第3話 会いたい

「……」

「さ、正座しなさい!」

「…せえ…」

「は?」

「うるせぇ!!」

そう叫ぶと、妃を突き飛ばした。

「何が専務だ…何が親子だ…何が九十一点だっただって!?」

亮の堰ねんのうっぷんが、とうとう爆発した。

「俺はいつでも父さんの言う通り頑張って来たじゃねぇかよ!アホみたいな環境で、おれの事自慢したり、家では虐待か?って思わせるような事いっぱいしてきたよな

!!?」

「あ…亮…ちょっと…待って。お母さんたちはあなたの為を想って、今まで接してきたのよ?」

妃があまりの亮の変貌に、

”助けて…”

と心の中で震えた。泣きながらこの場面を終わらせなきゃいけない。

(お父さんを…お父さんを呼ばないと…)

その時、亮の怒鳴り声で、妃にしてみれば、助け船だった。しかし…、

「亮!何をしている!!母さんが震えてるじゃないか!!」

「うるせぇ!!!死ね!!!!」

そう叫ぶと、そのパンチは、父の顔面に見事にヒットし、父親は気を失ってしまった。その光景を一部始終見ていた妃は、慌ててその場から逃げようとした。

しかし、亮はもう怒り心頭状態で、母親の財布からキャッシュカードとクレジットカードを奪い、さらに、気絶している父からもそれらを奪って、ダッシュで家を飛び出した。


「あ…亮…」


ぼーっと亮の名を呼んだが、亮は、その日から一度も家にも帰らず、両親の顔も見に来ず、何処かに消えてしまった。



気絶していた父がようやく意識を取り戻した。


「妃…何が…起きたんだ…」

「分かりません…分かりません…分かりません…」

そう言って妃は泣くばかりだった。




亮は、カード類が使えなくなる前に、アパートを決め、キャッシュカードの全額を引き下ろした。かなりの大金だ。


亮は、とにかく、東京へ行こう。そう思った。食べ物には困らないし、このお金があれば、住む場所もすぐに見つけられる。

そう思った。けれど…、



父を殴った。



自分のやったことに対して、今にも壊れそうな心に、寒気がした。

「イヤ…俺は間違ってない…あんなの虐待だ。俺はロボットじゃない」

自分のしたことをどうか正当な行為だったと言い聞かせなければ、亮は、本当に壊れてしまう。

あの家で暮らすのが、いつまでとは分からないが、もしも続けていたら、どうなっただろう…。



きっと…自殺してる。



東京に着いて、早速部屋を決め、荷物がないから、その日から入れる事になった。

そして、そこから、少しづつ、少しづつ亮の人生が狂い始める。



「おら!おら!」

恐ろしいほど大きな声で、倒れた少年の腹部を、何度も蹴って、カツアゲ行為をしているのは、



亮、だった。




「何、まだ足りないの?祐樹ゆうきやっちゃえ!」

「本当です!僕今日財布家に忘れて…」

「ちっ。マジでねぇのかよ…」

そう言いながら、髪の毛で頭を持ち上げ、

「今度会ったらお金、用意しといてね?なかったら俺たち君の事殺さないといけないから」

「!!!!!!」

被害者は、青ざめ、そのまま気絶した。



よほどの緊迫感に襲われたのだろう。涙も見受けられる。

「ぷっ!よわ」

亮が唾をかけた。


「行こうぜ」

「へ―い」

「だな」

「ったくよー」


亮はこの四人グループのリーダーだった。

何故なら、亮は学科だけではなく、スポーツも含め、おーる十。

と言うより、亮の一番の得意科目は体育だった。

体の柔軟性や、バスケやサッカーは敵なし。

それはそれはモテた。

父親と母親から離れて、

ペーペーのチンピラくらいは難なくぶっ飛ばす。

毎日、毎日、両親の束縛から逃れた亮は、自身のポテンシャルの使い方を、明らかに誤っていた。




その日、亮に衝撃的な事件が起きる。


「僕…今日、おばあちゃんにプレゼント買わなきゃ…」

「そこで誰かやあっさしー人が来るの待ってれば?」

ペラペラ五千円札を風に遊ばせながら、そこから立ち去ろうとする亮の後ろから、

「おい!待て!」

後ろからどすの利いた、イヤ、微かに強めの声がして、どんな奴か、そう思い、振り返ろうとした時、すでに遅し。亮の肩に激痛を与えた。

