第28話 魔法提供の見直しと白海老のアヒージョと切り替えと

 回復魔法入りのメニューは、提供を一時ストップした。

 言うまでもなく、先日俺が袋叩きにされた事件が理由だ。

 まあ万一にでも“彼女”の仕事を潰したくない私情が無かったかと言うと……嘘になるが。

 そして何より、俺はまだ良いがミシェールが心配だからだ。

 テオドールの奇行と言うか凶行の効果は覿面てきめんで、俺を殴っていた“魔闘家”は元より、誰一人威圧的な態度を取って来なくなった。

 そりゃそうだ。あれだけサクッとしれっと斬られたら、俺だってビビる。

 それでも絶対とは言い難い。奴らの中に、俺に手出し出来ない鬱憤がまた溜まらないとも限らない。

 それが、よりフィジカルの弱いミシェールに向かない保証も無い。

 そんなわけで、俺は自分の担当を回復魔法から非殺傷型攻撃魔法に切り替えた。

 Bランク以上の魔物には効きが悪くて回復魔法ほど需要は無いが、逆説的にヒーラー勢の不満は無くなるだろう。

 組織内の“敵”は出来るだけ減らしたい。

 また、やはり万一の対人戦では必須になるので、静雷あたりを常備させておいて損はない。

 同時にやはり、ミシェールを武装させる意図もあった。

 悪用されかねないのは同じだが、魔法食の数少ない利点として、同じ攻撃魔法を持っていれば“レジスト”にもなる。

 後は、本人が肝心の時に使えるかどうかだが……これは俺の身体を使って徹底的に仕込んだ。

 最初は断固拒否していたが、根気強く説得(挑発)して、俺に静雷を喰らわさせた。

 最初は敢えてレジストせずに受けたが、自分で喰らうとかなりの理不尽を感じる魔法だった。

 本当に、意識が問答無用で刈られ、指先一つ満足に動かせなくなる。

 料理の試食も味の調整だけでなく「自分が今、何を触っているのか」と言う衛生観念を実感する意味で重要なのだが、魔法も同じだと思った。

 とにかく、これでミシェールは大丈夫だろう。

 大体、この前のようなレアケースを除いては、騎士団とて無法地帯でもない。寧ろ本来はエリートの集団だ。良い人の方が圧倒的に多いし、ミシェールなら誰かが守ってくれるだろう。

 と言うか「皆が愛する年下系女子ミシェール」になりつつある今、手を出せば騎士団総出で干されるだろう。

 一応、念のためだ。

 

