ロボリューション

セイン葉山

第1話 謎の事故

「黒川先生、なんでも、あの調査隊の会議の始まりが1時間半ほど遅れるようですよ。よかったら、事務室でお茶でもしますか?」

 受付のお茶目なエミリさんから連絡が入る。事務室の紅茶とお菓子のラインナップはあなどれないレベルだ。だがいまからお茶飲んでたらさすがにまずいか…?

「ええ?何かあったのかな。ま、教えてくれてありがとう。じゃあ明後日の手術のコーディネート、先に終了してしまおう」

 黒川秀俊、外科医である。でも最近、はたと気がつくとデスクワークばかりになってしまっている自分に驚く。最近は、患者一人につき1台のカメラとセンサーを備えた小型ロボットがつき、患者の体温や血圧などの基礎データは、リアルタイムでモニターできるし、顔色や患部の様子などもロボットの高精細カメラやセンサーで、いながらにして肉眼では判別できないレベルまでわかってしまう。さらに現在では患部の切除は、チューブによるレーザー切除から、マイクロロボットによる切除に代わってきていて、もう黒川の定位置も、手術室だけでなく、隣のロボットのコントロールルームだったりする。コンピュータのシステム室で手術の計画とコーディネートを確認し、手術室で小さな切り口を開けて、マイクロロボットを体内に入れる。あとはロボット視点のバーチャルグラスをその場でかけたり、隣のロボットのコントロール室で大画面を見たりして、医療ロボットやマイクロロボットを自分の分身のように使い手術を終わらすのである。

 技師や看護師の仕事ができる検査機器と連動型の自立型アンドロイドが配属された時は、大量の技師が職種変えを迫られた。そのロボットさえ来れば、通常の検査、心電図をとったり、エコーをとったり、血液検査をしたり、その場ですぐにできるのだ。部屋を移動したり、大きな機械を用意する必要もなくなった。現場は大きな変化に揺らいだが、それも収まり、気がつけば、いつのまにか外科医である自分の仕事もどんどん変更し、総合医のようになってきている。でもその方が驚くほどのコストダウンであり、患者の死亡率も下がってきている現実がある。仕事が楽になった分、看護師たちの患者との触れ合いや会話の時間は増え、患者の表情も明るくなったと言う。医療における人間の仕事の意味がまさに問われている。

 あしたの手術のコーディネートは1時間ほどで終わり、まだ時間が余った黒川は、出発ロビーで小説を読んでいた。便利な機能がいろいろ増えて情報がすぐに伝わり、予定も組みやすくなったが、逆に、分単位でスケジュールが組み直されるようになり、ゆったりした暇はなくなったような気がする。一度重病で筆を折ったと言われていたアレクシス・オルパーヴという作家が新作を出したのだが、これが大ヒットの傑作だった。黒川は半分以上読み終えたが、リュックの中から無人タクシーの到着を知らせるチャイム音が響いてきてしぶしぶ立ち上がり、病院の出口へと急いだ。

 黒川が乗り込むと、無人タクシーは、木立に囲まれた中央医療センターの敷地を離れ、高層ビルの立ち並ぶメイン通りへとゆっくりと進み出す。

「…キキュロ、会議はどうなっているんだい?」

 黒川がリュックの中をまさぐると、ちょうど手のひらに乗るくらいの大きなサイコロのようなキュウブが出てきた。黒川が取り出すと、中からぴょこっと目玉のカメラが飛び出す。これが黒川専用のロボット端末のキキュロだ。一つ眼巨人のキキュロプスから命名された。話しかけるだけで、メールから、データの確認、通話でもなんでもしてくれるし、健康管理、金銭管理、非常事態の記録・連絡まですべてやってくれる。黒川のロボット端末はちょっとかさばるが多機能で、モニター画面やスピーカ、ロボットアーム、各種センサーをその内側に隠し、移動するときは二本の足が球体から出て広がり、カンガルーのようにぴょんぴょん跳びはねて、廊下でも階段でもついてくる。キキュロは一つ眼をきょろきょろさせ、そのボディのモニター画面に顔の表情やデータを映してすぐに教えてくれる。

「会議の遅れた原因が分かりました、隊員の一人が謎の交通事故で重傷を負ったからのようです」

「まさか、それは副隊長のロバート・ギャレットじゃあるまいな?」

「良くわかりましたね。そのロバート・ギャレット本人ですよ」

 ロバートは先日連絡をとった時、なにか命を狙われていると言っていたのだ。冗談か気のせいかと思っていたのだがこんなことになろうとは…。

「命に別条はないようですが、今度の調査隊の参加は絶望のようです。控えのメンバーの中から、別の人間が参加するようですよ」

 目的地の宇宙開発ビルに着き、早速第三会議室の入り口にキキュロをかざす。すると自動で本人認証が終わり、ドアが開く。中には生物学者で調査隊隊長のカペリウス博士、そしてもう一人、副隊長のロボット技術者柴崎竜がいた。柴崎は連邦警察の捜査官の肩書きを持つ変わり種で、サイバー犯罪研究所の上級アドバイザーでもある。

「あれ、柴崎さんの端末ロボット、何をしているんですか?」

 ロボット工学の専門家、柴崎の端末ロボは、レプレコーン、マイクロロボットテクノロジーをフィギアほどの人形につめこんだ身長17cmの人間型で、人間のできる動作はほとんどできる高機能タイプだ。それがテーブルに置かれたプリントの間を文具を持って走り回り、何かをせかせかと働いているのだ。

