第六話 驚きの白さ

 ここアルパカの町での異常なまでのレッドキャップ推しには切実な理由があった。


 それは、フィンが言った「レッドキャップを倒してくれる事を待っている」という言葉からも分かるだろう。


 一見、「レッドキャップを応援する事」と「レッドキャップが倒されて欲しいと願う事」は矛盾しているように見える。


 その実、両者は根っ子の部分で繋がっていた。端的に言うと「人種差別」である。


 このアルパカの町は、一部の「原種」と呼ばれる支配者層と多くの『色付きカラード』と呼ばれる民衆とに分かれる歪な構造となっていた。同じ白人種であるのに、である。自分達の地位や将来を守るために、持たざる人達を下に見、搾取するのは世界が変わろうと何も変わらない。


「この辺は姉ちゃんから教えてもらったんだけど……」


 事情の分からない俺が「是非話を聞かせてくれ」と頭を下げると、恥ずかしそうな顔をしながら少しずつ事情を説明してくれる。町の外の人間とこうした話をするのは初めてなのだろう。要領を得ないながらも丁寧に話してくれた。


 面白かったのが、フィン達色付きカラードは「原種」とは言わない事である。侮蔑を込めて「白いの」や「白い奴等」と言うのだと教えてくれた。何でもその「白いの」は自分達の肌の色を「純粋な白さ」と言い、色付きカラードとは色が違うと主張しているらしいのだが……とても分かり易い選民思想だ。


 今回の遠征メンバーにアルパカ出身のシモンという選手がいたが、道中この町の事を聞いてもはぐらかすだけで何も教えてくれなかった。その理由は間違いなくこれだと思う。


「そもそも『白いの』と『色付きカラード』はどうやって見分けるんだ。俺には肌の色の違いなんて分からないぞ。……あっ、もしかして時々いた身なりの良い奴等、それが『白いの』か?」


 まだ有色人種と白人との違いなら分かるだろうが、俺には同じ白人の人種の違いまでは分からない。ふと、前世でナチスドイツの映画を観た時、ユダヤ人の服装が周りのドイツ人と明らかに違っていたのを思い出す。ドイツ人とユダヤ人との違いが分からなかった俺は、服装という別の基準で判断するしかなかった。それと同じ事がこの町でも起きているのかもしれない。


「多分そうなるんじゃないかな? オイラも正直色の違いまでははっきりと分からないけど、話すと分かるんだ。『白いの』は態度がデカイのが殆どだし。それに向こうは、自分達と『色付きカラード』の違いは分かるらしいよ」


 その後に続く「やっぱりデリックは剣闘士らしくないな」の一言。フィンからすれば俺がこうした事に興味を持つ理由が分からないらしい。


「知ったからと言って、どうにかできる訳じゃない事くらいは分かっている。けど俺も『色付きカラード』だと思うし、なら剣闘士として少しでも活躍すれば、この町の人が喜んでくれるんじゃないかと思ってな」


「町の外の事情はオイラには分からないけど、多分デリックはオイラ達と同じだよ。ド田舎の農家出身だろ? 間違いはないと思う」


「だろうな。俺が白いのだったら、バッタは食ってないだろうしな」


 そう言った途端、ツボに入ったのか突然フィンが笑い出す。「白いのがバッタ……絶対あり得ない」と腹を抱えていた。俺も俺でつい口が滑って「白いのがバッタ食うなら、調味料で味付けした最高級な一品になるだろうぜ」と言ってしまったからさあ大変。大爆笑を通り過ぎて息も絶え絶え、今度は逆に苦しみだしてしまった。


「……デ……リック……」


「待て待て! 今のは俺が悪いのか? そうじゃないだろう」

 

 まだ過呼吸状態は残るものの、少し落ち着いたフィンが俺の事を睨んでくる。


「今回は見逃してあげるけど、次やったらタダじゃおかないからな。あっー、それにしても笑った。白いのでこんなに笑ったのは初めてだよ、オイラ。お陰でちょっと喉が渇いたかな」


「本当、ちゃっかりしてんな。良いぜ。奢ってやるよ」


「それでこそデリックだよ。次の試合も応援するから」


 そこからはまた場所を変え、飲み物を購入。今回はリンゴのサイダー……というより、シードルである。アルコール度数の低いスパークリングワインのようなものだ。


 簡素な木のカップに並々と注がれたそれを喉越しで味わう。酒に弱い俺でも飲めるのがありがたい。


「はぁー、落ち着いた」


「良かったな。それにしても、途中で見た剣闘士の店、潔いくらいに色付きカラードの選手のグッズがないんだな」


「そういう事だよ。数は多くはないけど白い奴等の選手の分はあるんだけどね」


 これがこの町のレッドキャップ推しの大きな理由の一つでもある。確かに町に入った途端、「ようこそアルパカへ」と書いた歓迎を示す大きな石碑にレッドキャップの肖像画が描いてあってずっこけたりもしたが、そもそもこの町に色付きカラードの選手を応援する気がないのが大きい。選手としては一応それなりの人数はいるが、ほぼ前座止まりという事だ。メインを張るのは白いのばかりらしい。


 そうすると白い奴等は賭けの対象として応援をする位はあるが、フィン達色付きにとっては熱心に応援する気にはなれない。結果、消去法でレッドキャップを応援しているという何とも皮肉な形だった。グッズはそれが反映されていると見て間違いない。


