酊し始めた頭でぼんやり考えて、スマホを開く。見れば今日同卓したゲーム仲間からの通知が来ていた。

『今日はありがとうございました!次の成長とか含めて擦り合わせたいんですけどどうですか?』

 さてどう返そうか。

 私は内心で笑いつつ、糠漬けをまた一つ摘まんで口へ放り込んだ。

 とりあえず反省会はここまでだ。

 第二話をどう楽しむか、GMが提示してくれるだろう新しいハンドアウトを読んで成長案を作って。他のプレイヤーのデータも見なくちゃ。どんな支援が喜ばれるかな。それから、それから。


 ――TRPGプレイヤーは忙しいのだ。長々反省だけなんて、やってられないのである。

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