第25話 臆病者

 ルモート村は少しいびつな村だ。

 元々穀倉地帯で裕福な人間が多かったのだが、街道の整備や行商人の人口数が増えてきたことに伴い国内有数の出荷場としてさらに発展した。そうなると一番お金を持つ人間は誰かというとこの土地を持つ地主達だ。

 地主達は自分の持つ土地を他人に貸し与えてさらに富を増やすと、また新たに土地を買い人に貸す。このサイクルを繰り返すことによりこの村はどんどん大きくなってきた。だが、急激な発展というのは強い成長痛を伴う。地主達に富が集中するにつれて、土地を借りている農夫はどんどんと貧しくなり、年貢と地主への借金返済で首が回らなくなる。その結果生まれたのが村の外側にある小さな村というわけだ。

 この小さな村は警護をする傭兵や騎士はいない地図上では存在しない名もなき村。存在しないため年貢もほぼ徴収されないが、その代わり常に猛獣や魔物の被害に怯えなければならない。さらに、こういった名もなき村というのは荒くれ者が集まりやすい。他の土地を追われたものや犯罪者が住むため治安はとても悪い。

 

「ルモート村というのは大体そんな村だよ」


 僕は歩きながらその村のことをアーロンに説明していた。アーロンはしきりに頷いてはいるが理解しているかわからない。


「はぁ・・・なるほど・・・」


 アーロンは興味があるのか無いのかよくわからない言葉だけを呟いている。もしかしてこういった話は全く興味がなく、僕が話しているから嫌々聞いてくれてるかもしれない。そう考えるとちょっと申し訳ないような気分になった。

 それから2人は無言で歩を進めた。村の外れにある村。この村のスラムと言えなくもない場所に。中央の広場から小道に入り、しばらく進むと村を囲む塀に突き当たる。そしてその塀沿いに少し歩くと目的の場所にたどり着いた。


「ここが・・・」


 僕が思わず声を上げる。その場所は村の中央とは打って変わってゴミが散乱し子供が道の脇で座り込む明らかに陰湿な場所だった。


「アーロン。剣の腕は自信ある?」


 僕は不安になって思わずそういう事を口にした。


「えっと・・・それなりには・・・」


 頼りになるのかならないのか判断がつかないような返答が返ってきた。アーロンは騎士なので私がお守りしますとか、お任せくださいと言ってくれるかと思った。その返答を期待して質問してしまったのだがアーロンはそういうことは言わない。アーロンという人間はこういう人間なのだ。

 僕はちょっと恥ずかしくなった。自分が弱気になってアーロンに自分の理想の騎士像を投影してしまった。


「じゃあ行こうか」

「はい・・・」


 僕が一歩踏み出して村外れのこの区画に足を踏み入れる。ここの住人が遠巻きに僕らのことを見つめていた。僕はその視線から不吉な予感を感じながらも歩き出す。


「アーロン。ちょっときて」


 僕は後ろに控えていたアーロンを呼んでひそひそ話をする。


「最近、このへんで馬車を見てないかと質問したいんだっけど、誰に聞いたら良いと思う?」

「すみません。私にはわかりません・・・」


 アーロンは自信なさげにそう言った。僕は少し考える。この場所で下手に人間との会話を持つと危険かもしれないし、できれば早めにこの場所から出たいと思う。だからこそ僕は最短で答えにたどり着けるような方法がないかを考えたが、僕にもアーロンにもそれが思いつかないということは、手当たり次第聞いてくしか手はないようだ。僕は意を決して道の端に座り込む子供に話しかける。


「ちょっといいかな?」


 子供は年は5~7才程の男の子だった。やせ細っていて元気がない。僕が子供に話を聞いたのは一番最初に目がついたという理由以外に、子供なら損得感情無く正直に答えてくれると思ったからだ。


