第10話 幸運を呼ぶ妖精

いじわる花たちの悪口大会はまだ続いていたが、わたしは花を完全に無視することにし、アブソレムに促されるまま庭の先へ進んだ。

地面には、くねくねとした道がレンガで造られている。ただ、道と言って良いものか迷ってしまうほどシンプルなものだ。簡単に言うと、細くて古くて歩きにくい。

庭の中央には小さな池があり、ほとりには見たことのない木が立っていた。

葉はなく、茶色の実がたくさんなっている。実の隣には、なにか棒状のものが垂れ下がっているように見える。


「これはオルダーの木だ」

アブソレムが木の下で止まってそう言う。どうやらここで妖精を呼び出すらしい。

「オルダーは、妖精の国へ通じる入り口を守っているとされる」

わたしが木から垂れている棒状のものをじっと見ているのに気がつくと、アブソレムが「それは花だ」と教えてくれた。

すごい。これ、花なんだ。見たこともない花だ。

アブソレムは、わたしとアルを等間隔に立たせ、自分は木のほうを向き、なにかを小声で呟いた。そのまま手を伸ばして幹に触れると、オルダーの木は一瞬だけ震えたように見えた。

「アル。カップの準備を」

早い。もうカップの出番なの?

わたしはカップの役割をよく見たいと思い、一歩前に出ようとするが、アブソレムに手で制止された。動いてはいけないらしい。

アルが緊張した面持ちでカップを幹に近づけたその瞬間、突然ニュッと小さな手が幹から伸びてくる。

わたしは驚き、叫び声を上げないようにパッと口を手で覆った。

小さな手をじっと見つめてみる。腕が3~4センチくらいだろうか。

想像していた妖精よりも、ものすごく小さい。


「向こうへ引かれるが、そのまま動くな」

アブソレムがそう注意する。確かにカップがひっぱられているらしく、アルは力を込めて握り直した。

「チビのくせにすごい力だ!」

小声でそう叫ぶ。どうやらものすごい勢いで引かれているらしい。

アブソレムがこのままゆっくり引き抜け、と指示を出す。

アルが一歩また一歩と慎重に後ろへ下がり、カップを離そうとしない妖精を、幹から完全に引き抜いた。

「はあ~~~っ、疲れた……」

妖精を引き抜いたことを確認すると、アルは力尽きたようにその場へしゃがみこんだ。

相当の力を使ったらしく、汗をかいている。

季節に合わない外套がいかにも暑そうだ。


妖精は、全長10センチくらいだろうか。いかにも妖精らしい、蝶のような羽を持っている。

金色でキラキラの短い髪をしていて、後ろ姿だけ見ると、絵画を見ているような美しさだ。

だが、顔はそうではない。

整ってはいるのだが、猫のような釣りあがった目に、瞳が針で刺したように小さく、しかも薄い色をしている。遠目から見ると白目に見えてしまうほどだ。

そして口はびっくりするほど小さく、全く表情がない。

今はカップの中に顔をつっこんで、中身をむさぼり食べているようだった。

ガツガツと音がしてきそうなほどがっついている。そんなに美味しいのだろうか。

「こ、この子が妖精……?」

わたしはまじまじと見つめたあと、思わず後ろに下がる。

正直言って、少し怖い。

もっとキラキラキュルンなかわいい人間のミニチュア版のような子が出てくると思っていた。

「そうだ。どんなものを想像していたんだ?」

アブソレムは呆れたようにそう言うが、さすがに少し疲れたらしい。額を指先で拭っている。

「うまくいったな。本当にありがとう、おっさん!」

アルはカップに顔を突っ込んでいる妖精の羽を摘み上げると、自分の外套の肩に持っていく。

肩に座られるのかな?と思って見ていると、妖精は外套に触るや否や、鋭い歯を剥き出しにして食らいついた。

わーお……そうやって持ち運ぶのね……。

「いくつか注意点があるからよく聞け」

アブソレムがアルに向かって話しだした。わたしはここぞとばかりにメモを取る準備をする。


「まずは何よりも子供だ。子供を絶対に近づけてはいけない。妖精は、子供を見ると誘拐して言ってしまうからな」

えっ!?子供を誘拐するの!?

わたしは怖くなってまた一歩、妖精から離れることにした。

「それから、火薬と刃物を近づけるな」

……近づけるとどうなるか言わないところが、余計に恐ろしいよ。

「妖精が肩にかじりつくのをやめたら、君の願いを言え。大体1~2日でかじるのをやめるだろう。そうしたらその外套は脱いでもいい」

ということはこの子、2日もかじりついたままなのね……。

「願いを叶えたら殻のミルクをやると言うんだ。そうすると、妖精は君の願いの場所に導いてくれるだろう」

殻のミルクって、さっきのカップの中身かな?本当に大好物なんだ。

「最後に。分かっているだろうが、妖精はペットではない。人間とは違う、危険な生き物だということを忘れないでほしい」

アブソレムがそう説明すると、アルは「分かった」と頷いた。

いやいや。こんなに恐ろしいものを、ペットにしようなんて思わないでしょ。

わたしがそう思った途端、アブソレムが肩をすくめて言った。

「たまにいるんだ。後ろ姿は美しいから、それに魅了される奴が」

またも、わたしの考えは見透かされたらしい。


アルは興奮気味に、何度もお礼を言って帰って行った。

わたしは風の加護のあるミナレット派の人がどうやって帰るのか興味があり、玄関の外まで見送ったが、「じゃあ、おやすみ。魔女見習いのアリス」と言ったやいなや、パッと姿が消えていた。見学する間もなかった。

あとに残ったのは、今日名前を教えてもらったばかりの、小望月の光だけだった。

わたしは一度大きく伸びをすると、アブソレムの待つ店の中へ戻って行った。

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