第23話 厳重注意とパコラ

 朝一、仕事を始めて程なくして、ミシェールから個人的に呼び出された。

「何か弁明はありますか」

 直接言わなくても何のことかわかるでしょう? 俺に対しては特にこの態度が顕著になってきた。

 合わない人には大変なのだろうが、俺は割りとこの関係性が気に入って来た。

「何も。言葉で気分を壊されるハラスメントに対し、最大限平和的な言葉選びで再発防止を図っただけだ」

 ミシェールは、苦いものを口にしたような顔になった。

 何か、いじめたくなるタイプだな。“苛め”で無い事には留意されたし。

「露骨に取り付く島もないというか、冷淡なオーラを全開というか、初動から彼女たちの仕事をほとんどかっさらっていくとか、そんなことをしていたら彼女たちも萎縮するんですよ。仕事に影響します。わかるでしょう」

 萎縮? 自分が陰口を叩いていた対象に都合良くチクるような神経の図太い奴が?

「なら、向こうから一言でも謝りに来れば済む話だろう。それを突っぱねる程、俺は鬼でも無い。

 俺は正当に自分の尊厳を守っただけだ。

 それとも何か? 仕事の先輩・上司なら何言われても絶対服従って言いたいのか? そこが行き着く先は不毛なパワハラだけだ。

 厨房の立場にした所で、俺は正規職員で奴らは非正規。

 実力主義を仰るにしても、俺とあいつら、どちらが結果を出しているかアンタなら分かるだろう」

 まあ、こう言いながらも俺自身、俺が調子に乗っているとは思う。

 自信が無ければあらゆる選択がままならないが、それも過ぎれば傲慢となる。

 自信と慢心、謙虚と萎縮。

 バランス取りは、言葉以上に難しいものだ。

 俺の正論にミシェールは言葉に詰まるも、反論を止めない。

「あなたのしていることもパワハラです! 後輩の立場と力量の格差を都合よく使い分けないで!

 私たちがすべきことは、騎士団の食事を毎日間違いなく供給すること。そのために、個人的な感情をもちこまないでください。

 一日でも私たちが崩れたら、騎士団が絶食するハメになるんですよ」

 それもまあ、分かっている。

 それでも、あの二人みたいなのを鞭打っておかないと、他の仲間が潰される事だってあるだろう。

 本当に難しいと思う。

 だが世の中、何にせよ能動的に手を出した者の負けだ。

 ここいらで降参しておこう。

「分かったよ。それが命令なら善処する」

「命令とかじゃないです。人として普通のことです。あと、善処じゃなくて絶対にやってください」

 ああ、分かった分かった。

 て事は、俺の方からあの二人に謝りに行けって事か。

 自業自得だが、何とも気まずい。

 まあ、苦手意識は植え付けられただろうから、よしとするか。

 俺が無言で了承の仕草を取ると、ミシェールも腰に手を当てながらも溜め息をついた。

 クールダウン。

 そして、これはぽつりと言われた。

「ただ……個人としてはありがとう。本音を言えば、少しうれしかったです」

 あーあ。結局あいつら二人組、何話してたかまで察知されてるじゃないか。

「だから、俺が俺の尊厳を守っただけだよ」

「あのっ!」

 すげなく言って厨房に戻ろうとした俺を、ミシェールが焦ったように呼び止めた。

 今度は何だよ。

「あなたのお話は准将から大体聞いています。

 今の状況でお願いするのはとても失礼だと思うのですが……あなたの魔法起点を教えてくれませんか?」

 なるほど。あるいは、本命の目的はこっちだったのかも知れない。

 確かに、ミシェールのようにまだ魔法起点の定まっていない人間と言うのは、裏を返せば今からそれを決める余地があるとも言える。

 実際、カウンセリングでミシェールのようなタイプの魔法不能者が治癒した実績は普通にある。

 そして彼女も、そんなカウンセリングはとっくに受けたのだろう。

 だが、よりにもよって、あんな扱いづらい魔法起点を欲しいなど。

 これまでの人生、あの魔法起点に散々振り回されてきた俺からすれば、ふざけるなと言いたい。

「俺はカウンセラーじゃ無い。そして、人間はそう簡単にあちこち行き来出来んよ」

 それだけ言い捨てて、さっさと持ち場へ帰る。

 ミシェールは、それ以上何も言って来ない。

 

