第54話 メシアと探求者


「ああ、すみません。こんな道の真ん中で話す話ではないですね。こちらへどうぞ」

そう言ってリズが少しだけ振り向き、片手を上げるとそれに反応して警護の者が近づいてきた。

警護の者はみんなほとんど同じ屈強さで黒尽くめの服装なので、見分けがつかない。

「どうぞこちらへ」

筋肉モリモリの彼の動きは、意外なことにとても繊細で洗練されていた。

まるでトーマの執事のリュドのようだ。

促されるまま後についていくと、すぐ近くの立派な建物に入っていく。

 魔石市場のお店はテントや軽い木材で作られているため、石造りでしっかりとしたこの建物は凄く目立っていた。

扉へたどり着くまでに石で出来た階段を数段登らねばならなかった。

階段のおかげで少し目線が高くなると、ようやく市場全体を見渡すことができた。

先ほど通って来た門が正面に見える。

思っていたよりも結構広いらしく、あんなに大きかった門が小さく見えた。

整然と店舗が並んでいる表の市場とは違い、こちらは複雑に入り組んでいる。

よく言えば賑やか、悪く言えば雑多だ。

たまにそこここでパアッと上がる光の柱が花火のようできれいだった。

 

 驚いたのは、こちらの魔石市側からは外界へ繋がる道が一本しかないことだ。

向かって左手にまたもや門があり、そこから外界へ出られるらしい。

こちらにも門番がいて、今度は出ていく人に対して目を光らせていた。

門以外は全てぐるりと背の高い塀で囲われていて、まるで巨大な要塞のようだった。

こんな塀を建てないといけないほど、魔石は危険なものなのだろうか。

そしてこの建物の後ろには、これまた巨大な小山がそびえていた。

レスの森とは違う、薄暗く乾いた山だ。

風が吹くたびに砂埃が舞っている。

小山にはいくつも大穴があけられて、レールが敷かれていた。

あの穴から魔石を採りに中へ入るのだろう。

暗く大きな穴だが、壁に下げられたアピの火が煌々とした光を放っていて、恐ろしくはなさそうだった。

後ろは小山、前と左は門。そして右には塀。

わたしは簡単な地図を頭の中にしまいこんだ。

あとでノートにまとめたい。

 

 そんなことを考えていると、いつの間にか階段を登りきっていて、わたしたち一行は建物の中に入ろうとしていた。

扉は重厚そうな木で作られていて、もちろん他の扉と同じくステンドグラスが嵌められ、となりの壁にはウィローの木が備えつけられている。

ウィローの木に手を当てるのかな、と見ていたが、警護の者はまるで自分の家のような気軽さで扉を開けた。

あれ?と思ってリズの顔を見ると、彼はにっこりと口だけで微笑んで言った。

「どうぞ。私のノッカー鉱山へようこそ」

 

 建物の中は広く、フロアの半分くらいは銀行の窓口のような形になっていた。

待合用の椅子もあり、何人かの人が椅子にかけて何かを待っていた。

「魔石を採取する許可を与えているんです」

不思議そうなわたしの顔に気がついて、リズが説明してくれる。

そうか、魔石を掘るのにも許可がいるのね。

そりゃそうか。

なんとなく、自然の恵みに近い扱いで、魔石は取り放題のような気がしていた。

「誰に許可を取っているの?鉱山は誰の所有物?国かしら」

わたしがそう尋ねると、彼は口先だけの微笑みを崩さず答えた。

「私にです」

「えっ!?」

驚くわたしの反応を見て、テフィリンが訝しげな顔をした。

「魔法使い。アリスって何者?なんで魔女のくせに、リズのこと知らないの?」

「アリスは前に頭をしたたかに打って、記憶が曖昧なところがある」

アブソレムが前にアルにも使った「頭を打って記憶喪失説」を持ち出した。

だがテフィリンは、アルのように簡単には信じていないようだ。

「ふぅん」と言って目を細めている。

わたしは取り繕うように、へらへらと笑って見せた。

「まあいいや。悪意は感じないし」

テフィリンが視線を外してくれて、ホッと胸をなでおろした。

別の世界から来ただなんて絶対に信じてもらえないし、言わないに越したことはない。

 

