第2話 超美少女モナカ登場

 清々しい朝だ、睡眠時間にも不足はない。通学路の桜は満開で、花びらがはらはら舞い踊る。

これで背後を歩く、河合モナカの意識が飛び込んで来さえしなければ、この上ないほど満ち足りた気分だ。


『ありえない、ありえない、ありえない。

ナライがすごいイケメンにぶら下がって歩いている』


超絶美少女河合モナカの心の声が聞こえる。なんて快感、なんて快適。ナライはニタニタ笑いが止まらない。


「ナライー、おはよ、誰れその子」

こらえきれなかったのか、弾むような足どりで追いついて来た。


モナカは走り方も完璧、制服の紺のブレザーにボックスプリーツの水色とグレーのチェックのスカート。遠目に見てもひらひら跳ねるスカートが、ナライと同じ制服だなんて信じられない。いや、前から不思議に思っていたけど、モナカの制服は生地が違う。モナカが着ればアイドルグループのステージ衣装に見える。


「ねえ、誰なの?」

ほんと、うるさいし、しつこい。永遠に抹消したいよ。1週間の約束で、モナカの補修授業に付き添っていた。卒業した学校に少しだけ奉仕の気持ちもあったんだ。


「あっくんだよ」返事をしないと、モナカの声はもっとでかくなる。

「俺? あっくんかよ!  まあそれもいいか」

ん? ナライがあっくんを見上げると、あっくんはかがんでナライの髪にちゅっとした。


「うっ、なにしてるの、通学路よそれになぜあなたみたいな素敵な殿方が、こんなんに引っかかった? あっくん、こいつは彼女なの?」

モナカがナライの一つに束た髪を引っ張った。しかも二度もだ。

「こいつだって? まったくアホは不躾だから嫌いなんだ。彼女? いや、もっと親密な関係だ。おい、おまえ、俺様は軽薄な雌は相手にしない立ち去れ」


あっくんは確かにイケメンの定義にはマッチしている。鼻筋が通り、抜けるような白い肌、漆黒の髪。だが、まず昼日中にタキシード姿だ。ライトブルーのカマーベルト。しかも時代がかったセリフ。頭の中は常に魂を求めることに必死だ。ナライにとっては、たいした奴ではない。すぐにモナカにくれてやってもいいくらいだ。


「モナカ、今日さあ、学校休むからなんとか処理しといてね、明日も明後日もだからね」……もはや行く必要もない。

「えー! 勉強しなくていいのぅ? 勉強より美味いものはないって言ってたんじゃないの? あっくんが美味いの! まさか食べちゃったんじゃないでしょうね」

なな、なんてことを言うんだ、まったく品位のかけらもない。


ここで少しバラすとね、河合モナカは家の隣の子、幼馴染なんだ。あたしとしたら、モナカが隣に住んでいた迷惑は計り知れない。


幼稚園のころに格差はすでに発生していた。モナカはカビだ、すぐに繁殖をして勢力を拡大する。幼稚園の時でさえ、半径10㎞に『あの子可愛いね』コールが巻き起こる。


お遊戯会で、モナカが親指姫の役をやったときには、ナライは道端の雑草。雑草の絵を描いたベニヤ板を持つ役だった。モナカが音楽会でソロで歌ったときにはもちろん、カスタネットだ。 はじめに持つ楽器で将来はだいたい決定される。不条理だが、それが運命だ。


ピアノやバイオリンは金持ちの家の子の担当だ。次がピアニカや笛、次が大太鼓や小太鼓、トライアングルならまだましだ。なにも芸がない奴がカスタネットと決まっている。

モナカもカスタネットを渡された。そしたら「私、歌を唄います」って勝手に自分の役を決めた。モナカだから許されるのだ。

彼女のキラキラ星はあまり上手くはなかったけれど、可愛いしぐさと笑顔で先生や父兄を虜にした。


そしてモナカは学校中の男子を味方につけて、優しく美しいマドンナを高三の今も、演じている。


だけど、隣に住むナライはモナカの実態を知りぬいている。

 子供のころに格闘ゲームごっこをすると、百%モナカが勝つ。負けそうになると、噛みつく、目潰しを仕掛ける。電気アンマなんてゲスイ手を使う。モナカには正義も反省もない。

ナライが泣き喚いても笑いながらやり続ける。誰かが止めにくると「見て見て、ナライはまるで野獣だわ、怖かった」泣き真似なんか、慣れたものだ。


中学生になる頃には、ナライはモナカの取り巻きに狙われて、いじめられた。

「お願いやめて、この子は私の幼馴染なの」

なんか嘘臭いんだよね。でも一応は助けてくれる。優しい美少女が不細工な女に同情をするという美談がモナカの栄養ドリンクだ。


「そんなわけだから、モナカ、後はお願いね」

「だめよ、どんなわけでも行かせない、幼馴染として無視出来ない。学校をサボタージュするなんていけないわ」

モナカの肩までの栗色の髪が、ふわっと踊りキラキラ輝いた。わざとなんだ、よく鏡に写して自分が一番きれいに見える方法を研究している。


「じゃますんな、どけよ」

あっくんがナライを後ろから抱きしめて、いきなりジャンプした。モナカは察知すると、すでに地上五十㎝は離れていたナライの足にしがみついた。


風が変わり、空気が生暖かくなった。ふんわりといい香りがして、巨大な花が咲き乱れる花畑に落ちた。


「うわっ! おまえなんだってくっついて来た?」

あっくんは尻餅をついて腰を抜かすほど驚いた。

「はぁ? ここはどこよ? ナライあなた一体何に騙されたの? あっくんて何者なの?」

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