第14話 異教徒蜂起と水神さま1

 毎度死にそうな目に遭いながらも、俺達は任務をこなしていった。

 時にはAランクを殺した事もある。

 エリシャの予言に依る所が大きいとは言え、現場では相変わらずテオドールと俺の二人だけ。

 自分の事ながら、よく切り抜けられたものだと思う。

 いや、このパーティ形態ーーフライ准将発案の新戦術ーーであれば、案外と魔物戦に人数は要らないのかも知れなかった。

 俺達のパーティは、やはり、エリシャの予知能力レアスキルと言う反則チートがあって成立しているとは思うが、他の騎士隊も現場人員は多くて4人程度だと聞く。恐らく、それぞれエリシャのように異才を見出だされたアドバイザーと言うかオペレータがついているのだろう。

 それにした所で“人食い雑木林”や“色彩のデーモン”を二人で処理させられたのは、上の采配ミスを疑った。

 同じAランク魔物と言ってもピンキリだ。ランク内の底辺と頂点では、ヤバさ・厄介さが雲泥の差である。

 この辺は、自然の猛威を人間の都合で格付けしている事の限界でもあるだろう。

 流石に二人で手に負えない魔物は、複数パーティの合同で任務にあたる。騎士団も鬼ではない。たぶん。

 

 そしてつい昨日から、大陸全体がとあるニュース一色に染まった。

 大陸北西の島国・リテッシュの港町トヘアで発生した魔物の事だ。

 ただの魔物ではない。

 こいつは、長年“水神さま”として崇められていたそれが、地元民の崇拝に呼応して具現化したものだった。

 以前俺と“彼女”が始末した、スケルトン大量発生と原理は似ている。要するに、その地域の信仰が招いてしまった召喚事件である。

 ネベロン一世が、魔法と言う“神の力”を発見・普及させた事により、人類は神に縋る手だてを失ったとも言われている。

 神の奇跡とは、起こらないからこそ偉大なのだと。

 しかし、神に頼らず自力で“死”と言うものに折り合いをつけられるほど、人類は強くなかった。

 世界各地、特に今回のトヘアのように歴史の深い地域では、その土地固有の神が信仰されているケースは多い。

 事の重大さは、以前のスケルトン事件の比ではない。あれは即席カルト教団が墓場の死体をおもちゃにしただけのショボい悪戯だったが、今回のは土着とは言えガチの歴史を持つ神だ。

 数え切れない世代の、数え切れない人々が、共通の認識で単一の存在を強く願い続けた産物だから、魔法思考の強さ=存在感は段違い。それでいて、同じ神を崇めていても、細かい解釈は一人一人微妙に異なる……となると、水神さまが持って生まれた能力や魔法も豊富な事だろう。

 古今東西、この手の魔物はそれこそ“並のAランク”など及びもつかない脅威であり、放置すればトヘアの街が更地になっても足りないくらいの被害が出る。リテッシュと言う国そのものが傾く大災害も充分に考えられた。

 法律で存在するならAランクを超えた“Sランク”だとか、何なら“SSSランク”とでも付けてやりたいくらいだ。

 そして。

 魔物自体のスペックもさる事ながら、この手の話には更に厄介な問題が付随する。

 神が具現化したと言う事は、十中八九、信者どもがそれを守ろうとすると言う事だ。

 自分が信仰する神と、矮小なる人類の営みとでは、前者の方が圧倒的に大事である事だろう。理屈だけなら、俺にでも分かる。

 “水神さま”の前座として、人間と人間の紛争が起こるのは必至だろう。

 奴らも元々は民間人であるから、官軍である騎士団としてはなおの事、頭の痛い所だった。

 多少はやむを得ないとは言え、素人を殺し過ぎれば教国の沽券に関わる。

 今回の事件については、既に各騎士隊へ沙汰が降りている。

 俺達テオドール隊は、現地への出撃を命じられた。やはりと言うか、何と言うか、だ。

 更に。

 最終目標である“水神さま”が余程剣呑なシロモノなのか、ジョージ・フライ准将も御自ら出撃するとの事だ。

 組織の最高責任者がぶっちぎりで最強の兵力と言うのも、時には考え物だと思った。

 

