ゼロの紋章

@tototete

第??章 ????

第????話 ????



 世界に異変が訪れる。



 青く澄み渡る空は淀んだ紫色の空へと変貌する。

 空に浮かぶ太陽は黒く禍々しい姿へと変わり果ててしまった。



 大地や海は黒く濁り、山や森は赤く茂り、まるで世界が終焉を迎えているような光景が広がっていた。



 これは超絶級ビーストの出現によるものである。

 内包する魔力の膨大さによる影響か、存在するだけで世界が変色するほどの異変を世界にもたらしていた。


 世界に強い憎しみを向ける超絶級ビーストの出現はまさしく世界崩壊の始まりとも言える。



 しかし、そんな異変を前にしてもなお、世界の人々は平静を保っていた。

 友人と酒を飲み交わすもの、家族と語らうもの、恋人と手を繋ぐもの。

 世界の終わりのような光景を前にしてもなお、世界の人々はいつもと変わらない日常を謳歌していた。



 世界の人々に恐怖心がないからではない。

 世界の人々が白痴だからではない。

 ではなぜ、彼らは平静を保てるのか。



 それは至極単純である。

 彼らは知っているのだ。

 自分達には「ヒーロー」がいることを。


 彼なら何とかしてくれる。

 その絶対の信頼が、世界の異変を前にしても、人々に絶対の安心感を与えていた。

 世界の終わりの縁にあってもなお、彼らは日常を謳歌していられるのだ。





 まるで西部劇のような街並を歩く全身コートの男性がいる。頭までフードで覆っているため人相は分からないが、長い金色の髪をしていることは分かる。


 砂が舞う荒野の街を歩く彼は歩みをピタリと止めると空を見上げた。




「……仕事か」


 彼の視線の先、紫色の淀んだ空に黒く禍々しい太陽が浮かんでいる。

 そんな空を見上げて、男性はポツリと呟いた。


 せっかくの休日にも関わらず、仕事や学校に行かなければならなくなった。

 そんな時の気持ちを想像してもらえれば、彼の気持ちをきっと理解できるであろう。



 紫色の空の下、空を見上げている男性の隣を幸せそうな親子が通り過ぎる。


 手を繋ぎ笑う娘に微笑む母親を横目にした後、彼は何も持たない右手を自分の耳元に当てる。

 すると、まるで携帯電話で話すかのように会話を始める。



「……」


『…ヒーロー、聞こえるカ』

「ああ、こちら、ヒーロー」


『ビースト出現、対象の座標は192・111・332、対象はウプシロン級ダ』

「了解、座標192・111・332、対象はウプシロン」

『頼んだぞ……ヒーロー』

「了解」



 見えない誰かと会話を終えると彼は持ち上げていた右手をダラリと垂らす。

 そして、空を再び見上げるとポツリと呟く。



「発動、テレポートLv5」




 彼の足元に青い魔法陣が浮かび上がるとほぼ同時に彼の姿はパッと消えて、その場から誰もいなくなった。





 黒く淀んだ荒野


 一面に広がる岩肌には、まるで邪悪な影で覆われたような歪な黒さが広がっていた。

 そんな黒い景色の奥には神々しいまでの白い龍がいる。


 全身は煌めくほど白い鱗に覆われており、その出立はまるで神の龍であるかのようだ。

翼は天使を思わせるような形をしており、6枚が対になって生えていた。

 一般的な龍の形をした顔には白い髭が仙人のように蓄えられており、その顔の額には「υ」と刻印が刻まれている。

 そして、龍が周囲から白さを奪ってしまったような、そんな印象があるほど背景は黒く、龍は白かった。



「ぎゃぅ…」


 龍は短く鳴く。

 その真っ赤な鮮血を思わせる色の瞳が見据える先には、岩柱の頂上に立つ頭までフードで覆った全身コートの男性がいた。





「…ツカサ、起きろ」


 龍の視線を受けながら、男性はポツリと呟く。



『おぅ……レイズ…』


 彼の脳裏に機嫌の悪そうな声が響く。

 寝起きは悪いのだろうか。



「仕事だ」



『あががぁぁああ!仕事!?』

「そうだ。あれが仕事だ」



 レイズと呼ばれた男性は龍へ指を向ける。まるで見えない誰かに差し示しているようだ。



『……やれやれ…参ったぜぇ…最近は頻度が多い』


「ボヤくな、俺も同じ気分だ。で、あれは?」



『ん?…ありゃ、エターナルフォースシャイニングドラゴン・アルティメットゴッドエクストリームウイングだな』



 ツカサは淡々とふざけた名前を述べると、レイズは少しイラッとした口調で尋ね返す。



「ふざけてんのか?」

『大真面目だ。正式名称だぜ』


「…注意事項は?」


『あいつの光線を受けると完全に死ぬ。輪廻転生すら許されない。ま、ある意味でお前の望み通りになるかもな』

「なるほど…」



 ツカサの言葉を一考するように頷くレイズ

 しかし、そんな彼を笑うように発言を一転させるツカサ



『ま、残念ながら、あの程度ならお前は何ともないだろうがな』

