E2ー嘘はつかないー

嫌な予感はしていた

モハマド公爵から呼び出され、たどり着いたと同時に


「あなたには我が領土に現れた盗賊団の一掃に行ってもらう」


開口一番にその言葉を吐かれる

まただ、昔と同じ言葉


「それは騎士団に対処を任せるということでしょうか」


「いや、私の領土に騎士団がずかずかと入るなど認められん、お前ひとりが行くのだ」


「危険な場所に一人で迎えと?正気でしょうか」


「あぁ、正気だ…治安維持のために仕方ないだろう?お前が断れば私は孤児院を潰すしかないだろうなぁ、何十人と路頭に迷うことになってしまう」


「………………」


怒りがこみ上げる

だがそれ以上に抵抗できない自分に腹が立つ、モハマド公爵はずる賢く

私以外には善意の塊の貴族


そして私は孤児だった騎士だ、ルナ様達はともかく他の貴族達は彼に賛同する者も多い


例え、私が真実を話しても対立が生まれるだけだ…なら


「分かり……ました」


「それでいい、頼みますよ…あの日のように君の独断で動くんだ」


私の肩をなでるように触りながらモハマド公爵は勝ち誇った笑みで去っていった


あの時と同じ

だが私はあの頃と違う

絶対に死なない、私は絶対に



雪の中一人死ぬことを覚悟したあの光景が蘇る

身体が震える

大丈夫、大丈夫だ…言い聞かせるように私はその場を去った





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



鎧を身につける際に、貰ったネックレスを置いていくかどうか少し考える

光る宝石を見つめていると、不思議とルーカスの事が頭に浮かぶ


外すのを止めて、付けたまま外へと出る

なぜだか、あいつが傍にいるような気がして、あの日二人で帰った日のように

安心できる気がしたからだ

弱気になっているのかもしれない


誰にも、何も言わずに私は準備を整え、馬に乗ってモハマド公爵の領土

盗賊団が現れたという場所へと向かった


城からは遠く

馬を走らせても半日かかってしまった


日が少し落ちかけてきているがちょうどいい、盗賊団とて明かりは必須だ

暗くなれば必ずたまり場に明かりはつくはず


剣をいつでも抜けるようにして、森の中へと脚を進める


見えた



前方に灯る明かり、この森の周辺には村なんてない

いるとしたら、報告にあった盗賊団のみ


地面を蹴り、風のような速さで明かりへと近づいていく

そして見えた人影にそのまま剣を振り下ろした



ばさりと藁で作られた人形が両断されて転がる


なんだ…これは

嫌な予感が背筋を走った



瞬間、後方より無数の矢が降り注ぐ

走りながら回避した、気配で分かった…囲まれている、それも数十人に

全員が武器を持ち、まるで



まるで私が来ることを知っていたように



周囲から複数人が同時に私に襲い掛かってくる

だが、動きはまるで素人、武器を持っていても私に適う相手ではなかった


殴り、蹴り飛ばして対処する

まだ大勢いる…だがこの程度なら問題ではない


そう思い構えた私に向かって


一人の男が呑気に拍手しながら歩み寄る

見覚えのある、嫌な男が



「やはり、あなたが仕組んでいたんですね…モハマド公爵」


「ええ、その通り…うすうす気づいていましたかね?なぜ私の私兵が盗賊団の鎮圧に騎士団より早く動けるのか…答えは全て私が自演させていたからですよ」


「はい、ですが証拠がなかった…疑惑を確実なものとする証拠が」


「なぜだか分かりますか?全員殺したからですよ、私達の姿を見た者全員を…後はその死体を焼き、盗賊団の死体だと吹聴した…簡単な仕事です」


「…クズが」


私は剣を握り、一気に間合いを詰める

こいつには慈悲なんて必要ない、一刻も早く死ぬべきだ

首筋に剣が届く瞬間


「止まれ、マリアンヌ…お前は忘れたのか?孤児院は噓ではないのだぞ」


ピタリと首を跳ね飛ばす寸前で剣が止まる

モハマド公爵はニヤリと笑い、私を蹴り飛ばした


「くっ!」


「いやぁ危ない、もう少しで死ぬ所でしたよ、私からの報告がなくなれば私兵によって孤児院の孤児達全員を殺す指示もしている、危ない所だったなぁマリアンヌ」


「………………なにが望みだ」


