第39話 加護

 押し寄せる魔物の正面に移動した俺は右手で体の前面を薙ぐ。


 襲い掛かるコボルトやオークが衝撃波で吹っ飛ばされて半径30メートル程度の空白地帯が出来上がる。


(まずはトロールか)


 魔物の群れの中でも一際目立つ苔に覆われた巨体を見つめる。


 旅の途中にマット達から仕入れた魔物の知識によれば、トロールはその巨体と触れるものを腐らせるという特性があるが魔物ではなく妖精のはずだ。


 触れたものを腐らせ土に還す森の妖精だそうだ。動きは遅く人を襲う事もないが、当然触れたら人も腐るから恐れられていて魔物扱いになっているらしい。


 何か可哀想。


 目の前のトロールは眼がドロンと曇りそこに意思は感じられない。


 一目で分かるな。操られていると。


 大体これだけ雑多な魔物が一緒になって攻めてくること自体おかしいだろ。

 確実に裏で操ってる奴がいるはずだ。


 そいつを潰せば意識が戻って森に還っていくだろう。しかし周りを見回してもそれらしい奴は見当たらない。


 仕方がないので念力で持ち上げて森の奥に放り投げた。クソッ重い。


 デカいけど操られた妖精さんなら殺すのは忍びない。触れれば移動できたけど、それやって俺が腐るのは勘弁だ。


 残った魔物共は正気に戻ったとしても人を襲う連中だから今日の実験につきあってもらいましょう。


 今日の実験は教会でスクラわがままから聞いたもう一つの話。


 女神の加護。


 普段は俺の中で封印されているが、封印を解く事で聖属性の魔法が使えるらしい。


「そこそこ強力だから魔族にも効くはず」というスクラの説明は雑過ぎるし、「そこそこ」はどこまで信じていいのか分からん。嫌な予感しかしない。


 おっと、トロール構ってる間に騎士は撤退してくれたようだ。では、いってみましょうか。


 右手を天に向かい掲げて叫ぶ。


開け、聖櫃への扉アクセプト!!!」


『ゴゥン〜〜〜』


 天から響く重低音と共に体から何かが抜ける感覚の後に強大な魔力が溢れ出して体が眩い光に包まれた。


「聖なる蒼きほむらよ、よこしまなる者を灰燼と帰せ 『聖炎極滅牢バーンナウト』 !!!」


 くぅ〜、色々痛い。

 この病は14歳だから耐えられるんだよ。

 19歳にはきつ過ぎる。

 これだから魔法じゃなくて超能力にしたのに。

 顔から火を噴きそうだ。

 はっ、まさか顔から火が出る魔法なのか?


『ドカン、ドシュ、ブワッ、ゴオゥ』


 そんな俺の想いなど気にする事もなく、轟音と共にあちこちの大地から蒼い炎が天高く噴き上がり周りの魔物を焼き尽くしていく。


 女神の力のはずなのに、辺り一面どこの地獄だよっていう風景だ。


 炎が青いからひょっとして都市ガスですか?この下に配管あるのか?

 ハイライトの消えた瞳で炎を見ながらそんな事を考えた。(絶賛、現実逃避中)


 やっぱり女神'sあいつらの言う事は信じちゃいけないな。

 この風景のどこに『そこそこ』があるんだっていう話。


 こんな威力の魔法、使い道なんかあるかーーー!!!

 ゴブリン共に使ってたら森ごと無くなってたわ!

 俺に何させようとしてんだよ!!

 やっぱりあれか?魔王か?俺を魔王にしようとしてるのか?


 はい、封印。封印ケテーイ。

 スクラわがままは教会ですぐに封印を解けとか言ってたけど街中で試さなかった己の思慮深さに感謝しかない。


 俺がそんな魔王育成疑惑で悩んでる中、蒼い炎の林の中を悠然とこちらに歩み寄る人影があった。


「フフン、少しは使える奴が出てきたようですね。長々と虫けら共をいたぶってきた甲斐がありますねぇ。これで少しは楽しめるでしょう」




Side ロベルト


 砦の門をくぐったと同時に馬から飛び降り、帰還部隊の再編を命じつつ防壁の上の回廊に繋がる階段を駆け上がった。


 自分に下がれと命じた青年を確かめるためだ。


 階段の途中で「おおー」という声が上から聞こえてくる。何があった?


 回廊に出ると同時に近くにいた魔法士の一人に聞くとトロールが空を飛んで森の奥に消えたらしい。


 そんな馬鹿な事があるわけない。あのノロくて巨大なトロールが空を飛ぶなど聞いたことがない。


 しかし、確かに魔物の群れの中にトロールの姿はなかった。馬首を反し砦に向かうまでは確かにいたはずだ。あの巨体を見間違う事はない。ならば本当に飛んで消えたというのか。


『ゴゥン〜〜〜』


 突然、低く重い音が天から響いた。


 慌てて空を見上げるが、そこにはいつもと同じ蒼穹が広がっているだけだ。


 視界の隅に異変を感じ視線を戦場に戻すと、魔物の群れの中にできた不自然な空き地の中央で一つの人影が右手を天に掲げた姿勢のまま光を放っていた。


 周りの光を集めるかのように一層強く光った途端、魔物の群れが爆発した。


『ドカン、ドシュ、ブワッ、ゴオゥ』


 幾筋もの青い炎が轟音と共に大地から立ち昇り無数の魔物を焼き尽くしながら一面を覆っていく。


「何だこれは…。私たちは奇跡を見せられているのか」


 余りの出来事に周りも思考停止しているようで司令官の零した呟きに応える者はいない。


「なっ、やらかす前に戻っておいて良かっただろ」


 真面に反応できたのはいつのまにか回廊に上がってきたマットだけだった。

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