新生Don't mind 03 傍観

 メルクリウスのパーティもまた、水神の交戦エリアに配置されたが、何一つ有効打を与えられずにいた。

 流石に仲間には温厚なメルクリウスも、この極限状態と手柄を立てられない焦りで、つい当たり散らすような態度になってしまう。

「お前ら、逃げてばっかなの、やめようぜ! オレとエドワールとジェイしか働いてねーじゃんかよ!」

 メルクリウスその人も完璧ではないし、むしろ抜けだらけの凡人で。仲間達は、こう言う極限状態でキレる姿も人間らしいと、好意的に受け止めてくれるはずだが。

 とは言え、メルクリウス自身も、ほとんど手をこまねいて居るのが現状だった。

 迂闊に“Don't mind”からの攻撃だと水神に悟られると、こちらの存在を認知されてしまう。

 仲間の命を預かる身としても、危ない橋を渡るわけにはいかなかった。

 丁度、ここからほぼ正反対に位置するエリアでは、チョウチンアンコウの触角を斬ろうと、その頭部に飛び乗った騎士が居たと言う話が伝わってきた。

 結果を勝ち取る為の勇気と努力を履き違えたーーそれらを冒涜しているとすら思える無謀だと、メルクリウスは考えた。

 大聖堂の騎士隊であれば、従士も付いているだろうに。そいつの生活を守る気すら更々なしか。オレならそんな無責任な事はしない、と内心で断じた。

 

 そこへ来て、かのエメリィ・ロス襲撃だ。

 メルクリウスの踏み入る余地が、ますます無くなってゆく。

 何でオレはいつも、こんなに運が悪いのだろう。

 何か「オレを幸せにしないような因果の力が作用している」と言う妄想すらも信じたくなってきた。

 何で? 何で? 何で? 何で、何で、何で、何で。

「みんな、諦めないでくれ! エメリィはぼく一人で何とかする!」

 准将が、魔法的に拡声した声で呼び掛ける。

 これには、エメリィへの挑発も兼ねているのだろう。

 エメリィは「荷物がかさばる」として早々に、無責任にデーモンを放し飼いにした。

 当然、地上は大騒ぎだ。

 だが、メルクリウスには、デーモンの迎撃にあたる発想は無かった。

 この状況では、全く旨味が無いからだ。

 水神にダメージを与えないと、パーティの名声にはならない。デーモンなぞ、やりたい奴に対応させれば良い。

 ただただ棒立ちで、フライ准将とエメリィの決闘を眺めるしか無かった。

 

 