 すると、おかしなことに気がついた。

リズの顔を見た途端、いきなり下を向いたり回れ右していなくなる人が数人いるのだ。

その人たちを追うために、後ろからぞろぞろとついて来た警護の者が1人、また1人といなくなっていった。

「なんで逃げるの?」

部屋の端で大騒ぎしながら取り押さえられた人を見て、わたしはアブソレムの耳元でこっそりと聞く。

「正式な手続きをせずに魔石を採取したか、売買したのだろう。愚かなことだ。リズは不正を絶対に許さない」

わたしはリズの猛禽類のような目を盗み見て、ぶるっと身震いした。

獲物を狩る時の梟に似ている。この人を騙そうだなんて、本当に愚かなことを考えたものだ。


 だが当のリズは周囲の騒ぎには全く目もくれず、奥の部屋の扉を開けた。

その部屋は応接間のようだった。

広い部屋にふかふかの革張りのソファセットが置かれている。

「こちらへどうぞ」

促されるまま腰をかけると、扉はリズ、テフィリン、アブソレムとわたし、そして警護の者が1人だけ入室したところで閉められた。

みんなは椅子にかけ、筋肉モリモリの警護の者だけが奥へと向かっていく。彼がお茶でも入れるのだろうか。

「彼が気になりますか」

リズに突然声をかけられて、わたしはビクッと背筋を伸ばした。

「あ、いや、すごい筋肉だなと思って……」

「それはそれは。お褒めに預かり彼も光栄でしょう。名はシュムリです。今回の話に関わる人はなるべく絞りたいが、1人くらいはお許しください。彼は信頼できます」

リズの言葉が耳に入ったのか、シュムリは嬉しさを噛み殺しているようにグッと唇を固く結んだ。

顔も赤くなっている。

あらあら?かわいいところあるじゃない、と一瞬でわたしはシュムリが好きになった。

「それで、魔石についてです。竜の抜け殻で作るとなると、我々で用意したドワーフでは対応し切れないかと思います」

えっ、ドワーフ!?

わたしが心の中で驚愕していると、アブソレムが「そうだろうな」と答えた。

「ですので、対応できる精霊か妖精の所まで交渉に行かねばなりません。運良くここ数日は鉱脈を見つけた所でして、優秀な妖精も集まっています」

また妖精や精霊!

ケルピーの冷たい声を思い出して背筋が冷たくなる。

リズはアブソレムと何やら難しい話を始めたが、わたしは想定外の展開についていくだけで精一杯だった。

 

 目の前のテーブルにお茶のカップが置かれ、わたしはハッと顔を上げた。

シュムリがお茶を出してくれたらしい。

わたしは小声でお礼を言う。

半透明の石か、ガラスで作られているような硬いテーブルなのに、カップを置く際に音が全くしなかった。

シュムリはあんなに筋肉モリモリなのに、やっぱりとても繊細な動きをするようだ。

コーヒーかな?と少し期待したが、出されたのはやはりここでもハーブティーだった。

魔法使いにコーヒーはご法度、というのは本当らしい。

わたしはお茶に口をつけて、軽く頷いた。

ローズだろうか。ピンク色で甘酸っぱい、おいしいお茶だ。

かわいらしいお茶を選んでくれたシュムリを、また少し好きになった。

「では、そういうことで」

「そうだな。よろしく頼む」

お茶を飲みながらぼーっとしている間に、リズとアブソレムの話がまとまったらしい。

ふたりは満足げな顔をしてお茶に手を伸ばした。


「あら、話は終わったの?」

わたしがゆったりと腰掛けたままそう聞くと、リズが驚いた顔でこちらを見た。

「え?アリス、聞いていなかったのですか?急に顔を上げたり頷いたりしていたから、てっきりあなたも了承したかと思っていました」

やばい、聞いていないのがバレてしまった!

わたしは取り繕うように、ヘラヘラしたいつもの笑顔を浮かべた。

その顔を横目で睨みながら、アブソレムが言う。

「いいんだ。アリスはおかしなことには食いつくくせに、自分のことには驚くほど興味がない。今回も魔石さえ手にはいれば、その他はどうでもいいんだろうよ」

アブソレムの言い様にはムッと眉を寄せたが、その通り過ぎて全く反論できなかった。

わたしはポカンとこちらを見ているアズとテフィリンににっこり笑ってから、お茶を飲み干した。

 

