第8話 如月結衣

 不意に目が覚めた。ここはどこだ?知って

いる天井だ。狭い部屋、真っ白い壁、真っ白

い床、寝具を含めて白一色のベッド、扉も真

っ白だ。


 身体を起こしてみた。何かに拘束されてい

るのか起こせなかった。腕や足が何かで繋が

れている。口には何もつけられてはいなかっ

たが、排泄物用の管だろうか、何かの管が下

半身に装着されていた。そう、元に戻ってし

まっていた。


 どういうことだ。彼女はどうした?一緒に

捕まったのか。それとも彼女の方が奴らの仲

間だったのか。


 誰も居ない。誰も説明はしてくれない。よ

り丁寧に拘束させており今度は抜けられなか

った。がちゃり、とドアが開いた。彼女だっ

た。


「目覚めたようね。お生憎様だけど戻っても

らったわ。但し、前と違うのは色々と検査さ

せてもらうことになる。弄繰り回されること

になるから覚悟しておいて。」


 記憶の彼女のままだった。声も口調も変わ

っていない。やはり奴らの仲間だったのだ。


「ちょっと待ってくれ、僕が何をしたって言

うんだ。」


 普通に話が出来た。何かされたのかもしれ

ない。


「話は出来るようにしておいてあげたわ。あ

なたの意見も聞きたいから。無駄な抵抗はし

ない方がいいわよ、痛い思いをしたく無いの

ならね。」


 やはり何かされていたのだ。むしろ何かさ

れていて話が出来なかったのを、その何かを

取り除いて話せるようにした、ということか。


「こんな拘束状態で抵抗できるわけがないだ

ろ。あんた奴らの仲間だったんだな。」


「そうね。仲間と言えば仲間かしら。ちょっ

と違うのだけれど説明する気はないし判って

もらえるとも思わない。」


「よく判らないな。あんた達の目的は何なん

だ?あの深き者どもとか言っていたのは、そ

れも嘘か。」


「それは嘘ではないわ。この施設を取り仕切

っているのは深き者どもと呼ばれるクトゥル

ーの眷属よ。手伝っているのは変化の度合い

に差はあるけど人間と深き者どもの混血、イ

ンスマス面(づら)とよばれる元人間たちに間

違いないわ。」


「あんたもインスマス面(づら)なのか?人間

と変わらないように見えるが。」


「私は違うわ。もっと違う者。説明しても判

らないから、これ以上は聞かないで。」


 何か聞かれたくないこと、それも相当深い

部分

に関わっているようだ。


「それで、僕は一体何をさせられるんだ?こ

こは一体何の施設なんだ?教えては貰えない

のか?」


「そうね、少しくらいは話してもいいかしら。

ここは元は琵琶湖大学の医学部心理学病棟だ

った施設。心理学病棟と言っても治療を目的

としているのではなく隔離を目的とした施設

だった。だから丁度使いやすかった、という

ことね。」


「使いやすかったとはどういう意味だ?」


「その通りの意味よ。各部屋に生命維持装置

の設置が容易だった。栄養分と同時に催眠薬

を投与すればいいだけだったから。それでこ

の施設を大量に拡張して今に至っている、と

いうことね。」


「やはり強制的に眠らされていたのか。」


「強制的に眠らせる、というよりも強制的に

夢を見させる目的でね。」


「夢を見させる?」


 夢を見させてどうするというのだ。


「そうよ。夢、特に悪夢を見てもらうことが

目的。そしてそれはクトゥルーの栄養分にな

るのよ。」


「悪夢が栄養分?それは本当なら悪趣味極ま

りないな。」


「そういうものなのよ、旧支配者や外なる神

なんて勝手気ままに存在しているのだから。」


 彼女の言葉は半分も理解できない。旧支配

者?外なる神?説明はしてくれないのだろう

と思いながら続きを聞く。


「ここで、そのクトゥルーとかの餌を作って

いる、というかクトゥルーを養っているとい

うことか?」


「養っている、というのはちょっと違う気が

するけどクトゥルーには人間の悪夢が必要な

のよ。いずれ完全体での復活を成しえる為に

はね。」


「完全体での復活?そんな化け物が復活した

ら地球は、人間はどうなるんだ?」


「滅びることは無いわ。だってクトゥルーに

は悪夢が必要なのだもの。」


「悪夢を生み出すためだけに人間は生かされ

ているということか。」


「そういうことね。そしてたまにあなたみた

いに起きてしまう人が居るから私が見張って

連れ戻すことになっているの。」


 彼女は人間の敵だったのか。十四歳と言っ

ていたが見た目は二十歳くらいに見えるので

純粋な人間ではないのかも知れない。容姿は

可憐で透き通るような、まるで人形のような

美しい顔立ちをしていた。騙される男は多い

だろう。単純な美人なら同性には嫌われたり

するかもしれないが彼女の場合は同性にも好

かれそうなタイプだった。


「それであの場所で僕を捕まえた、ってこと

か。」


「そうね。あなたは簡単だったわ。」


 彼女の容姿に気を許してしまった僕は、た

だの間抜けだった。


「それで、もう一度言うけどあなたには色々

と協力してもらうことになるから。なぜ起き

られたのか、その謎を解明しないといつまで

経ってもここは完全なる悪夢供給施設になら

ないから。」


 どうも彼女は完璧主義者のようだ。ほんの

少しの例外も許せないのだ。


「どう?」


 DNA検査についての理論や実践は疾の昔

に確立されていた。今は比較的短時間ですべ

ての分類ができるようになっている。旧支配

者や眷属の血を引いていることも確定的に判

断できる。インスマス面(づら)なども発症前

にほぼ判別できる


 この施設には如月結衣の他にも数人の研究

員が居た。但し監視員ではないのでたまに脱

走者も現れるのだった。


「どうもこうもありません。何者ですか、あ

の若者は。」


「どうしたっていうの?」


「例の検査の結果です。」


 所員が数枚の紙を見せた。


「これは本当のことなの?間違いはない?」


「間違いありません。何回も確認しました。

試料にもデータにも検査結果にも何も不審な

点は見当たりません。」


「判った。本人にも確認してみるわ。」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る