37,老人と神

 上部が爆発した城はすぐに自らを支えることができなくなり、そしてガラガラと崩壊を始めた。


「た、大変! どうしちゃったの?」


「むぅ……。」


 バン爺とマゼンタは急いで城に向かう。城に近づくと、ふたりは異変に気づいた。崩壊した城の真ん中、爆心地とみられるところが緑色に光っていた。


「……あれは」


 バン爺とマゼンタはその見覚えのある光に戦慄せんりつする。それは、シアンがマゼンタの村で暴走した時の光だった。すでに空には雷雲が立ち込めていた。


「あの男……またクリスタルを使ってシアンを暴走させたんか?」

 バン爺は言った。


「……えっと、それはないかもよ?」

 しどろもどろにマゼンタは言う。


「……どうしてそう思うんじゃ?」


 マゼンタは懐から申し訳なさそうにクリスタルを取り出した。


「……なんと」


 マゼンタは帰り際、アイリス伯につかみかかった時にクリスタルをスッていた。


「……だったら、あれって」

 マゼンタは光の方向を見る。


「うぅむ……。」


 マゼンタたちがかつて城だった瓦礫がれきの山に着き、光の元まで行くと、そこには術式で体を守ったアイリス伯とアッシュの姿があった。

 そして、その正面には暴走している全裸のシアンが。背丈は倍ほどに伸び、筋骨は雄々しく発達し、しかし白い肌と蒼い髪は神々しく輝いていた。


「……アイリス伯、大丈夫かっ?」

 バン爺が訊ねると、アイリス伯はバン爺たちを見た。


「き、貴様、バーガンディっ! クリスタルはどうした!?」


「あたしが持ってるよ」

 マゼンタはクリスタルを出して見せた。


「この、女狐めぎつねめ! とっととそれをこちらに渡せ!」


「はぁっ? こんなの使って自分の子供を操るような奴に渡せるもんかっ」


「言ってる場合か!? 状況を見ろっ!」


「……見とるさ、セレスト・アイリス」


「何だと?」


「道具に頼らんで、自分の子供のことぐらい、自分で何とかせんか」


「い、今のシアンにそんなことを言ってる余裕は……。」


 シアンが咆哮ほうこうした。衝撃でアイリス伯が吹き飛ばされ、瓦礫の壁に叩きつけられた。


 バン爺は「あちゃあ」と自分の頭をぺしりと叩いた。

「……確かにそんな状況じゃないかもしれん」


「う……ぐぁ……。」

 アイリス伯はずるりと倒れる。


「……シアンや」


 バン爺の呼びかけに反応して、シアンがふり向いた。鬼のようなシアンの形相ぎょうそう。あの美少年がこの姿に変身しているなどとは誰も思わないだろう。ただ以前の暴走と違うのは、今のシアンには感情の片鱗へんりんがあることだった。