「けど、あの強さは本物だからね。オイラもそうだけどそれは皆が認めてるんだ。だから、何だかんだ言って人気があるのは間違いないよ」


 その後にボソリと「態度がデカイだけの白いのよりは遥かに良いしね」と呟いていた。ゴブリンの方がマシって、この町の白いのどれだけ嫌われているんだと思ったりもする。


「あっー、だから他の団体を積極的に呼び込んでいるんだ。期間限定で良いなら、色付きの選手がメインの試合をしても良いと思っているんだな。グッズも作らなくて良いしな」


「面白い事言うなあ、デリックは。でも、多分そうだろうね。色付きという事で応援はするだろうけど、オイラ達も他の町の団体の選手まで覚えないからなあ。次いつ来るか分からないからさ」


「そうすると俺のファンになってくれたフィンには感謝だな。ありがとうな」


 この辺は町側も理解しているのだろう。自分達側の選手に人気がない事を。だから、他の町の選手を呼び込んでテコ入れをする。目新しい選手を観るため、観客は闘技場にやって来るという寸法だ。本当によく考えている。


「オイラの応援は百人力だから、デリックはこれからも強くなるよ。レッドキャップを倒せるくらいになってくれよ」


「その通りだな。フィンの応援があれば負けない。これからも頼むぞ」


「うん」


 真っ直ぐな目で俺の事を見るフィン。嘘やお世辞ではなく、本気で俺がもっと強くなると思っている事が分かる。今までこうした経験はなかったが、意外とファンがいるというのは嬉しいな。自分がしている事が無駄ではなかったと思えてくる。せめてこの町にいる間は良い所を見せたい……とそんな柄にもない事を考えてしまった。


「あっ、そうだ。忘れない内に渡しておかないとな」


 そう言って手元の紙袋をフィンに渡す。


「えっ、これって……デリックがさっきお店で買ってた物じゃなかったっけ?」


「ああ。一緒に入った店で買った物だな。中身は覚えているだろう?」


 紙袋の中身はベレー帽であった。けれどもレッドキャップのカラーである赤色ではない。グレー色となっている。ものは試しと剣闘士のお店に入った時に買った。


 さすがは都会だ。店内には危険な商品がないというのもだろうが、商品はぎっしり。これまで商品の無い殺風景な店ばかり見てきたので、とても懐かしく感じてしまった。


「それは……そうだけど。どうしてこれをオイラに」


 困惑したような表情でじっと俺の事を見る。


 プレゼントとしてもらえるのは嬉しいと思うのだが、如何せん今回渡した帽子はレッドキャップの応援グッズとしては一番の不人気で山のように積まれていた。どういう意図で俺が渡したのか分からないのだと思う。


「単純な話だ。次もガイドを頼む時に見付け易くするためだな。正直、赤いベレー帽を被っているのが多くて見付けられる自信が無い」


 要は目印という意味だ。これならきっと俺でも分かると思う。それくらいこの町にはグレー色のベレー帽を被っている人を見掛けなかった。レッドキャップの偉大さが良く分かる。


「そんな事をしなくても、日を指定してオイラを呼べば良いんじゃないの?」


 フィンからは当たり前の指摘を受けるが、小市民である俺にはそういうのは向いていない。来てもらうよりも自分から出向く方が性に合っているだけだ。その時フィンが見つからなかったら、運が悪かったと諦めるくらいで丁度良い。


 俺がこの町にいる間の期間限定の我がままである。


「それはその通りなんだが、俺はまだ奴隷だからな。急に呼び出されて雑用させられる時があるからさ。自由になる時間がまちまちなんだ。……とそう言えばフィンは俺が奴隷なの気にしないんだな」


「オイラには分かるよ。デリックならすぐ解放されるさ。真の剣闘士好きは選手が有名になる前から目をつけるものだよ」


 朗らかにそう返してくる。こういう反応を見ると、思った以上にこの世界の奴隷への認識は軽く感じてしまう。これまでの経験上、今の俺は奴隷と言うよりは二級市民とでも呼んだ方が良いんじゃないかと思う程だ。


 前回の遠征時もそうだったが、今回も割り振られた仕事さえしていれば後は自由。しっかり調整や練習の時間を与えてくれる。しかも正規の剣闘士ほどの金は無いが、こうして屋台巡りする位のお小遣いはある。


 外で問題を起こしてしまうとペナルティが大変な事となるが、その程度である。大人しくしているなら何の問題もない。ウチの一座がいい加減というのもあるが、時々今の俺は本当に奴隷なのか分からなくなってしまう。


「それは……ありがたいな。まあその辺は置いておいて、町を案内してもらいたい時はそれを目印にフィンを探すさ。今日会ったあの場所によくいるんだろう?」


「後は二、三別の場所にいる時もあるかな。観光客がいそうな所に大体いるよ。他の場所は後で教えるから」


「悪いな。フィンがいればもう迷わなくて済むから助かる。今日はありがとうな」


「い、いや。お礼を言うのはオイラの方だよ。帽子も貰ったし。オイラ家族以外からプレゼント貰ったの初めてだよ」


 目印に丁度良いと思ったから買っただけなのに、こうして恐縮されると逆にこっちが申し訳なくなってしまう。今度はもう少しきちんとしたプレゼントを渡すべきか……いや、今度闘技場の入場券を渡して試合に招待するのが一番喜ぶだろうな。


「大した物じゃないから気にしなくても良いぞ」


「う、うん。……ありがとう」


 この後、幾つかの場所を見て回ったが、どこもかしこも人が多く熱気に溢れている。フィンから聞かされた内容はとてもショックではあったが、それを感じさせない人々の逞しさに圧倒されていた。


 俺だけじゃなく、誰もが何かを抱えながらも必死で生きているんだと、そんな当たり前の事を思う一日となる。

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