5 昼真の調査

「わたし、ちか」

 名前を得たちかはさっそく支部員たちに名のりはじめた。

 はじめて玩具を与えられた子供が自慢するみたいに会う人、会う人に告げていく。それに支部員たちはきょとんとした顔をしたあと、微笑んで名乗り返してくれた。

 ちかを連れてかすみたちは支部長がいる部屋に向かった。

 一応、ちかが承諾したとはいえ名をつけてしまったことを報告する義務があると思ったのだ。

 今は会議室でマスターレギオンの動向の追跡を高見はしているはずだと他の支部員たちが教えてくれたので、廊下を進んでいるとその先に小さな背中と大きな背中が二つ並んでいる。

 きぃだ。そして侘助がいる。

「むぅ~」

「母さん、そんなに腹をたてるなら父さんに言ったほうがいいよ」

「おしごとのじゃまできないでしょう」

「……別にいいと思うけど、ん、お前らは」

 侘助が気が付いたのにきぃが顔をあげる。

「わたし、ちか」

 名乗ってきたちかにきぃはきょとんとしたあと笑って

「名前、もらったんですね。よかったですね。名前は、ここにいてもいいって意味だから、ふふ」

 幼いのに、熟したことを口にする。

「わたしは、名前はありますが、事情で名乗れません。が、仮に言います。きぃちゃんです」

「……侘助」

 二人ともきちんと名乗ってくれるのにちかが嬉しそうに微笑む。

「なにしてるんですか?」

「椿様を見守ってるんです」

「アイシェと浮気しないかの見張り」

 と、侘助。

「もう、侘助っ!」

「気になるなら、そろそろ入ったら?」

 つっこむ侘助にむぅとした顔をするきぃ。

 かすみとちよはなにかと思ってドアからなかを覗き込む。

 アイシェと椿、それに高見がテーブルを挟んで書類と向き合っている。


「アイシェ、この情報は本当か?」

 書類に目を通した椿は明らかに険しい顔をして後ろに控えるアイシェを見上げた。

「はい。こちらで調べられる国の経歴ですね」

 アイシェが命じられたのはマスターレギオンの経歴だ。

 UGNの権力とアイシェの能力を使っても、それはなかなかに骨の折れる作業だった。

「……名前からしてギリシャ人か?」

「たぶん。彼の属していた隊ははっきりとした名称はありませんが、人間であったころのはそれであっているはずです」

「そのあとすぐに死亡か。ここでオーヴァードになったのか」

「メイビー」

 アイシェは言い返す。

 マスターレギオンは、元は軍人だ。とある戦争に駆り出され、そこで覚醒。不運なのは死なないオーヴァードを利用しようと国が考えたことだ。

 オーヴァードとなったものはただちに死亡扱いされ、戦うことを強制された。寄せ集められたオーヴァードの兵士たちは過酷な場所へと送りこめられ、化け物として差別され、戦い、死んでいった。

 死なないといわれているが、本当に死なないわけではない。

 それは、いくつもの国をあげての実験だったのだろう。

 どこまで使えるか、どこまでいけるか。

 死んだことにされた彼らに居場所なく、戦うしかなかった。そのなかで絶望して死んだ者、抗い続けて朽ちた者、なにもかも砕けて狂った者――非人道的なそれはある大戦争で終焉した。

 UGNにしろ、FHにしろ、各国に権力者がおり、彼らが手をまわして救出したのだ。

 が

 マスターレギオンの隊は間に合わなかった。

 戦争の終わり、彼しか生き残らなかった。彼は仲間たちの屍を拾い集め、兵とした――ブラム・ストーカーの能力者は血を操る。生命にもかかわる能力ゆえ、他者に自分の血を与えて支配することも、出来なくはない。

 コードネームはその人物の力や人物像を表すというが、彼は兵隊を連れている。

 隊によって彼は圧巻の強さを見せた現場に居合わせたコードウェルによってスカウトされ、マスターの称号を得た。

「だからレギオンか。めんどくさいな」

「ブラム・ストーカーの従者とはそこまで勝手がきくのか?」

 椿の愚痴に高見が疑問を口にした。

 血で作られた従者とは、主のために動くものだ。しかし、それはあくまで能力で生み出した産物でしかなく、勝手に動いたり、思考したりということができるのかは当初から高見が懸念していた点だ。

 ものを生み出すモルフェウスの力だってあくまで物質を作るだけで、生き物は作れない。

「普通は出来ない。あれは血で作った道具だからだ。道具が主人を無視して動いては困るだろう?」

 椿は肘をついて、掌の上に顎を乗せる。

「血は記憶ともいえる。だからある程度は、自分の血に記憶したそれを作り出した従者に演じさせることはできる。ただしそのままの再現は無理だ。しょせん従者を操るのは作り出した者なんだからな」

「では、マスターレギオンの従者たちは」

「死体操りといってもいいのかもしれないな」

「……どういう意味だ」

「マリンスノーで奴は従者を名で呼んだ」

「?」

「普通、従者を名で呼ぶか?」

 高見はそれに気がついたて顔をしかめた。

「死体といったが、部下の死体か? それを自分の血のなかに取り込んで操っているのか?」

「さぁな。しかし、戦い方や動きなどを見る限り可能性は高い。あいつは自分の部下の死体に己の血のいれて使ってる可能性はあるだろう。でなければあいつの従者の戦い方や判断力は規格外だ。ま、だからこそ、レギオンなんだろう」

「狂ってる」

 間髪入れずに高見は吐き捨てた。もし、死体を取り込み、血を与えて偽りの命を与えているとすれば、冒涜行為にほかならない。

「狂っているのさ。あれは」

 椿は今更とばかりに冷たく笑った。

「ジャームだろうよ」

 断言する。

 そもそも、いくらレネゲイドウィルスは万能であっても、有限ではない。

 死体があっても、それを生前まま再現するなんていうことは普通のオーヴァードには不可能だ。

 だが、それを可能とするならば――オーヴァードのその先、強大な能力とあくなき力を持つジャームであれば可能でもある。

「こいつは確実にジャーム化している」

「……そうか」

 高見が真剣な顔で相槌を打つ。

「同情はできる経歴だが、やっていることはすべておぞましいな」

 マスターレギオンがこうなってしまったことに同情できる部分はいっぱいある。オーヴァードとして覚醒し、虐げられ、追いつめられ、失い続ける。これがもし自分だったらと思えば、――しかし、だからといって死者を引きずり出して操ること、各国でテロを行うこと、幼い少女を殴ること、それらが許されるはずがない。

 やられたからといってやりかえしては何も生み出さないことは高見自身、よくわかっている。

「……それしか手段がなかったんだろう。だが、だからといってあいつはそのために虎の尻尾を自ら踏んだんだ。また龍の逆鱗にな……アイシェ」

「はい?」

「そこで隠れている馬鹿どもをいれてやれ」

「……わかりました」

 アイシェは苦笑いしてドアに近づいて、ためらいなく開いた。

 とたんに雪崩れのようにちよ、かすみ、大賀、ちか、きぃ、侘助が転がった。

「重いっ」

「ふきゅう」

「わわぁ」

「きゃあ」

「いたぁ」

「きゃあうう~。え、えへへ」

 一番上にいるちよが笑って誤魔化すのに高見が嘆息した。

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