【短編集】近くて遠い雲を見つめて

八朔日隆

近くて遠い雲を見つめて

 厚い雲は天蓋、という言葉を想起させた。雲の広がりを観察していると、確かに空に蓋をするようなドーム状になっている。

 空き地の中を、四つん這いになって私は進む。地面からは土の匂いと、草の青苦い匂いがして、どこからか虫の音が聞こえる。

 人よりも何倍も背の高いススキが私の視界を遮る姿は雲さながらであり、やはり天蓋を思わせた。それが、少し肌寒い風と、地を這う私の振動が茎から伝わるのとで、さらさら揺れた。空の高いところではもっと風が強いようで、雲の薄いところから月光が透けたり透けなかったりした。それにあわせて雲は一部が銀色に光り、ススキもまた上の方の穂を輝かせた。

 空き地を進んでいくと、金属の支柱が斜めに渡して地面から伸びていた。その先にあるのは地面と垂直に立った金属のポールで、それに『安全第一』と書かれたフェンスが括り付けられていた。その黄と黒の縞が斜めにかかったフェンスはアスファルトの地面と空き地の地面を隔てて横並びになっていて、永遠に続くようにすら思えた。

 フェンスから外にはみ出たススキはみな元気がなかった。人工が自然を侵していた。

 私はススキの林から頭だけを出してフェンスに張り付いていたが、フェンスの向こうで車が勢いよく通ったので、驚いて尻もちをついて、後ろ向きに林へ飛び込んだ。

 見上げるようにススキの中から空を望むと、ススキの茎は建物のように見えた。それが、天高く伸びて、穂の雲へ繋がっている。

 私は思った。

 ああ、いつかきっと雲さえも人工物の手が侵すだろう。そこにはきっと乗り物がびゅんびゅん走って、天蓋をめちゃくちゃにするだろう。そうなったら次に人間は、どこの雲を眺めるのだろうか。オールトの雲だろうか。銀河だろうか。それとも、それよりずっとずっと遠くだろうか。

 ススキはいつまでも揺れていた。

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