11,出発

 翌朝、バン爺は居間で旅立つ準備をはじめていた。


 起きてきたマゼンタが言う。

「あれ、バン爺どうしたの? こんなに朝早くから?」


「昨晩に言うたじゃろ、当てがないわけじゃないと。そこにこれから行くんじゃ」


「それってどこなの?」


「ダリア伯の領地じゃ」


「そこって……。」


「まぁ、けっこう遠いのう。長旅になるぞい」


「そこなら、シアンくんの事も……何とかなるの?」


「……知り合いに事情を話して助けてもらおうと思っての」


「知り合い……。」


 そうこう話していると、シアンも起きて部屋から出てきた。


「あら、シアンくん、おはよう」


「……おはよう」

 寝ぼけた様子でシアンは言った。


「顔を洗ってきなよ。すぐに出発するから」


「……出発?」


「そ。……でも、シアンくんの希望を確認しとかないとね。ねぇシアンくん、もしお父さんの所に帰りたくないなら、あたし達と一緒に来ない? そこなら、シアンくんも違う人生を歩めるかもしれないよ?」


「……違う……人生」


「うん。少なくとも、今とは違うってことだけど」


 シアンは手の指をもぞもぞ動かして、マゼンタから目をそらす。


「……どうしたの?」


「でも、お父さんが……。」


「お父さんのいない所に行くんだよ? 気にしなくて大丈夫だよ」


「でも……。」


「のう、坊や。お前さんはどうしたいんじゃ?」


「……ぼくが?」


「そうじゃ。誰かの意見や望みじゃない、自分自身の心は何と言っとる?」


「ぼくは……。」


「……ワシらは準備を続ける。ワシらが出るときに、一緒に行きたかったら黙ってついてきたらええ。そうでないなら、このままここにとどまりなさい」


 シアンは何も答えず、うなずきもしなかった。


 バン爺はマゼンタに言う。

「さ、お前さんも準備をしなさい。あと、シアンの前でその恰好かっこうやめんか」


 昨晩と同じく、マゼンタは下着姿だった。


「……気になる? シアンくん?」


 うつむいてるシアンの耳が赤くなっていた。


「12歳でも異性のことは分かる年齢じゃ。みょうな性癖が芽生めばえたらどうする」


「年上のおねえさんが好みになっちゃうとか?」


露出癖ろしゅつへきのある女が好きになるかものう」


「それはまずいね」


 マゼンタは奥の部屋に消えていった。


「まったく、悪い娘じゃないんじゃがのう……。」


 バン爺とマゼンタが旅の支度を終えた。食料は、前日に村人から贈られたものが十二分にあった。


「さて、行くかのう」


 バン爺はリュックを背負い、家の外に出た。マゼンタは部屋のすみから動こうとしないシアンを見る。


「……シアンくん」


「こればっかりは坊やの意思じゃ。ワシらが強制することじゃない。それにそそのかすことでもな」


「……分かってるよ」


 バン爺とマゼンタは家を出た。もしかしたら着いてこないかも、そう思っていたふたりだったが、すぐにシアンはふたりを追いかけてきた。


 自分に並んで歩くシアンを見てマゼンタは言う。

「……シアンくん」


「決まりじゃな。……ワシらも気を引きしめるぞい。こうなったらもうワシらの責任じゃ。無事にこの子をダリア伯の所まで届けんとのう」


「もちろんさ」


 マゼンタは、手をにぎろうとシアンに右手を差し出した。しかし、小さく首をふってシアンはこれを断った。マゼンタは、シアンがまだ自分に心を開いていないのだと思ったが、その本当の意味をまだ知らなかった。

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