第12話 救出

 それから数日は誰も来なかった。検査もな

くただベッドに拘束されて身動きできないだ

けだった。意識があるとこれはこれで辛かっ

た。

 今度は本当に考える時間だけはあった。ど

うしたものだろうか。世界が旧支配者側に極

端に偏ってしまっていた場合、僕の役割が重

要になってくるのだが、この状況下ではどう

しようもなかった。責任者とかいう女性は知

り合いだろうか。物理的に拘束されてしまっ

ては手も足も出ない。今後の検討課題だ。今

後があるとしての話だが。


 拘束を免れた少数の人々以外はこういった

施設に収容されているとしたら世界はパニッ

クにすらなっていないのかも知れない。ただ、

それでも元の世界に戻さないと偏りは補正で

きないだろう。旧支配者や外なる神の力が解

放されてしまうなら、また旧神たちを起こさ

ないといけないかも知れない。人間の力で今

の状況を解決できることが一番なのだが。さ

て、どうしてここから抜け出すか、本当に詰

んでしまっているかも知れない。


「こんなところに居たのか。」


 突然扉が開いて数人が入って来た。見知っ

た顔だ。


「綾野先生、どうしてここが?」


 綾野祐介先生はクトゥルーの復活やツァト

ゥグアの封印が解かれることを阻止してきた、

僕の仲間のような存在だった。琵琶湖大学在

学中の同級生、岡本浩太や桂田利明の恩師で

もある。今は大学を辞して個人的に旧支配者

の復活や外なる神の封印が解かれないよう活

動していると聞いていた。


「この施設の完全開放をずっと画策していた

のだよ。元々私もここに居たこともあるし内

部の情報は持っていたからね。ただ、君が拘

束されていたとは知らなかった。で、大丈夫

かい?」


 同行していた岡本浩太に拘束を外してもら

いながら僕は応える。


「ええ、お陰様でここ数日は何事もなくただ

拘束されていただけでしたから。ここの責任

者はどうしましたか?」


「マリア君のことかね。彼女には手を焼いて

いるんだ。セラエノ大図書館から戻ってすぐ

に行方を眩ませてしまっていた。まさかここ

に居たとはね。でも彼女も拘束できたからよ

かったよ、一石二鳥というやつだ。彼女には

変に知識と行動力があるからね。」


「僕も彼女に捕まってしまったみたいです。

それにしても外の世界は今どうなっているん

ですか?僕は火野君たちを見送ってすぐに拘

束されてしまったみたいで、その後の記憶が

全くないんです。」


「君が見送ってくれたんだね。あれは多分五

年くらい前のことだったと思う。そして、こ

との発端はそのすぐ後のことだ。インドで突

然万能量子コンピュータが開発されたことが

きっかけだった。」


「量子コンビュータってあの?」


「そう。当時の日本製スーパーコンピュータ

富岳よりも遥かに高性能のコンピュータだ。

それがある日突然異様なことを発信しだした。

クトゥルーに悪夢を供給する施設を作れ、と

いうメッセージだった。悪夢を供給すること

によってクトゥルーの復活を早めようと言う

のだ。その後ダゴン秘密教団の手で世界中に

ここのような施設が作られ世界中の人々が拘

束されていった。私たちはなんとかその手か

らは逃れられたが、ほぼ世界中の人間が拘束

されるまで二年とはかからなかった。各国の

軍隊からまず洗脳されてしまっていたから組

織的に抵抗できる国はなかった。日本のこの

施設はその第一号だ。象徴的な存在だったか

ら私たちはまずここの施設を開放しようと準

備を整えて来たんだ。」


 マリアは嘘を言っていた訳ではなかったが

何の気休めにもならなかった。


「アメリカのリチャード=レイと幸い連絡が

取れたので少し装備を含めて残存していたア

ーカム財団の構成員を動員してここを急襲し

たんだ。幸いここを管理している深き者ども

は数が少なかった。インスマス面(づら)たち

は一人もいなかったし、ここの管理者である

マリア以外に奴らに協力している人間も居な

かった。誰も抵抗しないと安心していたのだ

ろうね。」


「日本全体の管理者である彼女という存在は

大丈夫でしょうか?」


「彼女ね。彼とか彼女とかは、まあ記号のよ

うなものだけど、彼女は知り合いでもある。

但し、敵に回ったら手強いどころの騒ぎじゃ

ないな。」