「う、う、うるあああああ……。」


「ええ顔しとるのう……。ようやく自分の気持ちを吐き出したかい」


 犬歯が伸びたシアンの顔を感慨かんがい深く見るバン爺。アッシュに対してさえ構えなかったが、ここに来て初めてバン爺は構えを取った。


「……来なさい。お前さんの思い、ジジイが全部受け止めちゃろう」


「るがぁああああああっ!」


 シアンは猛スピードでバン爺に迫る。


──やっぱこええ……。


 バン爺とシアンは衝突した。はげしい衝撃音と共に突風が二人を中心に巻き起こる。

 打ち負けたのはバン爺だった。さしもの彼も人智じんちを超えたシアンのオドを受け流しきることはできず、後方に猛スピードで飛んでいく。


「バン爺!」

 50メートルほど飛ばされたバン爺を見てマゼンタは叫んだ。


 異常に吹き飛んだのは、バン爺が自分からも後方に飛んだからだった。バン爺は空中で減速すると、すとんと地面に着地した。そして体をくねらせオドの流れを調整する。


「……ごぶっ」


 しかし、流しきれずにバン爺は咳払いと同時に口から血を吐いた。バン爺は血のついた手を見る。


「もって、あと1分といったところか……。」


 周囲を見わたすバン爺、彼が落ちたのは生命力を奪われたハゲ山だった。何とかまばらに木々が残っている。


──ほんのわずかにマナが再生しつつあるのか……。


「……ん?」

 バン爺が空を見上げると、雷雲が発光していた。

「……あかん」

 バン爺は地面に手を当てる。

「……間に合ってくれい」


 シアンが術式で起こした雷が落ちてくる。強烈な稲光いなびかり。しかし雷はバン爺に落ちることなく、彼からそれて周りの木々に落ちた。バン爺の周りに閃光が走り、次に炎の柱が立ち上がった。

 直前にバン爺がオドを流し込み、木々を避雷針ひらいしん代わりにしたのだった。


 遠巻きに見ていたアッシュが驚愕きょうがくする。

「何ちゅうじいちゃんや。シアンくんもバケモンやけど、あの人もたいがいやんけ」

 アッシュは意識はあるもののダウンしているアイリス伯を見る。

「……あのおじいちゃんのどこが三流やねん」


「やれやれ、心臓に悪いわい。……ん?」


 風にのってシアンがバン爺の前に降り立った。ゆっくりと風を起こしながら降りてくるその姿は、魔神の降臨であるかのように禍々まがまがしかった。


「ぐるるるる……。」

 獣のように、今まさに襲いかからんと両手を広げるシアン。


 バン爺はボクシングのように拳を握って構える。

「……殴り合おうかい、坊や。年季の違いを見せちゃる」


 シアンが吠えながら大ぶりのパンチでバン爺を殴りつける。

 パンチはバン爺に当たるが、バン爺は衝撃を受け流し体を回転させ、シアンの首に回転蹴りを叩き込んだ。だが、シアンの太くなった首には老人の蹴りは効果を成さない。

 シアンが力まかせの前蹴りを打つ。

 バン爺は紙一重で蹴り脚を避け軸足じくあしを払う。

  

「がぁう!?」


 自分の蹴りの勢いのあまり空中で半回転するシアン。そんな不安定な体勢のシアンの腹部にバン爺は張り手を叩き込んだ。

 シアンは自分の回転とバン爺の攻撃の作用できりもみ・・・・状に吹き飛んだ。


「ぐぅるおおおお!」

 シアンは激高げきこうし、雄たけびを上げながらすぐに立ち上がる。


「ほっほ、どうした? もっとオドの使い方を工夫するように言うたはずじゃぞ? 」


 シアンはバン爺に挑発されてもすぐには襲い掛からなかった。獣が獲物の様子をうかがうように、そのばで静止している。だが、バン爺はシアンの内気オドや周囲の外気マナが動いているのを感じとっていた。


──術式を使いよるか?


 バン爺は目を細めた。目の前のシアンの像が歪んでいた。バン爺は自分の目がかすんでいるのかと思っていたが、すぐに事態の異様さに気づいた。

 シアンの姿が巨大化し、さらに大きく左右に分裂し始めていた。


──こりゃあ……。


 突然、バン爺の体に衝撃が走り、そして後方に吹き飛ばされた。


「ごふっ!?」


 シアンの体当たりが入っていた。


──いつのまに!?


 シアンは風の術式を使用して周囲の空気を歪め、レンズのようにしてバン爺の距離感を変えていたのだった。自身に攻撃が加えられていなかったため、バン爺はシアンの術式を理解することにほんの少し遅れていた。

