言ノ葉綴リビト

月出 四季

寄り添い編

第1話 結翔

ことつづリビト

『言葉を嫌う者を見つけ、なぶり、いたぶり、最後に殺す。

断末魔だんまつまを快楽とする言葉の心酔者しんすいしゃ。』


そう聞いた。だから気を付けようって思ったのに。


「貴方は、言葉が好き?嫌い?」


だから温情なんてかけるなって言われたのに。


「私は、“言ノ葉綴リビト”。」




「…と、言うのが最近、ちまたで噂なんだよねー」

「えぇ?タダの殺人心酔者じゃん変態じゃん」

「こわーい…嫌だなあ、今日帰ったらいたりして!」


授業が終わり、みんなが帰り始めた放課後。教室には最近巷で流行っているという

噂を、男子達がつどってしていた。


「いやいやタダの噂だって。信じるなよ」

「アンタこの前そう言ってフラグ達成しただろ」

「ようは嫌いじゃなければ良いんじぇねーの?」


「なあ、お前はどう思う?…結翔!」


集った男子の様々な意見が飛び交う中、名前を呼ぶ声により、全員の視線が

一人の男子に集まった。


呼ばれたその少年は…


スー、スー、と寝ていた。黒い髪がサラサラと、開けた窓から吹く風により揺れ、右目を

おおう前髪が顔に影をおとしていた。


「なんだ、古瀬の奴寝てんじゃん」

「いや今放課後だぞ。寝てて大丈夫かよ」

「帰るときに起こせばいいんじゃね」


呼んだ声に返答はなくても、それでさ、そう、やっぱりなあ、と、再び話は噂に

ついて戻っていった。


少年が、狸寝入りをしていたとも知らずに。



(言ノ葉綴リビト…)


少年…古瀬結翔ふるせゆいとは、先程男子の間で賛否両論がわかたれた

例の殺人心酔者について、下校途中考えていた。


あの時突然自身へとぶつけられた質問。狸寝入り、

しておいてよかった。


(言葉は、嫌い。)


心の中で、こっそり呟く。本当はさっきだって、喋りたくなかったのだ。

出来る事なら言葉なんてこの世から消えてしまえばいい。


消えるなら、自分のこの心の声だって文字だって消えてしまうだろう。

それでもいい。


『お前、気持ち悪いんだよ』


遠い昔に言われた言葉が脳裏をかすめる。未だ自身をみにく

きつく縛り上げるこの呪いの言葉。


(…やっぱり、消えてしまえばいいのに)


そう自身も言葉に対する呪いの言葉を心の中で吐いた後、視界のふちになにか

黒いものを見つけた。


(黒い…人?)


疑問に思った自身の体は、案外カンタンにそれへと引き寄せられて近づいて行った。

そろそろと傍により、見たのは…やっぱり人だった。


(傷がいっぱい…捨てられた?息は…)


黒い髪をまき散らし、白いワンピースは汚れて所々が灰色に染まり、

ずっと閉店している店の影で横たわっていた姿に慌てて駆け寄って確認すれば、


(生きてる…)


ほっと、どこかで安心している自分が居た。捨てられているのならどうすればいいのだろうか。

拾えばいい?育てる?高校生の自分には出来る?まだ決まったわけではないのに、


そういう思考回路が頭の中でつくられグルグルと回っている。

でも、生きてるなら拾ってあげて、あとで警察なりよべば…


そう手を伸ばしかけた。


『人に温情をかけるな』


ビク、と手が跳ねる。幼いころに何度も言われた言葉。


『人になれなれしくするな』

『人と極力かかわるな』

『人と喋ろうなんてするな』


植え付けられた言葉は、手をその人から数cm前で止まっていた。

どうしよう、どうすれば、どうしたらいい?


頭の中に回路だけじゃなくて疑問符も浮かんで、ああ頭が痛くなってきた。

でも、ここに植え付けた張本人はいないし会うこともないから…


誘拐・拉致。今からとる行動はきっとその一歩手前かもしれない。それでも

そっと抱き上げると、意外と軽くて。


(少女…?)