「あっ、探したよアルシ! ちょっといいかな?」

 そのフライ准将に、廊下で呼び止められた。

「どうなされました」

「急で申し訳ないんだけど、この魔法書を解読して、例の水神さまの任務当日、騎士団の皆に食べさせるお昼ごはんにしてくれないかな?」

 また急だな。

 准将は、テキトーな不要紙の裏に手書きしたそれを、俺に手渡してきた。

 きたねー字。イメージ通りと言うか何と言うか。

 概要をちらりと流し読む。

 なるほどね。

 この魔法のコンセプトからして、准将がやりたい事は理解した。

 些か複雑だが、今の俺なら解析出来る確信は持てた。

 術式を解析するよりも、この、人に読ませる気遣いなんて更々無いようなミミズ文字を解読する方に骨が折れそうだよ。

「了解しました。騎士団全体を賄うとなると、食堂の厨房を借りたいのですが?」

「あぁ、話が早くて助かるよ。もちろん、元よりそのつもりで話は通してある。今日中に打ち合わせしといて」

 流石は“全知全能”の准将閣下。日頃のちょっとした事も全て予定調和って所か。

「食堂の責任者は、ミシェール・コレットって若くてかわいい女の子だから、行けばすぐわかるよ! じゃあ、ぼくは遅刻寸前なので、これで失礼!」

 そう言って、とぼけた准将は去っていった。

 待たせている相手は他の将軍か枢機卿か、ともすれば教皇聖下か。何れかは知らないが、とにかく怒られてしまえ。

 あっ、その辺に関してはもう慣れてそうだな。

 全くの偏見だけどさ。

 それと、これって何気に、俺が大聖堂入りした当初の目的でもあったよな。

 

 

 なるほど、准将の言う通りだ。

 見るからに責任者、かつ、若くて可愛い女の子。

 ミシェールと言う女が誰なのかは、人に教えられずとも、目視で把握できた。

 栗色で長めの髪をナチュラルボブにした、幼い感じの顔立ちをした娘。体格も細身で、黙っていれば“誰からも好かれる年下系女子”なのだが……母親や祖母くらいの年頃のパートタイマー達へ、矢継ぎ早に指示を飛ばしている。

「カミラさん! わたし、そんなつもりで頼んだわけじゃないですよ! ああっイライザさん、それ違いますっ!」

「もうっ! このボウル洗ったの誰!? 小麦粉の跡がまだ残ってますよ! 人の口に入れるものをここに容れるんですよ!? お願いですから真面目にやってください!」

「そもそも一から十まで言葉にしてられないんですっ! こういうのとか、あそこのあれとか、最低限度の言葉で何となく汲んでください!」

 うわぁ……あそこに行きたくねえ……。

 正直、ルックスは好みと言うかドツボなんだが、俺の性格上、ああいう感じの人間と一緒に仕事したら、早晩、胃に穴が空いて死んでしまいそうだった。

 ああいうタイプはエリシャ一人で充分だろう。

 それとも腐っても軍属だから、その食事を支える者達も必殺の形相ってやつなのか。

 そりゃそうか。

 色んなニーズに対応した女の子(男の子)が選り取り見取りとか、男側(女側)の下劣な妄想でしかない。

 ここは軍隊だ。

 黒髪ロングの清楚な優等生(メインヒロイン)だとか、金髪ツインテールの勝ち気な娘っ子だとか、ボーイッシュな頑張りやさんだとか。そんな奴らが均等に分布している生態系など、死んでもあり得ない。

 現実には、似た環境下の人間なぞ、似た性格の者が寄り集まるものなんだろう。

 まだ、丸刈り頭の女ゴリラに囲まれてしごかれないだけ、幸せな境遇だと感謝すべきなのだろう。

 ……、……、…………。

 いや、パートのおばちゃん達が全員一致で、孫や娘のお転婆を暖かく見守るような面持ちをしているのを見るに、あれはあの女固有の性分なのかも知れない。

 長々御託を並べてないで、さっさと飛び込めって?

 いつもいつも、何で俺ばかりこんな目に……。

 テオドールなら悦んで飛び込む状況だろうに。どうせMだし、あいつ。

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