隣の彼女は青く見える

 集団行動は苦手ではないが、メアリが絡むだけで俺は一気に苦手になる。上級生との交流であってもそれは変わらない。


「よろしくお願いしまーす!」


 上級生とのレクリエーションでは、決められた順番に移動してグループを組む訳だが、メアリが入ったグループの盛り上がりと言ったら、個別でレクリエーションをしているレベルだ。


「えーやべーこの子! めっちゃおもれえぞ!」


「くっそ有能で可愛いとか完璧かよーッ」


「え、メアリちゃんはハーフなの? うっわー銀髪って初めて見たけど綺麗だねー。良かったら連絡先交換しない?」


 反応は彼女に抱いた印象次第だが、いずれにしても人気である事に変わりはない。今回はメアリと一緒に行動しなくてすんでいるので、俺もまともに話しかけてもらえる……と思ったか。残念ながらそう上手くはいかない。高校初日ながら、メアリを拒絶しているというだけで俺はクラスメイトに嫌われているのだ。


「いいよねーあっちは楽しそうで。メアリちゃん来ないかなー」


 よく考えたら、入学式の時点で上級生達も彼女を知っている訳だから、俺にはチャンスなんて無かった。俺も含めて一年生はメアリ以外全く歓迎されていない(元々知り合いだった奴なんかは歓迎されているが)。これで仲間意識が生まれるかと思いきや、一年生も「メアリと一緒の所に行きたい」とか言い出して、全く気にしていない始末。駄目だこりゃ。


 レクリエーションの関係で隅っこに蹲る事も出来ないし、最悪だ。一人参加しなくても伝言ゲームは成立するのだから、マジで外してくれないだろうか。授業は真面目に受けるし、これから全てのテストを八〇点以上取るという約束をしてもいい。それが出来なきゃ成績にCをつけてくれても構わない。お願いだからこれ以上俺を地獄に叩き落とさないでくれ。精神的に辛い。


 唯一救いなのは今日が入学二日目という事くらいだ。授業は明日から始まる。レクリエーションが終われば部活動見学が出来るようになるが、上級生達はどうせメアリを自分の部活に勧誘しようとする事で手一杯の筈。俺なんか気にする奴は居ない。


 不幸にも一緒になったクラスメイトが俺のメアリ嫌いを上級生に漏らしてくれたせいで、俺を勧誘しようという奴は恐らく居なくなった。なので俺には放課後の予定などない。配布物は机に入れておけばいいだろう。


「…………ああ。でも待てよ?」


 アイツが部活に入ってくれれば、どう頑張っても俺の邪魔は出来なくなる。腐っても優等生が俺の為だけに部活を休む可能性は皆無。そう考えると、上級生達には是非メアリを引っ張ってもらいたい。


 視線が泳いでしまうのは迷惑だろうから、ここは一つ気を利かせて帰るとしよう。選択肢が一つ減るだけでも上級生は選びやすい筈だ。一度そう決めたらレクリエーションの地獄もフッと楽になった。後二時間残っているが、大した事ない。俺は一日中神社を掃除していた人間だ。


 因みに地獄は最後まで地獄のままだった。



 















 レクリエーションが無事に終わり、放課後。案の定、俺を引き留める奴は存在せず、クラスメイト達はメアリを先頭に部活動巡りを始めた。他のクラスの奴らもそんなに好きで好きで仕方がないのか、ファンクラブを作ろうとかいう奴も居た気がする。


 お蔭で目立たずに帰れた。メアリの信者共には感謝している。



「おお、待っておったぞ創太ッ!」



 またあの神社に辿り着けるか不安だったが、感覚で獣道を歩いていたら、何故か辿り着けた。石段を上りきったと同時に、鳥居の上に座っていた命様が俺の前に着地した。地面と鳥居とでは結構な高さだが、神様に物理法則は適用されない。着地は緩やかだった。


「ほれ、ほれ。早う妾に捧げるのじゃ~♪」


 コンビニ袋の中に飯が入っていると察したか、命様は両手を伸ばして、袋を差し出すよう求めてきた。


「―――別にいいんですけど。一応ここ神社ですし、ご神体の前に捧げてからの方が―――」


「ええい、堅苦しい事を言うでない。ここには神主など居らんのじゃからな。他でもない妾が許すのじゃから、早う渡せいッ」


 俺が渡すよりも早く命様はコンビニ袋を掻っ攫い、社の方で中身を漁り始めた。何だろう、神様なのは間違いないのに、全く神様っぽくない。貧困に喘ぐ一般少女か何かだろうか。出来れば一つずつ紹介したかったが、埋蔵金でも掘るかの如く命様が次々と中身を取り出していくので、逐一説明している暇はなさそうだ。


「あの、一応俺の分も含まれているので、全部は食べないで頂けると助かるんですけど」


「む、お主の分とな? もしやお主も腹が減っているのか」


「……お恥ずかしながら、その通りです。今日は朝食を貰えませんでしたから、どうにも朝から力が入らなくて。気を抜くと倒れてしまいそうですね」


「何とッ! それは大変じゃ! もそっとこちらに来るが良い! 昼餉の時間じゃ、妾の隣に座れ!」


 命様は袋の中身を全て取り出すと、社の端まで移動。空きスペースをバンバンと叩き、こちらに来るよう促した。


「え…………よ、宜しいんですか? 俺が命様の隣に座っても」


「昨夜も隣に座ったであろうに、何を今更な事を。妾は信者に優しいのじゃ、特に創太には感謝もしておるからの。ほれ、来い。お主の顔色を見るに、今日は良い事が無かったようじゃからの。もののついでじゃが、妾が直々に労ってやろう」


