第50話 霊王
何だろう? 突然の霊王からの『待った』だった。
霊王が、頭を上げて喉を見せて来た。急所を見せている? 僕であれば、即座に首を刎ねられる体勢となった。
だけどそこには、意外な物があった。
「文字が書かれた紙? 布? いや、呪符か?
そこは逆鱗の位置になりますよね? 何ですかそれ?」
「……我は、ユーミにほとんどの力を封印されている。
抵抗すれば、死あるのみだが、〈根源〉を守護する者として生きなければならない。
そして、力ある者は、ユーミに全て倒されてしまった。今いる者達は、まだ若い者か力なき者だけなのだ」
わけが分からない。
だけど、考える。
サクラさんの話では、祖母はここまで来ている。そして、霊王を見逃している?
この異世界に来た時の手紙には、『撃退』と書かれていた。今回は『侵攻』に当たるはずだ。
そして、〈根源なる者〉とアンネリーゼさんみたいな巫女の存在……。
「霊王。あなたは、根源なる者ではない?」
「うむ。そなた達の言葉で巫女に当たる。もう、二千年ほど、水属性の根源なる物を守り続けている」
霊王が巫女の役割を担っているのは、サクラさんの話と同じだ。でも、祖母は、霊王を封印だけで済まして、討伐を行わなかった?
水属性の〈根源なる物〉を破壊すれば終わると思ったけど、違うことしか分からない。
ここで、霊王が動いた。
道を作り、僕を水属性の〈根源なる物〉……、巨大な柱へ近づくように促したのだ。
情報が不足している今は、進むしかない。
そのまま進み、巨大な柱の前に立った。
すると、文字が浮かび上がった。人族の文字じゃないな。もっと抽象的だ。楔形文字や象形文字に近い。
これが、精霊の文字になる? あの体系で文字を発明する文化があるとは思えないのだけど。
「……神話時代の文字になる。ユーミは、その文字を読み取って、和睦を受け入れてくれた」
僕に読めということか。
まあ、罠ではないと思う。文字に触れると、〈称号:解読師〉が働いた。
「……根源ってこんな意味を持っていたの?」
◇
その後、霊王と話し合うことにした。
「神樹は、風を吹かせて、大気を循環させる意味を持つ。それはこの世界全てに影響を及ぼす。
だが、嵐を発生させて、竜巻を起こし地上を破壊することもある。雷による森林火災の発生も神樹意思だ。
それは、人族の心の持ちようによって決まる」
「今、神樹がヘソを曲げているのは、人族に問題があると?」
「うむ。内乱寸前だし、巫女を遠ざけてしまった。かなり怒っている」
この話は、レオンさんと同じだ。内乱については、モニカさんも言っていたな。
「この巨大な柱は、今はどういう状態ですか?」
「精霊達の意思の反映だ。今は混乱している。かなりの数がヌシに屠られてしまったからな。
ヌシが、今我を討伐するのであれば、世界中で洪水が起きるであろう。いや、数年大雨が降り続き、陽の光が届かくなるやもしれん。
そうすると、火属性と土属性が黙っておらんだろう。
金属性のレオンも干渉して来るだろうな」
「レオンさんを知っているのですか?」
「レオンが、この世界で一番の影響力を持っている。精霊とも交流をしているのだ。
例えば、我がレオンの支配地域に雨を降らせれば、レオンの配下が、この神殿を作ってくれるとかな。
火属性と土属性とも少しずつだが、交流を深めているようだ」
「話が違いますね。他属性の根源を破壊すると、恩恵を受けられると聞いたのに……」
「明らかな間違いだな。嵐が続いた時に、人族が神樹を伐採したのだ。
そして、嵐が止んだ……。それを曲解しているのだと思う。そのうち、その間違いに気付くであろうがな。
特に今回は、干ばつだ。神樹を切り倒そうとは思わないであろう」
頭が痛い。この世界は、根源に支配されているけど、理解している者は、まだ少ないのか。
アンネリーゼさんも知らなかったのだから、本当にごく少数の者のみが知る内容なんだろうな。
「……僕は無駄なことをしてしまったのですね」
「いや、そうでもない。大地の精霊や、ヌシを襲った精霊を止める役割を持つ者が必要だ。
どうしても、そのような者が必要になる。
力を持つと、暴れ出す者は何処にでもいるのでな」
抑止力……か。祖母の先生が選ばれて、祖母はそのために呼ばれたのかもしれない。
それを僕が引き継いだ……と。
「……この話を世界中に広めれば、混乱も収まるのではないでしょうか?」
「それを根源が求めていないのだ。この世界の知的生命体に気付いて貰いたいらしい。
我は、それを待っているだけなのだ。
この話は、同胞の精霊にも話していない」
この世界は、まだ未成熟なんだな。
生物としての進化が必要なんだろう。霊王はそれを待っていると。
「僕はこの後なにをすれば良いですか? 水属性の根源に聞いて欲しいのですが……」
「アンネリーゼと共に世界中を周って全ての根源と対話して欲しいそうだ。
巫女を見つけたり、技術を授けたり、異界の物資を分け与えて、文化を促進させて欲しい。
最終的な目的は、各種族の進化なのだ。レオンは知らないようだが感じてはいそうだ。
それと、その中には討伐も含まれている。必ず反発する者が現れるのでな」
その場に大の字になって寝そべった。
祖母の依頼は、とてつもなく大きな話になって来たので、全身の力が抜けてしまった。
「分かりました。帰ります……。根源の依頼の方は、レオンさんと相談します」
「あ、頼みがある。そのなんだ……。そのまま元の道を帰られると、我の威厳がなくなってしまうので、逃げたような演出をして欲しい。ユーミの孫であれば、手段があるであろう?」
笑ってしまった。
「纏め役というのも大変ですね」
「これでも、二千年も精霊達を纏め上げているのだ。助けてくれ!」
「そのうち、また来ます。レオンさんに仲介を頼めば、今回の混乱も早急に収まるでしょう」
「うむ。頼む。そして待っているぞ」
僕は、笑いながら帰還石を割った。
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