 エメリィは、右手を水平に振りかざした。

 その手元に、忽然と長柄の武器が現れた。

 オリジナルの対象物を生け贄に、全く同じ物質を新たに生み出す事で、武器を手中にテレポートさせる。

 その名も“情愛と移り気の具現”。量産品では無く、特別に誂えたオーダーメイド品だ。

 エメリィの身の丈を超える肉厚の戦斧であるから、やはり普段はかさばる荷物だった。

 それを随意に出し入れ出来るのは、やはり強力だ。

 エメリィは、なぶるように悠々と歩く。その動線には建物があったが、全く抵抗もなくすり抜けた。

「障害物がアタシを阻むなんて事はあってはならない」ので、エメリィは基本的に物質を透過するのだ。

 同じ能力を持つ魔物の事例はそれなりにあるのだが、人間がこれをしでかした事例は流石に彼女以外には存在しなかった。

 騎士団の車両は目障りだったので、大斧を薙いで叩き転がした。

「こんな段ボールみたいな屑箱をどこにでも置いとくんじゃないよ! 排泄物よりも価値の無い有象無象どもが、アタシを苛つかせるな」

 この人物は、万事がこの調子である。

 文字通りの我が儘を極めし者。

 現実に自分が在るのではなく、現実の方が自分に合わせるべきだと本気で信じきっているが故の、最悪の魔法起点。

 メルクリウスには、やはり理解できなかった。自己中が形而下けいじかの結果に現れるサイコ野郎、と言う以外に感想が浮かばない。

 エメリィが全身を光らせたかと思うと、忽然と消えた。

 次瞬、フライ准将の後方に現れた。

 最前、武器を取り出した瞬間移動の魔法を、自分の身体で躊躇いなくやったのだ。

 自分を生け贄に自分と全く同じ存在を作り出す行為とは生きていると言えるのか。メルクリウスからすれば、今、そんな哲学問題を持ち込まれても困惑しか無いが。

 とにかく、この事からエメリィ・ロスとは戸籍の上では死亡している。

 それはつまり、

「人権はないよね」

 フライが呟くと、またブラックホールじみた何かが現れ、エメリィを容赦なく天から押さえつけた。

 全身の骨を砕かれ、内臓がことごとく破裂しながら、エメリィは錐揉みに墜落する。

 それも消えた。

 今度は、高度に立つフライの更に頭上に現れた。

「法に縛られる事も無い」

 エメリィの持つ戦斧“情愛と移り気の具現”が、その斧頭を唐突に脱落させた。

 いや、停船用のそれを思わせる太さの鎖で繋がれた、鞭状というか大スケールの鎖分銅のような形態に変化したのだ。

 大蛇のようなそれが、真っ直ぐフライに襲い掛かる。当然、先に水神を墜落させた迎撃の超重力が作用するが……「超重力がアタシの一撃を阻害するのは許されない」ので、エメリィの筋力は瞬間的にそれ以上の補正を受けた。

 敵の抵抗する力が強ければ強いほど「そんなのは認められない」ので、それを上回る力を手に入れられるのだ。

 だがフライもまた、肉眼では“消えた”としか思えない速さでこれから逃れた。

 自らを取り巻く時間を、五倍以上に速めた結果だ。

 ついでにエメリィの時間は逆に半減させたつもりだったが、やはり「そんなの許されない」の理論で無理矢理解除された。

 この事から弱体化デバフは無意味であり、他人エメリィの足を引っ張ろうとするよりは、自分の時間を速めるなどの自己強化バフの方が生産的だと、准将は結論付けた。

 続けて准将は、違うページを開いた。

 エメリィの周囲から空気が消失し、彼女は真空に閉じ込められた。

 とにかく、炎とか岩だとかの外的な物理被害を全くすり抜けてしまう以上、逆に“無くてはならないもの”を奪うしか有効打になり得ない。

 肺が潰れ、血中に回った気泡が脳を侵す中。

 やはりエメリィは後光を背負いつつ消失した。

 今の死にそうなアタシなんて、本当のアタシじゃない。

 だからあそこの空間に、より完全無欠なアタシを作るんだ。

 今度は前方に現れたエメリィを見据え、フライは次のページを開きつつ。

「イラつくね! さっさと破砕四散し、海中の魚類の糧になってしまいな!」

 エメリィは、相手を口汚く罵倒する際の言葉遣いも下品にならないよう、常に気遣いがデキるオンナだった。

「予想以上にめんどくさい人だなぁ。戦術的にも、性格的にも」

 外見上、押しているのはフライの方に見えるが、彼の方は、実は少しずつ後がなくなって来ている。

 手札である魔法は1000を超すとは言え、その中からエメリィの物質透過に影響されないものは限られてくる。

 フライもまた生身の人間ではあるので、疲労によるパフォーマンス低下はいずれ避けられない。

 一方、エメリィの方は「アタシが疲れるなんて許されない」ので、文字通りの疲れ知らずだ。

 24時間、一睡もしなくて良い能力は、本業である化粧品開発にも多大な貢献をもたらしたと言う。

 そして、とうとう、フライは“移り気と情愛の具現”の鎖の部分を避けきれずに脇腹を掠めた。それだけで、彼は何キロも吹き飛ばされた。当たったのが斧頭だったら、粗挽き肉にされていただろう。

 准将の法衣に付与エンチャントされた因果減衰の防護魔法は、執聖騎士のそれの二世代先を行く性能であり、鉄壁かつ柔軟。

 それでも、肋にヒビが入った。

 地上の誰かがすぐに回復魔法をしてくれたので、大事には至らなかったが。

 とにかく、エメリィを最大限引き付けねば。

 教国最強の兵力は、一転して一般兵力の為の囮にならざるを得なかった。

 エメリィの目的が水神さまの入手にあるなら、残された戦力でそれを殺すしかない。

 その結果、エメリィの怒りに油を注いでしまったなら。

 もう、その時はその時で考えるしかない!

 フライ准将その人をして、投げやりにならざるを得なかった。

 

「……撤収しよう」

 メルクリウスは、静かに号令を出した。

 生きてこそ浮かぶ瀬もある。

 仲間が皆生きてさえいれば、手柄など別の場所でいくらでも立てられるのだ。

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