 神様に嘘は吐けない、か。


 直々のお誘いを断るとあれば「不敬じゃ!」と怒られかねないので、大人しく社の階段を上り、彼女の隣に腰を落とす。丁度縁の所で座ったから、俺も彼女も足を宙ぶらりんにしている状態だ。


「では一先ずこれを」


「おお、これは分かるぞ。握り飯じゃな!」


「正解です。命様の好みが分からなかったので、味付けは塩ですが」


「ふむふむ。別に構わぬぞ。それで―――これは何じゃ?」


「唐揚げですね」


 俺は二人の間に唐揚げの詰められたカップを置いた。爪楊枝付きなので、命様の手を汚す事もない。我ながら完璧なチョイスだったと思う。まさか二人で食べる事になるとは思わなかったが、意図せずしてそれすらも対策しているとは、やはり天才か。


「唐揚げ…………衣かけみたいなものじゃな?」


「衣かけ………………? まあ、多分そんな感じだと思います」


 唐揚げの名称でジェネレーションギャップを感じる事なんて中々無いだろう。随分貴重な体験をした気はするが、如何せん規模がしょぼい。衣かけというものが良く分からないので、勘違いの生まれない様に一から説明を試みる。


「唐揚げっていうのは、肉を油で揚げた料理の事ですね。要するに肉料理です。これをオカズにお握りを食えば、かなりお腹は膨れるんじゃないでしょうか?」


「成程のう。しかし他にもまだ神饌はあるようじゃが……」


「あれは菓子です。和菓子みたいに味わい深いものじゃありませんが、食後にでも食べましょう」


 命様が言うには昼餉らしいが、俺からすれば朝食を兼ねている。今日初めての食事がコンビニ飯など侘しさしかないが―――俺は結構、幸せだったりする。


 横目で命様を見遣ると、彼女は正に今、お握りにかぶりつこうとしている所だった。


「ん――――――んん~! 美味い! 美味いぞおおおおッ!」


「そ、そこまでですか? そんな恍惚とする程美味しいとは思えないんですけど」


 見られている事に気付いた命様は、ハッと頬を染めて、ブンブンと首を振った。


「―――う、うむ。美味しいぞ。じゃが二百年も飢餓を感じておったし、贅沢は言わぬと自分で言ったばかり。先程はああいったが、お主が想像する様な美味しさは何処にも―――」


「はあ。それで本音は」




「美味し過ぎて蕩けそうじゃ~♪」




 命様は無言で俺の頭を叩いた。


「あたッ!」


「不敬じゃぞ! 信者が神を謀るなど何事じゃ!」


「謀ったなんて心外ですよ! 命様はどうしてそんな分かりやすい見栄を張るんですかッ? いや、見栄になってるとも思えませんけど」


「……神としての名残かもしれんのう。人に侮られては神は務まらぬ。お主も威厳なき神様は信じとうないじゃろ」


 …………俺にはどうも見栄の下手くそさを神という括りに押し付けている様に聞こえる。何ならそれも見栄の一種ではなかろうか。やっぱ下手じゃん。


「いえ、俺は威厳なんて気にしませんよ」


「妾が気にするのッ!」


 半ば拗ね気味に命様はお握りにかぶりつく。唐揚げも順調に減っているし、お気に召してくれたみたいで何よりだ。俺も黙って食事を続ける。風が若干冷たいが、家に比べれば遥かに温かい食事をしていると思う。


 メアリという存在を除けば、命様は唯一俺に温かい視線と対応をくれる存在だ。隣に居てくれるだけで有難い。自分がここに居ていいんだという安心感を覚える。再び命様の顔を覗き込むと、満面の笑みを浮かべながら食事を続けていた。食べる度に「ん~♡」だの「美味いのー!」だのリアクションを取る様は、現代人からすれば滑稽にも見える。


 しかし俺からすれば唯一の癒しだった。これがあるとないとでは大きく違う。主に高校生活でのストレスが。


「命様。実は階段の方に荷物を隠してあるのですが、持って来ても宜しいでしょうか」


「むー。許す」


「随分とあっさりですねッ?」


「神との契りを果たした者には褒美を与えるのが道理というもの。何でも持ってくるが良い。妾は歓迎するぞー!」


 正直言って、中毒になりかけている。この十五年間でここまで純粋な笑顔は見た事がない。見ているとこちらまで表情が緩むし、とても温かい気持ちになる。生半な気持ちで信者になる気はもとより無かったが、このまま過ごしていると狂信者になりそうな気がしてならない。


 命様はもしかして人を駄目にする神様だから、見捨てられたのか……?


「あ、本当ですかッ! 有難うございます、命様。このご恩は一生忘れませんッ」


「何を言う、創太。恩があるのは妾の方じゃて……む? お主、食べないのか?」


「あ。た、食べますよッ! 忘れてたんですから、取らないでください!」


「取らぬわ! 妾を何だと思っとるのじゃッ」


「食い意地の張った神様」


「妾、飢餓を感じてたのに!? 不敬じゃああああああああああ!」




 俺は屈託のない笑顔を浮かべながら、命様の腕を防御した。

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