14,変異

──


「……あかん、見失ってもうたわ」


 アッシュはシアンを追う道中で途方とほうにくれていた。仕方なく、アイリス伯から預かったクリスタルを懐から取り出し様子を見る。


「シアンくんが術を使うてくれんと反応せんっちゅうんは、便利なようで不便なもんやなぁ……。せっかく、あの子のオド操って動けんようにしとんのに、いったいどこ行ったんや……。」


 アッシュは荷物袋から地図を取り出した。


「この辺になんぞ村でもあるんか? せやけど地図にはないしなぁ」

 アッシュは再びクリスタルを手に取ってそれをかかげた。

「しゃあないな、あんまやりたないけど、見失うよりマシやろ」


 アッシュがクリスタルに念じると、クリスタルはグリーンの濃淡のうたんの光を放ちはじめた。


「……悪く思わんといてや、シアンくん。甥っ子の教育や」


──

 

 ふと、マゼンタはバン爺の足を見た。

「……ところで、なんで裸足はだしなの?」


 いつの間にか、バン爺はくつを脱いでいた。


「ん? ああ、ちょいとここの土地神と話をしとるんじゃよ」


「土地神と?」


「そうじゃ、ワシゃあ新しい土地に来たら──」


「う、う、うああああああ!」

 とつぜんシアンの容態ようだいが変化した。シアンは口を大きく開け白目をむき、体を異常なまでに緊張させ弓なりに反らしている。病気とは思えなかった。まるで、体を外からの大きな力によってじられているかのようだった。


「な、なんじゃ!?」


「シアンくん!?」


「が、が、があああああああ!」

 シアンは陸に引き上げられた魚のように、床に体を打ちつけて跳ねまわる。


「ちょ、バン爺、何が起きてるのさっ!?」


「ワ、ワシにもいったい……。」

 バン爺はシアンの腕を取り、脈と、そして体内のオドの流れを調べる。

「な、なんじゃあ!?」


「どうしたのっ!?」


「ありえん、こ、これは……。人間の持てるオドをはるかに……。」


「医者を呼んだ方が良いの!?」


「医者……いや、医者などでは……。」


 シアンはさらに激しく痙攣けいれんし始める。


「ねぇ、何とかしてよ、シアンくん死んじゃうよ……。」

 マゼンタは両手で口を押えて涙を流し始めた。


「……ど、どういうことじゃ?」


 ふたりはシアンの次の変化に気づき始めた。


「ねぇ、シアンくんの体、大きくなってない……?」


 最初は尋常じんじょうではない様子で暴れまわっているゆえ錯覚さっかくだと思っていたが、そうではなかった。暴れながら、シアンの体は実際に大きくなっていた。寝床よりも小さかったはずのシアンの体が、今では手足がはみ出るくらいになっている。


 シアンの手首をにぎりながら、バン爺が何かを予見よけんした。

「……マゼンタや」


「なに!?」


「……ここから逃げるんじゃ」


「……え?」


 バン爺は立ち上がると、マゼンタの手を引いて外に走り出した。


「ちょ、ちょっと、シアンくんは……?」


「それどころじゃない!」


 バン爺たちが納屋から飛び出ると同時に、納屋の中から強烈な光が放たれた。


「な、何なの!?」


 さらに光は強くなり、光の柱が納屋の屋根を真上に吹き飛ばした。だが、屋根から伸びた光の柱は真っ直ぐ空にのぼることなく、ジグザグに空を飛び回り、そして近くの山にぶつかった。ぶつかった場所からは爆発音が聞こえた。


「何なの……これ」

 マゼンタは恐る恐る納屋に戻り、中の様子を見る。

「……シアンくん?」

 マゼンタが声をかけるが、そこにはシアンの姿はなかった。

「そんな、シアンくん、どこいっちゃったの……。」


「……おそらく、あそこじゃろうな」


 マゼンタがバン爺をふり返る。バン爺は山の方向を見ていた。


「さっきの光が、シアンくん……なの?」


「ふむ……。」

 バン爺は光が落ちた方へ歩き始めた。


「おい、さっきの音は何だ? ……うお!?」

 家から出てきたマゼンタの父が、破壊された納屋を見ておどろく。

「な、何なんだ!? 何が起きたんだ!? おいマゼンタ説明しろ!」


「それを今から確認しに行くんだよ!」

 そう言って、マゼンタはバン爺の後を追いかけていった。


 バン爺がついてきたマゼンタに言う。

「お前さんは家で待っといた方がええぞ」


「大丈夫、やばくなったら逃げるよ。大賢者も言ってるしね、“やばくなったら逃げろ”って」


 バン爺はもう何も言う気が起きなかった。

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