第一章 前途多難(6)


「は……」

 沖田も、これを聞いて笑いがおさまった。

「そりゃあ本気で言ってやがんのか」

 土方が胡散臭そうに尋ねたが、伊織は臆せず、本当のことなのだと断言した。

「未来から来たからこそ、皆さんのことも良く知ってるんですよ」

 ここまで聞くと流石に唸るところもあるのか、三人は漸くまともに話を受け止めて始めたようだった。

「それが本当の話だとして、だ。元の時代に帰るには、どうすればいいんだ?」

 眉を八の字にして、近藤が言う。

「さぁ?」

「さぁ、って、おめぇ……」

 それがわかっていたら苦労はないだろう、という思いで、伊織はなんとも絶望的になる。

 元の時代に戻る方法に、心当たりがないわけではないが、だからといってそれを実行する勇気は持てない。

「──もう一度、舞台から落ちたら……あるいは戻れる、かもしれませんが」

「で、舞台から飛び降りるのか?」

 土方の尤もな質問に、伊織は絶句した。

 帰れるものならそれも考えなくはないが、もし帰れなかったら、ただの身投げになってしまう。

 沖田も今はなにも言わなかった。

 非常に重苦しい空気が満ちる中、土方がそれを振り払うように、ポンと膝を叩いた。

「ま、何はともあれ、ひとまず新選組の管理下にいてもらおう。立派な隊服まで持参してるんだ、ちょうどいいじゃねぇか」

 これには伊織をはじめ近藤、沖田も驚いた。

「トシ!? それは伊織さんを入隊させるということではあるまいな」

 女子を入隊させるのには反対姿勢の近藤を一瞥して、土方は腕組みをした。

「何も入隊させるとは言ってねぇさ。ただ、この先こいつが長州の手に握られないとも限らねぇだろう? 素性がどうあれ、実際にこんだけ俺たちについて詳しいんだ、敵に回せば厄介だ。それならいっそ、手元に置くほうが利口ってもんだぜ」

「……うーむ。それは、そうだが……」

 近藤も異論は唱えられなかった。

「こいつぁとりあえず、俺の小姓として、俺が雇い入れる。個人的な雇用だからな、隊士じゃあねぇ。しかし、女子ってぇのはまずいから、このまま男装させておこう。それでどうだい、近藤さん?」

 口元だけで笑う土方に対して、近藤は難しい顔になる。

「身の回りの世話をさせるなら、休息所のひとつでも任せればいいじゃないか?」

「俺ァ忙しいんでな、そうそう隊を空けられねぇ。近くに置かなきゃ小者を雇った意味がねぇだろう」

 近藤も、もはやそれ以上は反対出来なかった。

 正式な隊士でなく、個人で雇い入れ、なおかつ男装までさせると言うのだから、さすがに否とは言えない。

「おめぇもそれでいいな?」

 ぎろりと横目で見られ、伊織も反射的に承諾してしまった。

「は、はぁ。よろしくお願いします」

 鬼の土方が、一体どういうつもりなのかと、妙に勘ぐってしまう。

「ふぅん。じゃあ高宮さんは、ここで一緒に暮らすことになるんですね!」

「まぁそうなるな」

「ふふふ、楽しくなりそうですね~! ねっ、高宮さん!」

 約一名、やたら盛り上がっているが、楽しくなりそうな予感はあまりしない。

 少なくとも、伊織は。

 けれども、他に頼るもののない今、土方には感謝の念を禁じ得なかった。




【第二章へ続く】

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