「彼女が誰だか知っておられるのですね。」


「君も会ったことがあるんじゃないかな。多

分その時は拝藤と名乗っていたはずだよ。」


「それは、ダゴン・ハイドラのハイドラとい

うことですね。」


「そうだ。彼女が日本のクトゥルー悪夢供給

施設の総責任者だよ。ダゴンは今非活動期に

入っているから彼女や深き者どもが世界中の

施設を管理・運営している。特に重要である

との認識で日本はハイドラその人が直接管理

しているんだ。」


「では彼女に気付かれないうちにここを出な

いと。」


「いや、彼女はもう気が付いているはずだ。

そして、ここで彼女を止めないと、また元の

世界に戻ってしまうだけだ。」


「では、ハイドラを封印する手があると?」


「それはまだ見つけられてはいない。だから

君もここを出て手伝ってほしいんだよ。君が

居るのと居ないのでは全然違うから。」


「他に桂田はどうしました?」


「彼は所在不明だ。ヴーアミタドレス山の洞

窟に戻った、という情報もある。人間の生活

も退屈だったのかも知れない。」


「そうですか。半分以上ツァトウグアのDN

Aを取り込んでいる彼がいると随分楽だった

はずですが仕方ありませんね。」


「そうだな。とりあえず気が付いたハイドラ

にここに来られる前に出よう。」


 僕と綾野先生、岡本浩太やアーカム財団の

人たちは施設の中の人々を開放しながら設備

も破壊していった。二度とここを使用できな

いようにするためだ。


 綾野先生と岡本浩太はヴーアミタドレス山

の洞窟を訪れた際に桂田利明、城西大学橘准

教授と共にツァトゥグアに取り込まれて地下

深くまで使いをさせられた。一番長く取り込

まれていた桂田は半分以上遺伝子が変容して

しまったのだった。


「よし、これで完了だ。行こうか。」


「判りました。でもこれからどうするのか、

計画があるんですか?」


「まあ、追々考えていくさ。」


 そうだった、綾野先生はそういう人だった。

絶望の淵に居ても、何かできることがないか

と考え続けて行動する人だった。人間も捨て

たものではないと感じさせられる存在だ。


 僕が出来ることは限られている。旧支配者

や外なる神々の影響が大き過ぎると判断した

場合に限って、それ以外の存在、この場合は

人類ということになるが、そちらの助力がで

きる。但し、逆もある。人間たちに旧支配者

たちの存在が全く無視されてしまうようなこ

とになったとしたら、僕は旧支配者の存在を

人類に知らしめることになる。


 綾野先生は僕を単純に人類の味方のように

勘違いしているようだが、もしたしたら判っ

ていて勘違いしているフリをしていることも

十分考えられる。僕が拘束されていると知っ

ていてここに来たのだと思わなくもない。食

えない人、ということは間違いない。


 外に出ると、周囲は普通の街並みだった。

特に変わって所はない。ただ、人が居ない。

ここ以外にもたくさんの施設があり、すべて

そこに収容されているのだ。世界中で施設を

開放するのは人海戦術が必要だが、拘束を免

れている絶対数が少なすぎた。


「一つずつ施設を潰していくしかありません

ね。それで動ける人間をどんどん増やしてい

かないと。それでも一体何年かかるのか予想

も付きません。」


 岡本浩太が呟くように言った。なんだか大

人びているが、相当な修羅場をくぐってきた

かのようだ。僕と一つか二つしか変わらない

からまだ二十四歳くらいの筈だか。


「ネットが辛うじて生きているんで、なんと

か各国の逃げ延びている人々と連絡を取って

輪を広げていくことが重要だな。ネットは維

持管理する人間が居ないのでいつダウンして

しまうかもわからないからね。」


「そうなのですね。連絡が取れる人、取れる

地域、取れる国を見つけ出す、というのが当

面の作業ですか。」


「一部電話も生きてはいる。国際電話も相手

によっては可能だ。私はこの国や英国の一部

の方々や米国のアーカム財団とは連絡が取れ

ている。インフラも思った以上に生きている

し、なんとかなるだろう。気長にやるしかな

いね。」


 綾野先生の鈍感力がせめてもの救いだった。

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