「話が早くて助かる、婚約だよ…お前の実力があればこの国でさえ手中にできる…そして何よりお前の身体を好きにできるのだ…これ以上の優越感はないだろう!」



「……」


「だんまりか、だが私は待たないぞ5秒以内に返事をしろ…お前の選択肢は限られているがなぁ、早く媚びへつらって私に跪け!」


私がハイと答えればこの場は丸く収まる

それでいいんだ…この何年間、孤児の私にはすぎた幸せだったんだ

剣しか知らなかった私には…


「5,4」


ふと、頭の中にルナ様の言葉が浮かぶ


ーマリアンヌ、貴方の自由にしていいのよー


「3、2」


自由に…私の気持ちはなんだ

本当に結婚をできるのかこんなクズと

私が本当に望んでいるのは



「1」


ーマリアンヌさん!僕と結婚してください!ー


ー本当に好きなんです!ー


ー心配で、僕の好きにやっていることですので!ー





あぁ………私もだ、私もお前が


お前しか



「さぁ!答えろ!!マリアンヌ!」


私は顔を上げてニヤリと笑う

昔に戻ったように、昔と同じ言葉を吐き捨てた





「豚と結婚なんて死んでもごめんだね」




「な!?」


私は初めて知ったこの好きを…この気持ちに蓋なんてできない

脅されても、絶対に



「ふふふ…いい顔だな、私を好きにする?できるはずがない!!例えこの身朽ちてもお前にはなびかん!!」


「ぐっ…おい!お前ら!こいつを押さえろ!!抵抗するなマリアンヌ、分かっているな?」


数人の男が私の腕を押さえる

これでいい、なびく必要なんてない


「この針が見えるか?この先端には毒が塗ってある…お前も経験したはずだ、かつてお前に仕掛けた罠の矢毒…お前を苦しめるために即効性の毒を作ったんだ」


「あの時もお前だったのか、救いようのないクズだな…」


「だ、だまれ!!いいか最後に聞く、本当に断るのだな?この毒は苦しく悶え死ぬ…1分もかからん」


私は目の前のモハマド公爵に唾を吐き捨て、笑う

孤児だった時と同じ口調と笑みで


「やってみろよ豚野郎…私はいくら脅されてもてめえには屈しない」


「ぐぅぅ!!全てを知ったお前にはここで死んでもらう!!」


モハマド公爵の振り下ろした毒針が肩に刺さる

取り押さえていた男達は離れた



けど




「ガッッ!!アァァ!!」


全身を激痛が襲う

立っていられない、悶え、うずくまってしまう


「はぁ、また別の手駒を探さねばな」



呟くモハマド公爵を睨みながら、必死に痛みに耐える

だが、口からは血が流れ、息が、できない…意識が…



「カハァ……ハァ……」



くそ……こんな所で…私は死ぬのか


ルナ様…申し訳ございません

貴方のそばにいた年数は私にとってかけがえのない宝です


私に生きる意味をくれた




そして、あいつだ……

一言でよかった、言いたかった


私の気持ちを…好きって気持ちを


もう遅いのかもしれない、もう……


薄れていく意識の中で呟く



「……ルー……カ……ス………………」


涙と共にこぼれた言葉が虚しく響いた













1人…血を流して死んでいく


あの時と同じように



たった1人で














意識の狭間、幻覚の中で

死を迎え、ゆっくりと目をつぶった




















声が…



聞こえる



暖かな感覚と共に

















ーこのネックレス付けていてください!!きっとマリアンヌさんの役に立ちます!ー


ー何か困ったことがあれば僕を呼んで下さい!!ー










薄れる意識の中

ネックレスの宝石が光輝くのが見えた



「なんだ、それは!?」


モハマド公爵が驚く声が聞こえ、宝石から放たれた光は人の姿となり

私を優しく抱きしめ、暖かい気持ちが流れ込む

髪を撫でる手は不思議と気持ちを落ち着かせてくれた



「マリアンヌさん、安心して…僕が必ずあなたを救います」



そう言ってこんな状況でも笑ってくれるルーカスに…私は生まれて初めて誰かに身を任せた






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