「・・・・・・・・」


 だが、少年は僕の顔をじぃっと見つめるだけで返答はない。少年の目には突然現れた僕に対する好奇心も恐怖心も無いように見える。


「ごめん。邪魔したかな。ありがとう」


 僕はそう言って立ち上がり少年のもとから離れる。


「駄目だった・・・」


 僕はアーロンのもとへ戻って、報告めいた事を言った。するとアーロンは険しい顔をした。


「普通、あの年頃の子供は遊びたい盛りなのに・・・」


 アーロンは少し不愉快な感情を乗せた声でそう呟いた。僕はその声を聞いてすこしホッとした。今までアーロンの事は全く理解できなかったが、少しだけどういう人間かわかったような気がする。


「そうだね。でも今はどうにもできない」

「・・・・そうですね」


 アーロンは悔しそうにそう呟いた。それから僕はこの区画にいる人間に手当り次第質問をしていった。だが、どの人も僕の質問に答えてくれなかった。子供はさっきのように無気力で質問に答えず、大人は知らないの一点張り。よほどよそ者に対する警戒心が高いのだろう。それはそれで仕方のないことだがこれでは聞き込みが進まない。どうしたものか。

 僕は途方にくれているところに、僕らに声をかける人物が居た。


「よぉ。にーちゃん達。なにかお困りかい?」


 男の声がした。僕がその方向を振り向くとそこには7,8人程の男が立っている。男たちの表情はニヤニヤと嫌な笑いを浮かべている。明らかに悪意のある顔だ。


「セオ様お下がりください」


 アーロンが腰に指している剣に手をかけながら、僕と男たちの間に入る。


「なんだぁ?お前は」


 アーロンが警戒しているのが気に障ったらしく、先程のニヤニヤとした表情は消えこちらを威嚇している。


「す、少し聞きたいことがあるだけだ」

「ぷっ」


 アーロンの自信のない返答に男たちは吹き出した。男たちは剣を持つアーロンを警戒していたが、アーロンの話し方があまりに頼りなかったので少し余裕を取り戻した。威嚇の表情は侮りの表情へ変わる。


「俺たちが答えてやろうか?にーちゃん?」


 男の一人がニヤニヤしながらアーロンにそう質問してきた。おちょくるようなその口調に他の男達は笑っている


「ひ、必要ない!」


 笑われたのが嫌だったのか、アーロンは慌ててそう言った。その返答がさらに男たちの笑いを誘った。


「はははは。なんだよ!こっちが親切にしてやってんのに!じゃあこっちも用を果たさせてもらおうか」


 そう言って手に持っている木の棒を振り回す。


「身なりが良いなお前達。特にそこのガキは誘拐したら身代金でも取れそうだ」


 男たちが近づいていてくる。アーロンは緊張気味に剣の柄を握った。


「アーロン」


 僕は小さな声でアーロンの名前を呼び、彼の背中に手を当てた。


「身体強化するから、全員倒して。でも殺さないでね」


 僕はそう言うと魔力をアーロンに対して流し込む。


「体が・・・軽く・・・?」


 アーロンは自分に起こった不思議な出来事を把握できないでいた。だが、それを理解している時間はない。すぐにでも男たちは暴力で僕たちを捕まえようとしてくる。


「前!」


 男の一人が木の棒を振り上げて、アーロンに向かって振り下ろす。それに対するアーロンはその木の棒をするりと避けて男の腹に蹴りをお見舞いした。


「え?」


 僕以外の一同・・・アーロン自身も今起こった出来事に驚いた。男たちは気弱で弱そうな男があっという間に自分の仲間を蹴り倒していたし、アーロンはアーロンで自分の体が軽く、蹴りが思ったより重かった事に驚いた。


「なっ!何してくれてんだてめぇ!」


 事態を把握した男たちの一人がそう叫ぶ。するとその場にいた男たちが一斉にアーロンに向かって襲いかかる。アーロンは鮮やかな動きであっという間に男たちを一人残らず倒した。アーロンの動きはそれはそれは素晴らしいものだった。