 みんながそれぞれ一息ついていると、まず動き出したのはテフィリンだった。

お茶を置き、シュムリに何かを耳打ちする。

そこでやっと彼女の顔をまじまじと観察することができた。

今までも何度か観察しようと試みて来たのだが、その度に印象的な大きな瞳でじいいっと見つめられ返してしまうので、なんだか照れてしまって出来なかったのだ。

豊かに結い上げた髪は金色ともオレンジ色ともとれる微妙な色をしている。

目の下に貼り付けられている小さな宝石と同じ色だ。

片側だけ長く前髪を垂らしていて、横を向いている今はこちらからだと表情が見えない。

テフィリンの性格からしてもっとたくさんのアクセサリーを身につけていそうだが、意外にもアクセサリーの類は一切ない。

そのせいもあり、目の下の宝石がきらきらと光ってよく目立っていた。

 

「さっきの話だと、入るのは第4鉱山だね。人払いしてくるよ」

そう言ってゆっくり立ち上がると、惚れ惚れする様なきれいな歩き方でドアの外へと出て言った。

ドレスの衣摺れの音まできれいだ。

前の世界でも終ぞ一度も見かけたことはなかったけれど、女優さんってこんな感じだろうか。

わたしが彼女の後ろ姿を目で追ってため息をついていると、リズにくすくす笑われてしまった。

「アリスはシュムリだけでなく、テフィリンも気になるんですね」

「いや、あの……。とてもきれいだから。どうしても見惚れてしまって」

「そうでしょうね。彼女は貴族ですから」

リズの言葉に、わたしは何かひっかかるものを感じた。

 

 彼女、「は」貴族?

ということは、リズは違うのかな?

周りの扱いはどう見ても、リズの方が身分が高そうなのに。

でも、あなたの身分は?なんて、口が裂けても聞けない。

わたしはどうしようかと迷った末、こう聞いてみることにした。

「ふたりのご関係は?」

「彼女は探求者で、私はメシアです」

「メ、メ……、メシア!?」

驚きのあまりものすごい大声を出してしまった。

テフィリンのカップを片付けに行ったシュムリが、何事かと壁の向こうから顔を突き出してこちらを見た。

「え、なに、あなた、メシアなの!?」

「あ、はい。私はメシアです」

リズは若干引いているようで、目を丸くしている。

混乱する頭の片隅で、リズの目に初めて表情が宿ったことを嬉しく思った。

 

 わたしは頭を抱え、なんとか整理しようとしたが、思考はとっ散らかったまま全くまとまる気配がない。

メシアとは何なのか、基礎知識がないのだから当たり前だ。

そこでわたしはいつもの通り、アブソレムに助けを求めることにした。

「アブソレム……」

「ああ、君に説明していなかったか」

アブソレムはわたしの取り乱し様に、随分面白がっているようだった。

いつもより少しだけ軽い口調で説明してくれた。

 

 シャヴァート派にはいつの世も必ずメシアが1人存在するらしい。

前のメシアが死去すると、その年で5歳になるまでの子供の中から1人、新たなメシアが選ばれると言う。

それを探し出したのが探求者であるテフィリンで、メシアとして選ばれたのがリズということらしい。

 

「へええ……、すごい。なにで選ばれるのかしら?」

わたしは説明をノートに書きとりながら質問した。

「私たちにはよく分からないが、探求者には分かるらしい」

「探求者って言うのは、テフィリンだけなの?」

「いや、ある程度身分の高い家系には必ず1人は生まれているはずだ。探求者は、読心術が使えるとされている」

すごい。読心術?ファンタジーだわ。

興奮してノートに書き足していると、リズが口を開いた。

「メシアを見つけた探求者の家は、必ず繁栄すると言われているから、皆必死に探し回っていたようです」

「そうなんだ、なるほどなるほど……。リズは選ばれた時、何歳だったの?」

彼はわたしの問いに、手を顎に当てて考え込んだ。

「確か5歳になる直前でしたね。突然高貴な身分の人たちが大勢家に押しかけて来て、混乱しました」

その言葉に、わたしはペンを止めて顔を上げた。

リズは斜め下をぼんやりと見ながら話している。

 

「それまで貧しかった生活が一変して、そのまま貴族の家に引き取られ、あらゆる教育を詰め込まれました。君はメシアだから、メシアたる行動をせよと」

5歳程度の子供が突然そんなことになるなんて、想像するだけで震える。

当時はどれほど恐ろしかっただろう。

わたしはペンを置いたまま、リズの横顔を見つめた。

彼は金色で、真っ直ぐでさらさらの少年の様な髪をしていた。

 

「引き取られたってことは、今は本当の家族とは……?」

わたしが心配そうな声を出したからか、リズがパッとこちらを見た。

「メシアには家族はいないんだそうです。神の子だからと」

そう言った彼の目は相変わらず無表情で、薄い金色をしていた。

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