 シアンのぶちかまし・・・・・で転げまわるバン爺、反撃を加えらぬよう素早く起き上がると、さらなる事態の悪化に気づいた。


「……なんじゃと」


 バン爺の周りに竜巻が発生していた。シアンは殴り合いの最中、少しづつ風の術式で周囲の環境を変化させていたのだった。


「ほっほ、教え子の成長をじかに見られるとはな。師としては嬉しいわい」


 しかし、感慨かんがいにひたっている場合ではなかった。その竜巻は明らかに自分を狙っている。

 シアンが左手を素早くあげると、竜巻がバン爺を空高く舞い上げた。


「お、おおおおお!?」


 空中で翻弄されるバン爺、土の術式でコントロールしようにも土地のマナが非常に弱かった。環境依存の彼の術式の弱点が露呈していた。

 さらに、バン爺を追撃しようとシアンが自分の力と風の力を使って飛び上がった。上空でふたりは向かいあう。


「ありゃあ……。」


 シアンは両腕をふり下ろしバン爺に背中をしたたかに叩きつけた。バン爺は急降下して地面に衝突する。バン爺の落下地点に赤茶けた土が舞い上がった。


「……むぅ」


 よろよろと、土まみれのバン爺が立ち上がる。

 そんなバン爺の前にシアンが着地し、ゆっくりと歩みよった。


「く……くそぅ……。」


 うのていのバン爺は足元の小石を拾うとシアンに投げつけ始めた。死を前にした、無様な老人の抵抗のようだった。石はシアンに傷ひとつつけることができない。シアンは避けようとすらしなかった。しかし──

 バン爺が指でスナップを打つと、投げられた石がシアンの目の前で破裂した。


「がぁっ!?」


 石の破片が目つぶしになり、シアンは目を閉じた。

 目をこするシアン、再び視界が戻ると目の前にはバン爺が立っていた。


「もうちょいお前さんの成長を見ておきたいが、じじいもそろそろ限界じゃ」

 右手をシアンの胸に当て、左手で右の手首をつかむバン爺。バン爺のローブがオドで逆巻く。

「最後に根競こんくらべといこうや!」


 バン爺はオドを直接シアンの体内に流し込んだ。


「ぐるぉおおおおお!?」


「かぁああ!」


 体のオドを放出し続けるバン爺、耐えるシアン。それぞれの声がこだまする。


「……く、か……はぁっ」


 しかし、老齢の体から発せられたオドは間もなく尽きてしまった。


「がうぁ!」


 シアンがバン爺の体をつかんだ。そしてシアンの蒼い髪がオドで逆巻く。自分がやられたことをやり返そうとしているのだった。


──来たのう……。


「ぐるぁあああああああ!」


 シアンはバン爺に直接オドを流しはじめた。攻撃をすかされて転ばされ、体にオドを流され怒らされていたシアンの攻撃は、強烈だが単純だった。


「お、お、おおおおおおっ!?」


 体に尋常ではない量のオドが流れこんでくる。果たして、これほどのオドの流れを体験する魔術師がかつていただろうかというくらいの、強大で強力なオドだった。それを心を乱さずにバン爺は地面に流し続けていた。


 一方、離れた場所でふたりの様子を見ていたマゼンタはある異変に気付いた。

「……ん、なに?」


 マゼンタは自分が立っている地面を見る。地面が細かく震えていた。


「……あのおじいちゃん、俺とやった時と同じことをやるつもりやろうな」

 マゼンタの後ろにはアッシュがいた。


「……あんた」


「せやけど規模が違うわ……。」


 シアンは力が流されるもどかしさで、ますますバン爺に放つオドを強める。

「がるぁああああああああ!」


「ほっほっほ、どうしたね? ジジイにはなぁんもこたえとらんぞ? まだまだ出るじゃろう? そんなでかい図体してこの程度かね?」


「うがぁあああああああ!」

 バン爺の挑発でシアンの体が強烈に光る。まるでエメラルドグリーンの太陽のようだった。


「きゃあっ」

 強い光に思わずマゼンタは腕で顔を覆った。目を閉じながら、マゼンタは足に振動を、そして耳にざわざわと物がこすれる音を聞いていた。


「がああああああああああーーーーーッ!」


 シアンの咆哮がアイリス伯領にこだました。

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