 ミシェールが、またニッチな食材を仕入れてきた。

 白海老と言う、魚の餌にでもするのかと言う細々とした海老だ。

 これとマッシュルームを、塩・ニンニク・オリーブオイルで熱する。沸騰したオリーブオイルの中に具材が浸かっている。

 最初は俺も恐る恐る手を出していたが、これが意外と、いや、かなり旨い。

 一見して殻しか無いのでは、と言う程に貧相な海老なのだが、それが寧ろ香ばしい。これがニンニク・オリーブオイルと合わない訳が無かった。

 八和国では、かなり消費されている海老らしいが、こちらの大陸では全く馴染みが無かった。

 故に、原価も安い。

 安い・早い・凄く旨い。

 流石はミシェールその人だと思う。

「毎度思うが、本当に、何処からこんなマニアックな物を探り当てて来るのやら」

 俺が素直に感嘆を表明すると、彼女は悪戯っぽく笑った。

「企業秘密です」

「何だそれ。同僚にまで隠すものなのか」

 まあ、正直、どっちでも良いのだが。

 こいつの、こう言う“不思議”全てに疑問を持っていたら、それだけでメンタルが潰れてしまう。

「まあ、いつまで同僚でいるかも、わからないですしね」

 と、いきなりそんな事を、さらりと言った。

「何だよ。辞めるのか?」

「今はまだ。少なくともあと三年はここで続けますよ」

「なるほど、独立か」

 彼女は即時、頷いた。

 そう言うめでたい理由なら、悪くはないと思う。

 俺にとっては負担が大きくなるが。

「将来、この聖堂の近場で自分のお店をもちたいんです」

 何だかんだ、この辺も商業施設が集まっている。

 一等地なりの家賃を払える金が出来たなら、それもありだろう。

 ミシェールなら、店が走り出しさえすれば、死ぬまでコケる事もあるまい。

「それで、えっと」

 ん? 珍しく歯切れの悪い態度だな。

 あからさまに何かを決意した様子で、彼女は告げる。

「スタッフが、一人ほしくて。アルシさん、その時はいっしょにお店、やってくれないかな……って」

 それは、ほとんど諦めたような調子だった。

 そうだな。それは俺の人生にとってはこの上なく魅力的で。

 その言葉に乗ってしまいたい誘惑にかられる。

 ついて、行きたい。

「済まない。俺には、ここでやる事がある」

 彼女は寂しそうに微笑んだ。

「そう、ですよね! ちょっと、ダメ元できいてみただけですから」

「でも、毎日でも通うよ」

「自分の作ったものしか食べられないんじゃなかったんですかー?」

「俺のより味が良くて魔法が下手な料理なら、そっちを選ぶな」

 エリシャとミシェールのお陰で、俺は俺の魔法と真の意味で向かい合えた。感謝してもし足りない。

 だからこそ俺は、魔物を迅速に始末する力を。時には人を殺さず戦いを終わらせる力を、ここの連中に持って貰いたい。

 彼女達が、安心して暮らせて、寿命まで生き抜ける世の中のために。

 その考えは、今後何があっても変わらない確信があった。

 彼女も根に持つタイプでは無いが、やはり何となく気まずくなった。

 多分、俺側の問題であり、彼女はもう切り替えたような面持ちにはなっていたが。

 そのタイミングで、人が入ってきてくれた。

 それは、エリシャだった。

 ミシェールが、少しだけ俯いた。

 

 エリシャに呼び出された。

 分かりやすいほど、深刻な顔をしている。

 俺は沈黙を守り、彼女の言葉をじっと待った。

 そして、ぽつりぽつりと、彼女は話し出した。

「貴方と所属がバラバラになってから、随分経った。あれから、沢山考えた。

 現場と後方支援の違いはあっても、一緒に魔物と戦い続けた吊り橋効果なのかな? とか」

 俺は、彼女の言葉を反芻する。

 吊り橋、効果。

「でも、離れ離れになっても変わらなかった。

 きっとこれは、吊り橋効果とは違う。本物、だと思う」

 

「私は、貴方が好き」

 

 ……。

 俺は、何も言い返せない。

「初恋だった。それしか、楽しい思い出も無かった。

 でも、それも関係ない。

 正直、貴方が内勤に回ってホッとしている。

 もう、怯えなくて良いんだって。

 大切な人が死にそうになる所を、遠くから眺めていなければいけない恐怖から」

 エリシャは、一歩進み出して俺を見上げた。

「私は、貴方とずっと一緒に居たい」

 俺は。

 奇襲も良い所の告白だったが。

 それでも、すぐに答えられた。

 

「ごめん。俺は、そう出来そうにない」

 

 エリシャとの過去に端を発した魔法不能症は治った。もう、隠す理由は無いかも知れない。

 それでも、彼女はやはり、自分をどこかで責める筈だ。こいつは、根っから良い奴だから。

 ならば俺が隠し通せば良いか、と言うとこれも無理がある。

 “恋愛”と言う言葉があるが、恋は短期スパン・愛は長期スパンのものだと、俺は考えている。

 前者は熱いうちに打つ程に良いが……後者は、少しのストレスだろうと何十年と続くのだ。

 やはりあの過去を隠したまま、もしくは自責したままにしておくには長すぎる。

 嫌らしい話、ルックスは俺の理想だった。最近はそれを超えて綺麗になったとも思っていた。

 勿論、“好き”なのは人格の方ではある。

 それでも、だからこそ、共倒れになるわけには行かない。

 俺達は多分、最初から結ばれない構造をしているのだと思う。彼女には、本当に酷い事を言うようだが。

「そっか……ありがとう、ちゃんと正直に言ってくれて」

 俺は多分、恋人だとか家族を持つと、脆くなるタイプの人間だと思う。どうしても、万が一を考えてしまうのだ。

 ミシェールに武装させた事も、俺の過剰な保護意識から来ているのだろう。端から見たらまともではない。

 ミシェールにはどこか、懐かしいものを感じていた。

 昔、二人の弟に抱いていたような。

 自分ではついいじめてしまうのに、他人に苛められると許せない。そんな感情。

 他人を家族と同列に扱うのは些か重いが、思うだけならタダの筈だ。

 それでさえ、こうなのだ。

 俺に恋愛は、無理なのかも知れなかった。

「ねえ、もう一度だけ……いい?」

 俺の顔を覗き込み、彼女が言った。

 もう一度だけ、俺達は唇を重ねる。 

 彼女とのそれに、性的な衝動は全く感じない。

 ただ、静寂を共感する心地よさがあった。

 唇を離した瞬間、俺達はそれと決別するだろう。

 

 こんな理屈っぽい事を考えてないで、もっと勢いに任せていた方が、却ってうまく行ったのかも知れないな。

 何か俺って、理想が高すぎて結婚出来ないアラフォー女のような気がする。

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