「お見事」


 僕は思わずそう呟いた。実のところ僕は男たちがアーロンを舐めきって話していた時、アーロンの後ろに隠れてこの男たちのことを探っていた。魔術を使って体の調子や魔術師かどうかの有無を確認し、その結果正直僕一人でもなんとかなりそうな奴らだということはわかっていた。だからアーロンに身体強化魔術をかけて僕は後ろから援護しようと思っていたが、その作戦はまったくもって無駄になった。

 アーロンは僕の援護を必要としないほど強かった。


「セオ様・・・私に魔術を?」

「うん。でも必要なかったみたいだね」

「いえ。ありがとうございます」


 アーロンは僕に対して礼を言った。


「こちらこそ。守ってくれてありがとう」


 僕がそう言うとアーロンは不思議そうな顔を浮かべた。


「初めて言われました」


 僕にとっては意外な言葉だった。アーロンの腕っぷしは相当なもので、礼くらいいから言われていてもおかしくないと思えるほどのものだったと思う。それでもそういう事を言われたことがないのはよほどプランツ騎士団が仕事をサボっていたか、あのルークがアーロンを使っていなかったかだ。


「そうなの?アーロンはいい仕事をしてくれたよ。生きている男を8人捕まえてくれたんだから」


 僕はそう言いながら、気絶している男の一人に近づいた。そして魔術で出した水を男に引っ掛けて目を覚まさせる。


「セオ様!危険です!」


 アーロンは僕のことを心配してそう言ってくれたが、僕は大丈夫だとジェスチャーを送る。


「ん・・・うんん・・・」


 男の一人が目を覚ました。


「てめぇ!良くもやってくれたな!」


 男は僕に向かって叫んだ。


「おはよう」

「調子のんなよクソガキ!今ぶっ殺して・・・ってなんだこりゃ!?」


 男が自分の全身を見るとそう叫んだ。男なら体は氷漬けで身動きが取れない状態になっている。僕は男に水をかけた直後にその水を魔術で氷に変えて、男が動けないようにしていた。


「質問がある。最近、この辺りで馬車を見なかった?」

「はぁ?知るかクソ!死ね!」

「はぁ~」


 僕は大げさにため息をつくと男の額に手を当てた。そして雷の魔術を使う。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」


 男は激痛のため大声で叫んだ。


「知ってる。人間って本当に危険になると叫び声を挙げれなくなるんだって。だからまだ痛くして大丈夫そうだね」

「なんだとてめぇ!ふざけぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「まだ元気そうだね」

「はぁ・・・はぁ・・・やめろクソぎゃぁぁぁぁぁ!」

「質問に答えてくれる?」

「はぁ?知るかよ・・・・」

「そういう返答は期待していないかな」

「ぎゃぁぁぁぁ・・・ぐっ・・・ぐっ」

「痛みで声も出せない?仕方ないなぁ今からはこれくらいの出力でやろうかな」

「ころす・・・てめぇをころす・・・・」

「君が生きてたらね」

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「まぁ答えてくれなくてもいいよ。僕も尋問は初めてなんだ。色々試してみたい」

「尋問?拷問だろこれ・・・・」

「うんまぁそうだね。初めてだからまず君で試して、君が死んだら次の人に試してみる。まぁ4人目くらいで話してくれると僕も色々試せていいな」

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「だから、別に無理して話さないでいいからね」

「はぁ・・・はぁ・・・。やめてくれ・・・がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「話してくれたら止めなきゃいけなくなる。そうしたら、僕のたのしみが減る」

「クソが!がぁぁぁぁぁぁぁ!」

「ありがとう。頑張ってくれればくれるほど僕の楽しい時間は続く」

「知らない!知らないんだ!ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」

「そっかそっか。じゃあ心置きなく君で試せるね。別に死んでも他の人もいるんだし」

「ひぃ、ひぃぃぃぃ!がぁぁぁぁぁぁ!」


しばらく男たちの叫び声が響いた。

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