第10話 呪いの正体

 私は村長と共に、村長の家に戻ってきた。そして勢いよく扉を開き叫んだ。


「宴は終わりよ!」


 私の声を聞いた宴の参加者は驚いて無言になる。室内にいるもの全てが口を閉ざし、重々しい沈黙が流れる。


「えっと・・・お嬢様・・・どうしたんですか・・?」


 ジャスパーがなんとかその沈黙を破って質問してきた。ジャスパーの顔は酒に酔って真っ赤になっている。こいつ、私よりここの村のこと疑ってなかった?なんでそんなにベロンベロンになるまで呑めるの?


「どうしたも何も聞いた通りよ!宴は終わり!はい解散!」


 それを聞いた村民も首を傾げて質問してきた。


「どうしたんだい?嬢ちゃん?」


 盃を片手に持った村人が私にそう質問して来た。私が返答しようと口を開くが、声を出すより先に村長が私の前に立つ。


「もう十分騒いだだろう?明日も仕事があるんだ。家に帰って休みなさい」


 村長は穏やかでありながら有無を言わせない口調で、村民に帰宅するように説いた。村民は判然としないまま自分の家に帰る。残ったのは私と騎士団と村長だけだ。


「ふわぁぁぁ。良いところだったのに・・・。いったいどうしたんです?」


 ジャスパーが欠伸をしながらそう言ってきた。


「プランツ騎士副団長殿。30秒以内に貴方と護衛の顔を洗ってここに再集合してもらえる?」

「え?なんで?」

「あなた達の目が覚めてから話をしたいから」

「えーせっかく気持ち良く酔ってるのに、目を覚ますんですかぁ?」

「あなた、散々村人がどうのこうのって言ってたじゃない。もし本当に襲われてたらどうするつもりだったのよ」

「あんないい人たちに邪な考えがあるわけない!」

「調子いいんだから」


 私がため息を付いて"さっさと行って"と言うと、護衛の人らは嫌々顔を洗いに行った。そして私の言いつけ通りにすぐに戻って来た。


「戻りました。お嬢様。どうなさったんですか?」


 キビキビとした所作でジャスパーが戻ってきた。


「よろしい。でも、今回お願いしたいことがあるのはあなたよ。トビー」


 私はそう言って、護衛の一人を指差した。


「私・・・ですか?」


 トビーはキョトンとしている。


「貴方、感知系の魔術が使えるのよね?さっきやってたやつ」


 村人が村長の家に押しかけたとき、トビーにはドアの前の声を拾ってもらっていた。そして同時に、トビーは他にも索敵系の魔術ができると教えてくれた。


「はぁできますけど、魔術と呼べる程じゃ・・・」

「それでも確かめたいことがあるの。手伝ってくれる?」

「はい。わかりました」

「よし。じゃあリリー!リリー!」


 私はリリーの名前を読んで部屋を見回した。この部屋にはリリーの姿はない。


「あれ?リリーは?」

「ああ、ここにいる」


 ジャスパーは机の下で寝ているリリーを発見した。完全に酔っ払っており、起きる気配は全くない。


「あーこれは駄目ですね。朝まで起きません」


 ジャスパーがお手上げのジェスチャーを行う。私は頭を抱えた。


「あの・・・いかがしましたか?」


 部屋の奥から村長の娘が出てきた。


「申し訳ないんだけど清潔な布はない?」

「清潔な・・・布・・・ですか?」

「洗ったばっかりのやつがいいんだけど。数枚貸していただけるかしら?」

「はぁ・・・わかりました」


 村長の娘判然としないまま部屋の奥に行き、しばらくするとタオルを数枚持って出てくる。私はそれを受け取って家の外へと体を向ける。


「さて。行きましょうか」

「お待ちください」


 歩き出す直前でジャスパーに呼び止められた。


「なに?」

「命令にはもちろん従いますが、その確かめたいことに私は必要ですか?トビーだけで良いような・・・」

「もし、自体が私の考えている通りなら貴方にも協力してもらいたいの。今回の護衛リーダーは貴方でしょう?だから、貴方にも知っておいてほしいの」

「なるほど」


 ジャスパーは完全に納得はしていないがとりあえずは了解というところか。まぁ、本音の一つに、私にあらぬことを吹き込んでおいて自分は完全に気を抜いていたのが気に入らないということもある。10才らしい我儘はここらへんで使わせてもらおう。

 そして私と村長、護衛はあの建物に向かって歩く。


「そうだ、これ」


 私は先程、村長の娘からもらった布を全員に手渡した。


「これはなんですか?」

「この布で鼻と口元を覆って後ろで結んで固定して」


 布目は荒いため、簡易的なマスクとまではいかないがこれでも無い寄りマシだろう。飛んでくるつばを何割か防御するくらいには役に立つはず。


「それにどんな意味が?」

「ただのおまじないよ」

「はぁそうですか」


 ジャスパーは相変わらず判然としない顔を浮かべている。そうしている間に目的の建物に到着した。


「へぇこれは大きな建物ですね」

「私もトイレを借りるために外歩いてたら、ここにたどり着いてもうびっくり・・・」


 私は今思い出した。


「どうしたんですか?」


 

途中で言葉を止めた私を不審がってジャスパーが質問してくる。


「私、トイレ我慢してたの忘れてた・・・」

「え?」

「いやだってびっくりしたら・・・」

「ぷっ」

「笑わないで!ジャスパー!」


 私が恥ずかしくて顔を真赤にした。


「あの・・・ご案内します」


村長は極めて紳士的な態度て私をトイレまで誘導した。私はすぐさま用を済ませて再び建物の前に戻る。


「ごほん。気を取り直して」

「他に忘れ物はないですか?お嬢様」

「無いわよ!大丈夫!」


 ジャスパーは内心で笑っているはずだ。くそー腹立つな!