長く絡まった黒い髪に、ワンピースだからきっと少女だ。女の子がこんなところで…

かわいそう。そう思った。周りに変な目で見られたくないから、極力


一通りの少ないところを通って、自分の暮らすへと連れて帰る事にした。



僕はすでに一人暮らしだ。家が少し裕福ってのもあって、

高校に入ってすぐ家を出た。


家についてドアをかぎで開けて。靴を脱いで2階の自室へ。布団を敷いてはみたが、

この汚れたワンピースで布団を汚されるのは、自分で連れ帰っておきながらあまり


良い気はしない。だからといってこの少女の服を脱がすのはちょっと…

家のパジャマだって、男用だし、少女よりデカすぎる。


結局、タオルをシーツの上に敷いて、そこに寝かせる事にした。

厚めでこんもりした、冬にぴったりのタオルを毛布代わりにかける。


今の季節は春で5月だ。でも、こんなに弱った姿で毛布も十分に

かけられないとすると


冬にぴったりなタオルが良いかもしれない。額に手を念のため添えたが、熱はない。

見たところ痩せすぎてもいないし、栄養失調のようにも見えない。ただ、


ワンピースはボロボロで、手、膝の上には何かひっかき傷があり、

長い黒髪もぐしゃぐしゃに絡まっている。自分と同じで右目が隠れており、

唯一見える左目は、閉じていてもどこか元気がなさそうに見えた。


一体何故、この子はあんなところで横たわっていたのだろうか。そう考えながらも

布団をこうやって用意し、他に必要なもの、救急箱きゅうきゅうばこだろうか。

確か、1階のキッチンに…。そう思って取りに行こうとしたところ、


「ん…。」



もぞり、と少女が動いた。突然のことに大げさに体を跳ねさせてから、何かに緊張

しているかのように息を殺して、少女の反応を見た。


少女は目をうっすらと開け、寝ぼけまなこで起き上がった後、目を

こすり、僕からの視線に気づき、顔をこちらに向けた。


年齢は11歳ぐらいだろうか。幼さが顔に少し残っている気がする。目は濃い

紫色だ。黒髪であったから、てっきり日本人だと思っていたが、もしかしたらハーフ


かもしれない。ジッとこちらを観察するかのように見る少女に、自分からも視線を

寄越しつつ内心落ち着かない。やっぱり、後で誘拐だーって、叫ばれて警察を


呼ばれてしまうのだろうか。“保護”として受け止めてほしい…。


「貴方は」


すると、少女が口を開き、喋った。鈴を転がすような、落ち着いた声。学校で

聞いた、キャハハと黄色く笑う元気で明るい女子とは違う声。


「“言葉”が好き?嫌い?」


・・・?


自分を呼んだかと思えば、ふっかけられた質問。これがコントだったなら、急な質問

の内容に自分は文字通りステーン、とこけていたかもしれない。


・・・“言葉”が、好きか、嫌いか。答えなんて、簡単だ。簡単なのに、何故

言うのが億項な気がした。まず、言えないのだけれど。


自分は、喋ることが出来ないのだ。中学時代に多大なストレスを抱え込んだから。

例の心因性のものだった。


学校では、自分は喋れない、というのを話す…教えていない。教えたくなくて、

教える気もなかった。ごまかすのが精一杯せいいっぱいだが、幸いバレておらず


学校側も、それを承知で生徒に話していない。だから僕は、


(“言葉”は、嫌いだ。)


少女に向かって力なくコク、と、首を縦に振った。



ーどうしてこの時、首を縦に振ってしまったのだろうか。


もし横に振っていたとしても、バレてしまうだろうけれど。


この“答え”が、僕を問題へと巻き込んでいくことに、


僕が過去へと向き合えるものになることを、“現在いま”の僕は、まだ知らない。



ー好きか、嫌いか。


答えはNoだ。

だから首を縦に振った。


僕の答えに少女は再びジッとこちらを見た。というか、おそらく僕の肩。何故肩なの

だろうか。そう思っていると、迷いなくスタスタと、救急箱を取りに行こうとドアの前に


居た僕の方へと歩いて来て…。


「だから居ると…」


パシイン


僕の肩を叩いた。


(?!)


痛みはなかった。確かに、叩かれたハズ。感触はあった。

なのに、痛みはない。代わりに…。


【キモイんだよ】


そう、声が聞こえた。僕の耳の真後ろから。


「後ろ」


そう、少女にポツリとつぶやかれて見てみれば、後ろにはもやのような黒い人のような

影が、僕の肩から出て、真っ黒な三日月形の口がキモチわるい、キモチわるいと繰り

返している。


キモチわるい。


その言葉は、僕が一番“嫌った“言葉”だ。それを繰り返すこの人影は、いったい

何なのだろうか。呪いのように繰り返される言葉は、自分に向けられているのかも


わからないのに、少しづつ、確実に僕の心に傷が入っている気がした。黒い人影から

目を離せず体を硬直させていると、少女がその人影に向けて、


「それが何」


と答えた。まるで、悪口を言われたからと反論するかのように。冷たく、冷静に、

突き放すように答えた。その声が届いたのか人影は僕と同じように硬直する。


「キモチわるい。それが何。キモチわるいからって何がいけないの。

答えて見てよ。ねえ、ねえ」


立て続けに綴られるその言葉に、その人影はだんだん小さくなっていった。あの横に

広がり、笑うような三日月形の口は、今じゃ逆さになって困惑しているように

見えた。


「出てって。その人から。」


今度は本当に突き放す言葉を放った。小さくなるばかりで、

一向に消えないその人影は、


「出てって。」


もう一度言われたその言葉と、キッとにらみつけた少女の目で、砂のようにサラッと

消えていった。


(な、何。何が、一体…)


人影が自身の肩から現れて展開が理解できず硬直していた自分は、その人影が

消えて、さらに混乱するばかりだった。頭が、脳が追い付いていけない。


「今のは、“暴言者”。」


ポツリ、と少女が言った。それに対し、どういうことだ、という顔をする自分に、

少女はそのまま言葉を続けた。


・暴言者ぼうげんしゃ

『言葉を嫌う者の中に宿り、その人が一番嫌う言葉、または執着している言葉を

しゃべり、宿主やどぬしの心を傷つけ喰う化け物。』


「私達は、その暴言者の宿主、宿す者を、“言ノ葉破ルモノ”と呼んでる」

(私…達?)


言ノ葉破ルモノ。私達。立て続けに引き出されるその単語に、どんどん頭が

追い付けなくなっていく。


(君は…一体)


そう思った僕の心の声が、まるで聞こえたかのように、少女ははっきりと答えた。



「私は、“言ノ葉綴リビド”。」

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