第14話 不美人と言われて嬉しい乙女

「ずっと、化粧で騎士の殿様方を騙してきましたが、サー・ギャレットが、一目千両の顔を見て三〇〇点と仰ったとき、胸に刺さりました。どうしても、素顔を見ていただきたいと。素顔には何点と仰るのか、知りたかった。今、二十五点と聞いて、とても、とても」

 ああ、この気持ちはなんと言えばいいのでしょう!

 三〇〇点、と初めて評価されて、報われた気がしたのだ。ちゃんとできていた。私はこれでよかったんだと。これまで、できているのか、騎士からはどう見られているのか、全く分からなかった。報われて、ひとつの区切りがついた。結果、次の望みがむくむくと湧きあがった。素顔を見て、この騎士が何点というのか聞きたいと。それが叶ったのだ。シュゼットの完全に納得する形で。

「感無量です!!」

 プロスペールは、ぺたんと、もとの切り株に腰をおろす。唖然としている。

 ギャレットは沈んでいた。膝に肘をついた両手に、うつむいた額を押しつけている。顔が完全に長い赤毛の陰になっていて、ひねくれた声が、

「ほら、構わないそうですよ?」

「よく・ないよ。人のか・お・に、点数、だめ! い・つも……」

 シュゼットはプロスペールの珍しい剣幕におろおろとして、

「何故サー・プロスペールは慌てているのですか?」

「だ・て、よくない!! シュゼ・トちゃ、怒・て!」

「え? 嬉しいのに、何故?」

「……なんて方だ、どうしろと言うんです」

 ギャレットが、顔を見せないまま、深い深いため息をついた。

「降参だ。――悪癖だとは分かっているのです。幼少期、お世辞を言ったり嘘を言って私の判断を混乱させる人間がずっとそばにいたので、善悪、好悪、センスの善し悪しなどありとあらゆる判断がつかなくなってしまった。自分の感覚をとりもどすため、磨くために、意識して何にでも点数をつけるようにして以来……。口に出してしまうのは、よくないとは、分かっているのですが」

「それは……なんてことでしょう」

 シュゼットは息を飲んでいた。

 バツが悪そうなギャレットの伏せた後を見つめる。

 可哀想な男の子だ。何が自分の本当の気持ちか迷って、うろたえて心細そうにしている幼少期のギャレットの姿を想像して、胸が痛む。

「でも、ご自分で気づいたということ、尊敬します。気づいて、なんとかしようと考えて、工夫をしてきたってことですよね。それはなんて素晴らしくて、余人にはなかなかなし得がたいことではないでしょうか!」

「え……いや、褒められたことでは」

「いいえ、全然! 褒められたことではないなんてこと、ないです! 素晴らしい軌跡です!」

「は……あなたは聖母か。お優しい。なんとお優しく嬉しいことを言ってくださるのか」

 顔を伏せたまま、絶句するギャレット。

 プロスペールが、

「だけ・ど、言・いわけ! あやま・て。ご・めん、シュゼ・トちゃ」

「そんなこと! 私には、救いでした! 点数をつけていただけたこと」

 えええっと、プロスペールが目を剥く。

「ほんと・に、気に、しないの?」

「はい」

「いい加減にしてください! 普通は傷つくものでは」

 がばと顔をあげたギャレットが、シュゼットの緩みきっている顔を見て、言葉を失った。

 シュゼットには分からなかった。

「何故、私が傷つくのですか? 当然なのに。むしろ、二十五点なんて、思っていたよりいい方です! 平均以下だけれど、そう悪くない。零点でもよかったくらいですよ!」

「ち・がう! 口に、出・して言うの、零点、だよ!」

 ぽこん、とギャレットを軽く殴るプロスペール。

「これはうまいことを言います。サー・プロスペールのくせに」

 ギャレットは言ったが、シュゼットに向かって真顔になると、深々と頭を下げた。

「シュゼット。申し訳ありませんでした」

 あまりに正面からの、真摯な謝罪。

 シュゼットは気圧されて、は、はい。と一応受け取っておいた。

 謝ることなんてないですのに……と思い、本当に素敵な人だ、と心があたたかくなる。

「しかし、どうなっているのです。あの、私の見ていた一目の君は一体」

 ああ、それは、とシュゼットは言った。

 そうですよね。なかなか信じがたいことですよね。

「化粧係のジュリアンが、天才なのです。彼の技術が完璧で。これまでずっと」

「なんと。大王の扈従の。宮廷で遠目に見たことは。……しかし信じがたい。絶世の美女・一目千両は、彼の描いて見せていた幻想だというのか」

 がっくりと肩を落とすギャレット。

「私の恋は。真実の恋と思ったものは、ああ。あれほど敬虔な気持ちになったのは、初めてだったのに。一目千両の君をこそ、『騎士の愛』を捧げる生涯の貴婦人としようと決心したのに」

「そういえば、そうおっしゃってましたね」

「はっ」

 とたんに口を押さえて、ギャレットは、かーっと白い顔が耳まで赤くなっていった。

「私は混乱しているようです、別人の認識になっていた。ああ、あれもあなたでしたね、シュゼット」

 あああああ、と情けないような嘆息をついて、

「たぶらかされていた、あー、たぶらかされていた。悔しくてなりません」

「す、すみません」

「……いいえ」

 ギャレットは居ずまいを正した。美貌の瞳がまっすぐにシュゼットを見つめる。

「ひとときでも、素敵な想いをさせていただきました。それで十分です」

 ええっとシュゼットが驚くくらい、真摯な瞳だった。

「あなたは一目千両の役目を果たしていた。それだけ。素晴らしかった。むしろ、最後から二番目に滑り込みで拝謁できたなんて、幸運なことでした。何より、一目千両に会うことを目当てに、日々仕事にいそしめた日々! 一目の君の色版画や彫像を見かけただけで心が熱くなり、ふつふつと力が涌き、充実していて、わくわくした輝きとときめきの中にあった日々よ……」

 感謝のあまりかシュゼットの両手をとり、額を押し当てる。

「あの日々をいただけただけで、私は幸せ者でした」

 叶わない素直さです! と、シュゼットはうろたえた。


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