 パコラとは、カレー発祥の国・ガプーラに伝わる揚げ物料理である。

 八和国でも“天麩羅テンプラ”と言う似た食べ物があるが、サクサクしたあちらに比べて、パコラの衣は若干もっちりしている。

 これは、衣の粉にひよこ豆を使っている為だ。

 玉葱、人参、海老、果てはパイナップルやバナナまで。具材は多種多様であり、本国ではどちらかと言えばおやつ感覚で食べられているらしい。

 また、カレーのパイオニアであるかの国の例に漏れず、このパコラの衣にもコリアンダーやターメリック、カイエンなどのスパイスがふんだんに込められている。

 やはり、ひよこ豆の在庫が余っていると言う状況からコレを即時思い付くようなセンスは、俺には無いな。

 テオドールとエリシャは、毎回、感想を寄越してくれる。

 ミシェールのパコラにした所で、俺にとっては妙案であっても、肝心の騎士団でウケが悪ければ、文字通り“不味い”と言う事だ。

 忌憚無い意見をくれる奴が最低二名確保できているのは地味にありがたい。

「僕はこれまでで一番好きかもしれん!」

 前言撤回。こいつの「君だけだよ」は、何か信用ならん。

「いや本当に、カレー味の揚げ物ってだけで個人的にはご馳走なんだけど、この風味はコリアンダーかな? 自己主張し過ぎていない配分が絶妙だ!」

 疑ってすまん。そこは大正解だ。

 スパイス……特にコリアンダーが押し付けがましくならないよう、ミシェールはかなり力を入れていた。

「私も、これ好き。ぱっと見た目で、どれが何を揚げた物なのかわからないのが、ちょっと怖いけど。

 この、柔らかいの一口サイズのは何だろう?」

「当ててみな」

 俺が挑戦的に言うと、むっとした顔でエリシャがそれを口に運んだ。

「うっ、これは……バナナ?」

「正解」

「あー、でも、これ美味しい。カレー味の衣で揚げたバナナなんて組み合わせ、生まれてこのかた考えた事も無かったけど、凄く合う! これも民族風エスニックって言うのかな?」

 ちなみに、バナナの隣にあったのは唐辛子だったのだが……惜しくもニアミスした。チッ。

 まあ、こいつが食べ物を残す事は絶対にあり得ないから、いずれ引っ掛かる運命に変わりは無いが。

 ケケケケケ。

「……何?」

 エリシャが、怪訝な顔で俺を見た。

 まずい、笑いを堪えているのがバレたか。

「アルシ、楽しそうだね」

 俺の心情もつゆしらず、エリシャが言った。

「食堂で働くの、楽しい?」

「まあ、退屈はしない」

 ミシェールに触発されているのもあるが、やり甲斐は非常にある。

 テオドールには悪いが、魔物と戦わなくて良いのは、やはり安心感もある。

 正直な所、魔物戦とは違ったハードさはある。

 ミシェールの要求に応える程に、任される仕事も容赦なく増えていって、近頃は自分の時間もほとんど無かった。

 だが、俺には最初からこの方が性に合っていたのかも知れなかった。

「そっか。アルシが納得してるなら、本当によかった」

 何かしみじみとした顔で、エリシャはそんな事を言った。

「少し寂しいけど」

 付け足すように何かを言われたが、聴こえなかった。

 恐らくは、言いたいけど聴かせたくなかったのだろう。

 

 しかし、俺は気を付けていたつもりで、忘れかけていたのかも知れない。

 能動的に魔物と戦わなくて良い事と、

 魔物に脅かされない事とは、

 イコールでは無い事を。

 奴らは捕食者であり、俺達人間は狙われる側である事を。

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