 そんなジャスパーを尻目に、私は苛立ちを抑えて説明を始める。


「それで、してほしいことというのはこの中に数十名の村人が寝ているんだけど、村長の話では呪術に掛けられているらしいの。もし、呪術にかけられていたらそれを解いて欲しい」


 私の見立てでは呪術ではない・・・と思う。だけど、根拠もなしに呪術ではないと断言しても村長は信じてくれないだろう。


「私に出来ることでしたら・・・」


 トビーは謙虚にそう言う。


「とりあえず中に入りましょう。静かにね」


 手には明かりを持ってきたので、先程とは違って中の様子がわかる。人数は大体20~30人ほどが寝そべった状態で並んでいる。夜なので皆寝ているが、みんな苦しそうだ。


「じゃあ、お願いね」

「はい」


 トビーは寝ている人の隣に腰を下ろし、手のひらをかざして目をつぶった。そして数秒経った後、トビーは口を開く。


「これは治せません」


 トビーはそう結論づける。


「強力な呪術ということか・・・」


 トビーの言葉を聞いた村長がうなだれてる。トビーはその様子を見て首をひねった。


「呪力というか、魔力を全く感じません。おそらくこれは呪術じゃないと思われます」

「え!?」


 村長は驚いた表情を浮かべる。そんな村長にトビーは質問する。


「どうして、呪術と思ったんですか?」

「皆、同時期、同症状で倒れた。私が子供の頃にそういった事が起きて、その時はお祓いをしてもらって治ったんだ」

「今回は呪術師を呼んでいないんですか?」

「ああ、お金もなく・・・」


 それを聞いてトビーは頷いてこう結論づけた。


「なるほど。おそらくこれは呪術じゃありません。伝染病です」

「伝染病?」

「最近、魔術協会の研究者が出した、お祓いでは治せない集団罹患の名前です。伝染するように病が広がることからそう名付けられました。呪術とは根本的な原因が違うという話です」

「そんなものがあるのですか?」

「私も詳しくは存じ上げないので治し方はわかりませんが・・・」


 トビーがどうにか出来ないかと考え込む。


「とりあえずここを出ましょう。ここではこの人達の迷惑だわ」


 私はそう言って皆を外に連れ出す。前世のように検査機材もないので確定はできないが、呪いでないと言うならばおそらくこれは小さな菌達が起こす病気、それこそ伝染病なんだろう。だったら、ここに長い時間滞在するのは危険だ。


「なるほど。イーライが言った"無理"とはこのことだったのか」


 建物を出た瞬間、口元から布を外したジャスパーがそう呟いた。"イーライが言った無理"というのはこの村に途中で話した内容で、村人全員で私達を襲うつもりだったらどうするのかということだろう。なるほど、たしかにこんな状態では無理とは言わないが、やらない方がいいだろう。


「村長。大体どのくらいの人がこの中に?」

「32人です。この村の半数近く」

「なるほど。ここに入って出てきた人の人数は?」

「死者を含めないならゼロです」

「ゼロ!?」


 思ったより状況は悪い。それにこの様子だとこうなって数日は経っているだろう。行動は急いだほうが良さそうだ。私は急いでどうすべきか頭の中で考え、村長にして欲しいことを伝える。


「とりあえず、明日の朝一から行動を開始します。村長。村人を5名ほどお借りしても良いですか?死ぬ危険性もありますので、必ずそのことを説明し納得した人だけを連れてきてください」


 私がそういうと村長は慌てて口を開く。


「ちょっとお待ちを!あなた方は明日の朝、ここから立つご予定でしょう?」

「そのつもりだったのですがこの状況を見逃せません」

「そんな!客人にご迷惑はかけられません。死ぬ危険性があるんでしょう?」

「一宿一飯の恩義がありますから」

「しかし・・・」


 了承しないで反論する村長に、私は思わず大声を上げた。


「村長!私は貴族です!私に貴族の務めを果たさせてください!」


 そして村長の目をじっと見つめる。村長は私の突然の大声に驚いていた。それから少しの間、私と村長は見つめ合いが続き、ついには村長が視線を逸らす。


「わかりました・・・どうか・・・どうかお願いします」


 村長は了承した。その様子をみたジャスパーが小声で私に言う。


「メグお嬢様って強引に頷かせるの上手ですよね」

「みんな優しいから、10才の我儘には必ず了承してくれるわ」

「それは優しいからというか怖いからかと。でも、看病か。帰るのが遅くなってしまいますね」

「あ、そうね。あなた達には必ず追加の報酬を」

「いいえお嬢様。もう報酬はいただいております。あんだけどんちゃんさせていただいたんですから」


 ジャスパーの言葉にトビーも賛同してくる。


「ですね。最低でもあの宴分は働かないと」


 私は2人の優しさに素直に礼を述べた。


「ありがとう」


 とりあえず今日は用意してもらった寝床で休ませてもらうことになった。

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