「ペンとホワイトを使えるように最近学習したばかりでね。今日のプリントした資料の参加者の欄を修正しているんだよ」

 なるほど、人間がやる作業より早く効率的かもしれない。訂正した自も活字のように正確だ。しかし、よく働く小人さんだ。その様子をずっと見ていたと言うカペリウス隊長もうなずくばかりだった。

 やがて修正も完了、時間が来て、残りの参加者も顔をそろえた。今回は調査対象の惑星ミューズ26になんらかの関わりのあるメンバーがセレクトされているらしい。

「宇宙開拓地として開発が始まった惑星ミューズ26は、今から20年前に先住の知的生命体とトラブルを起こし、また未知の伝染病もあって、その多くの開拓民や研究者が惑星を離れた。だが、実は1000人ほどの研究者や開拓農民が、まだ惑星に残っていたのだ。そしてつい先日、その惑星ミューズ26から異常事態発生の連絡が届いた。詳細は分からないが、まだ惑星には残された人々も少なくない。我々調査隊で詳細を調べて、人々を救助しなければならない」

 一体惑星で何が起こったと言うのだろう。幸い、隊長に選ばれたカペリウス博士は高名な生物学者で、いくつもの開拓惑星の生物調査のため、過酷な環境下を探検してきたベテランだ。誰も経験したことのない惑星の環境や、いろいろなトラブルをいくつも乗り越え、成果を上げてきた実践はの学者だ。ミューズ26にもここ数年間で何度も研究に赴き、惑星の奥地まで行ったことのある頼りになる人物だ。またミューズ26はロボット化された開拓都市なので、ロボットの専門家の柴崎竜が呼ばれ、謎の伝染病の恐れがあるので、医師でミューズ26出身の私が呼ばれたわけだ。そして警備のプロとして軍からは遣されたロバート・ギャレットに代わり、ケリー・バーグマンという特殊部隊員が参加している。身長も高く鍛え上げられたグラマラスボディの女性なのだが、威圧的なメガネと金属製の高そうなネックレスが光り、黒川はちょっと苦手な感じだった。

 ロボットの専門家の柴崎は、このバーグマンのメガネが、彼女のロボット端末の一部であるとすぐに理解した。メガネの内側に、時折、光や文字のようなものがうっすらと流れていく。たぶん脳波で命令を送れるタイプなのだろう。だが、彼女の身の回りには、ぱっと見て、ロボット端末の本体は見えない。謎だった。

 そして宇宙船や現地での乗り物のエキスパートとして、パイロットのロッキーとレベッカが参加していた。彼らのロボット端末は、両手が自由になるようにゴーグルとインカムを持つナビ3と呼ばれるカード型のもので、胸のポケットが定位置だ。

 ニコニコして近付いてきたのが、サポートアンドロイドのハロルドだ。見た目には人間とどこも変わらないのだが、彼を連れていくだけで、あらゆる記録、分析が自動で行われる。さらに、問題発見解決型の人工知能を新たに搭載し、周囲の問題を自分で発見し、周囲とうまくコミュニケーションをとりながら解決して行くと言う能力を持っていると言う。 

だが黒川はハロルドを一目見ただけで、胸が熱くなるような、懐かしいような不思議な気持ちに鳴った、なぜなのだろう。

「ハロルド、君と僕は以前会ったことがあるかい?」

「初対面です。でも私は昔、人間ではないロボットとしてミューズ26にいたこともあるんです。それもあってこの調査隊のサポートアンドロイドに選ばれたんですよ。その時の表面的な記憶は消去されましたが、何かつながりがあるかもしれませんね…」

「ハロルドは昔、人間型のロボットではなかった?じゃあ、なんのロボットだったんだ」

「さあ、人間でなかったことは確かですけど…」

ハロルドはそう言って笑った。歳の頃なら25~6の好青年ではある。このアンドロイドとはうまくつきあっていけそうだ。

カペリウス隊長がおごそかに言った。

「今回のロバートの事故は、交通事故なのだが普通では起きない自動運転による多重衝突で、事件の可能性もあると言う。事態を重く見た軍はさらに護衛専用の特別な隊員をもう一人つけてくれるそうだ。あと、実は、隊員としてもう一人リストアップされている者がいるのです。ミューズ26の住民とつい最近まで空間メールで連絡を取り合っていた白石小百合という女性です。彼女は惑星で何が起きたか、詳細をつかんでいる可能性がある。それが、担当のロバートの事故でメモリーが失われてしまい、所在確認もできない状態なのです。船は全員の準備ができ次第出発となっています。どうしたらいいものなのか、思案中です」

すると一人が手を上げた。医師のそう、黒川に違いなかった。

「白石小百合、知ってます。彼女は、メディカルエンジニア、臨床工学技士で去年まで、同じ中央医療センターで働いていました。そちらの方向から連絡が取れると思うのですが…」

「へえ、偶然とはいえ朗報だな。黒川君、ぜひ連絡を頼むよ」

白石小百合は黒川が連絡をとることになり、いよいよ会議は本題に入った。

そもそもミューズ26とはどんな惑星で、トラブルを起こした知的生命体とはどんな生き物なのか…、我々調査隊は何をどう調査するのか…? みんな資料を受け取って説明を受けた。地球にそっくりのその惑星は豊かな自然に恵まれ、多様な生物が暮らしていると言う。知的生命体とは、身長130cmくらいの地球上にはいないタイプの人間で、彼らは人間の子どもぐらいの知能を持ち、王国を持っていると言う。とんでもない未知の世界に行くことだけは確かであった。

会議は終了した。黒川は、すぐに医療センターの同僚と連絡をとり、白石小百合の探索に向かったのだった。

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