「……作戦は?」



『そうだな…拳に思い切り力を込めて顔面に喰らわせてやれ』


 考えるのが面倒いのか雑な反応を返すツカサ

 つまり、戦い方を考えるまでもない相手ということだろう。



「了解」



 レイズはコートを取り払う。

 すると、一瞬だけ金髪の男性の姿が見えるのだが、すぐに全身が真っ黒なライダースーツに覆われた筋骨隆々の姿が現れた。



 レイズの額には鬼のように2本の鋭い角がある。真っ黒な腕や足の中央には赤い線が走っており、どの線も胸にある緑の宝玉へと繋がっていた。

 そして、彼の右手の甲には「Ω」と刻まれた刻印があり、脈打つように赤く点滅している。




「ぎゃぁうらぁるぅべぇたぁあああああああ!!!」


 レイズの姿が変貌すると、すぐに龍がビクリと体を震わせる。

 そして、鋭い牙が生え揃った口内を見せびらかすぐらいに開けると、勢いよく咆哮した。




『おうおう、俺達に気付いたぜ』

「ああ」



「ギャァウラァルベェタァァァァアアッアッァ!!!!!!!!!」



 龍はまるで怯えるように咆哮する。

 それだけで周囲の岩が爆ぜるほどの音量であり、台風のような風が巻き起こる。

 しかし、そんな強風に煽られてもレイズは平然としていた。


 やがて、龍の開いた口の奥から真っ白な光が漏れ出す。




『例のヤツが来るぞ!』

「そうか」



 白い龍から世界が真っ白になるかと思うぐらいの光量のある光線が放たれる。

 それを浴びるように受けるレイズだが、それでも彼は微動だにしなかった。


 白き龍から放たれた光線は曲がることなく直進し、地平線の彼方の雲をかき消して、どこかへと消え去っていく。

 龍の光線が通り抜けた空だけ、元の青さが戻っていた。




『おいおい、避けたり防いだりできんだろ?』

「俺があれを受けてどうなるか試しておきたかった」

『…相変わらず無茶しやがるぜ』



「さて…」


 そうレイズが呟くと同時に、彼は地面を蹴り上げて空へと舞う。



「これぐらいでいいか…」


 そう呟きながら第二波を撃とうとする龍を見下ろすレイズだが、彼の体はパッと姿が見えなくなる。



 同時に、白い龍の姿がパッと消え、淡い粒子になって空へと昇っていく。

 続けて、レイズのパンチが龍が消えた後の粒子が立ち昇る虚空を貫いていた。



 因果の逆転

 レイズの攻撃は間違いなく白い龍を貫いていた。白い龍が粒子状になっているのは彼が倒したからである。


 白い龍を後から貫いたようにも見えるのは、過程と結果が逆転してしまったからだ。

 レイズの速度に世界の処理が追いついていないのである。

 まるで時間がレイズの行動を追いきれていないような、そんな現象であった。




『…相変わらず呆気ないな。これでも獣王より遥かに強いビーストなんだけどな』

「どうでもいい」



 ツカサの言葉に無関心な様子のレイズは空へと昇っていく白く淡い粒子を見上げていた。

 そして、彼は顔を下ろすと、地面にナニカが転がっていることに気付く。

 そこには黒く塗りつぶされたような物体があり、元の姿形や色はわからない。



『お、こりゃ…』

「鍵だ。どうやら当たりだったようだな」



 レイズは地面に転がっていたナニカを拾い上げる。

 そして、少し感慨深い様子で手のひらの上にあるナニカを見つめ続けていた。



「…」


 無言でナニカを見つめるレイズ

 冷めていた感情に熱が戻ってくるのを感じる。



『…あと5つだな』


 そう脳裏に語りかけるツカサの声にレイズは震える。


 また一歩近づいた。



 その実感が激情となって彼の体を駆け抜けたのだろう。



「ああ…」


 レイズはツカサの言葉に淡白に頷く。

 しかし、彼の手は震えており、まるで泣きそうな表情を浮かべていた。



…悲願


 彼の内心は様々な感情が渦巻いているのだろう。

 複雑な面持ちで彼は空を見上げる。



 空の奥には昼間だと言うのに月が微かに浮かんでいた。

 今だに粒子となって昇って行く白い龍を月が迎えているような印象だ。




「遠い…」

『ああ』



 だけど、届かないわけじゃない。

 そう手に持つナニカの感触が実感させてくれる。




「だが、確実に近付いてる」

『おう』



 レイズは溢れ出る感情を味気ない言葉に乗せる。彼の相棒であるツカサはそれでも深く頷いていた。

 レイズの気持ちも使命も、その過酷さも理解しているからだろう。多くの言葉は2人に必要ない。





「待ってて…セレナ…」



…必ず殺しに行くからね。



 月を見つめながら、言葉には似合わないほどの愛を込めて殺意を誓うレイズ

 最愛の人間に最大の殺意を向けて、彼はまた一歩進むのであった。

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