「ク…ッ」

亮は、膝をつき、身動きが取れなくなった。そこはもちろんほかのメンバーが一人、亮をかばい、もう二人が、静流に殴りかかろうとした。その瞬間…、

ひょいっと攻撃をかわし、いっぺんに鮮やかなパイプ回しで、二人をノックアウトした。

「て…てめぇ!!!」

亮をかばっていた最後の一人が、静流に、殴りかかろうとしたが、

「ふざけんな!!!」

と怒りでが狂ったように亮がナイフを取り出し、静流に襲いかかった。

「あんたは許してあげる…」

「え…」

その言葉はもう遅く、ナイフは静流の頬を切った。

「な…なんで…」

「答える義務ない。今度、こんな風に誰かを傷つけたりしてなければ、もう何もしない」

「な…何者だよあんた…」

「言った。答える義務ない」


「はい」

「!なんだこれ!百万くらいあんじゃね!?」

「そんなお金、さっきの男の子の五千円には全然敵わない。あたしに何もされたくなければ、二度と悪い事するな」


そう言うと、ばらまいた靴も履かず、パイプの棒を放り投げ、その場からあまりにも格好よく消えていくから、周りの大人、学生、それらの一般市民の間から自然と拍手が起きた。


そんな拍手に囲まれ、何だか、今、この瞬間が一番情けない、と亮はそう思わずにはいられなかった。親から金を全部奪って、高校生活が始まった直後に行われたテストの結果が引き金となり、一気に頭に火がついてしまった。

そんなの、幼稚園から繰り返され、小学生の時は門限を守るために、友達と交わる事も少なかった。

中学に上がると、今度は成績をまず決められた。

学年五位以内に入らなくてはならない。

部活の朝練で、疲れて眠ると、朝は母が起こしに来てくれていたが、高校に入った時、中学で一番楽しかった部活のサッカーも有名大学に入るために、部活などで遊んでいる場合ではない、と父に言われ、胸?心?そんなとこに少しずつ溜まっていた何かを、何とか収めていたら、中学までの日々が続いて、やりたいことではなくても、安定は手に入る。


あの時から四年。亮は父親が、まず否定するであろう犯罪まがいの事をやってみた。電車の中で煙草を吸ったり、カツアゲしたり、喧嘩なんて日常茶飯事で、目が合っただの、ガン飛ばしてきたとか、理由なんて要らなかった。父が理想としていた自分をまっさらに書き変えるため、危ない橋を渡る事もあった。


それが、今日、静流に言われて、亮の中で怒りや悲しみが溢れて、公の場で、涙が止まらなくなった。そして、手にしたナイフを地べたにそっと置いた。しかし、


「もう…あの人たちとは…会えねぇよ…」

と両親を想った。


今まで、家を出た今まで、亮は両親の事を考えないようにしていた。

例えどんな親でも、親は親だ。


こんなことを思い出させてくれたのは、静流だった。

「悪いことはするな」

これは俺のターニングポイントかも知れない。


と思った時、静流の言葉を思い出した。


「あんたは許してあげる…」


あの一言で何を想像すればいいのだろう?

全く会った覚えがない。


静流は…一体誰なのか…。亮は自分が手にしていたナイフの刃を戻し、静流の頬を切った事で、亮は申し訳ない想いでいっぱいだった。



そうこの数年、カツアゲをしたり、チンピラどもとの喧嘩だったり、亮は楽しくて仕方なかった。まるで、両親を痛めつけてやってるような幻想で両親が目の前にいる気がして…。


只、静流の強さが何処から来たのか…。

静流は、何処から来たのか…。


少し、また会いたくなった。


きっと、会えない。そんな気もしたけど。

彼女の、怒り様は素覚ましかった。

普通、男の、しかも四人もいる状態で、あんな格好よく人を助けられる…そんな事が出来るだろうか?



一体、彼女は何者なのか、百万ものお金を、何の惜しみもなく、こんなに落として去ってゆく。



何か、とても大きな秘密があるのかも知れない…。

亮はそう…思った。

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