本物? 偽物?
幽霊が居るのか居ないのか。それは宇宙人が居るのか居ないのかという議論と同じくらい常日頃交わされている議題だ。あるものは居るといい、またあるものは居ないと言う。この議論はキノコ型のお菓子と筍型のお菓子程白熱する事はないが、それでも事ある毎に持ち出されては、両陣営が鎬を削る話題である。
俺はやはり、居ると思う。根拠はないが、居ないのなら怪談話が流行る筈がない。怪談話の起源が何処からなのかは知らないが、そういう話が流行った時点で、そして後世までその文化が続いている時点で、幽霊は居るに違いないと。そう思っている。深い考察を重ねた上での発言ではないので、こんな事を言おうものなら知性的な否定派に五秒で論破されそうだが、とにかく居ると思っている。他の皆がどう思っているかは聞いていないが、わざわざ肝試しを兼ねた合コン何て幽霊を舐めている事をするのだ。誰も信じていないのだろう。
じゃあ何でこんな企画に参加したんだという話だが、俺は幽霊の恐ろしさ以上に彼女が欲しかった。彼女が居ない事でこの先の人生でどれだけの後悔をするか、考えただけでも恐ろしかった。きっと彼女が出来なかったら四十年後くらいに…………
「ああ~懐かしいなあ。高校の頃なんて、俺は確かビビりだったっけ」
「んーんー、アルバムなあ。そうそう、体育祭の時に、確かずっ転んで大笑いされたっけ」
「あー楽しかったなあ高校生活。また戻って、お前と青春したいよ……な?」
「………………はあ。彼女も居ないのに、何やってんだか俺」
こうなるので、何としても彼女は作っておきたい。その彼女と添い遂げるにしても別れるにしても、思い出にはなるのだ。それすら作れない恐怖と比べたら、幽霊の恐怖なんて全然全然。物理的に危険かもしれないが、未来で絶望する事が分かり切っているのなら今死んでも大差はあるまい。そのくらいの覚悟がなければ、彼女を作る事なんて出来やしない。年齢=彼女いない歴の俺に怖いものなどなかった。強いて言えば本気で怒っている時の碧花くらいだった。
「あたたたた。山の中だから足が痛くなっちまったよ。後どれくらい歩けばつくんだ?」
「はあ? 俺が知るかよ。ただまあ、時間的にはもう少し……あ! あれだよッ」
段々と道なき道を歩きつつあった俺達が見つけたのは、旅館と思わしき半壊した廃墟だった。入り口の手前にある銅像はとっくに手入れが放棄されており、頭が少々欠けていた。鉄門扉は閉じていたが、鍵などは掛かっていない様子で直ぐに開いた。鉄門扉の前には立ち入りを仕切る綱があったが、それ単体だけとなると、どうも釈然としなかった。その感覚を覚えたのはどうやら俺だけの様で、侵入に躊躇していると神崎達は一足先に廃墟の中へ足を踏み入れてしまった。
「そんじゃあ、私達もいこっかー! ほらほら、皆いこー?」
「ああ。分かってる。蘭子、行くぞ」
「うん……二人も直ぐに来てね」
遅れて女子達も廃墟の中に入っていく。残ったのは俺と碧花だけだった。彼女は、どうやら俺が動くまで動く気は無い様だ。携帯を弄りながら、時々こっちの様子を見てくる。
「行かないのかい?」
「いや、行くんだけど。何か釈然としなくてな。鉄門扉の前に綱が張ってあるのは分かるんだけど、普通こういう心霊スポットって御札とかはってあるんじゃないのかなって思って。でも何も無いし」
「ふむ。君にしては中々鋭い考察だね。でも大丈夫だ、君は気にしなくていい」
「……どういう事だよ?」
碧花はその問いに答えようとはせず、一足先に歩き出した。置き去りにされるのが怖かったので、俺は彼女の背中から離れない為に、意を決して廃墟の中に足を踏み入れるのだった。また交際疑惑を掛けられても困るので、碧花を追い越して奈々達の中に混ざり込む。アイツは確かに美人だが、美人過ぎて俺とは釣り合わない。美女と野獣というカップリングもある事は知っているが、自分と彼女では美女と家畜みたいな事になってしまう。
でも不思議な事に、アイツが俺以外の男と話している処は見た事がない。そもそもアイツの携帯の中には俺(と奈々)しか連絡先が無い。あんな淡白な性格だが、実は男性恐怖症だったり…………いやあないな。俺はアイツの人生計画を知っている。ちゃんと結婚という文字があった事を見逃す程俺は耄碌していない。どうなっているのだろう。
「おーい! ここの壁はまだ無事だぞ!」
「え、ほんとー! じゃあそっちいこっかー!」
奈々の動きに合わせてついていくと、内装がまだ綺麗に残ったままの座敷に辿り着いた。壁に所々罅は入っていたが、丸ごと壁が崩れている部屋よりはマシだ。灯りは無いが、リュウジがランタンを持ってきているので、それには困らない(リュウジとカイトとは自己紹介していないもんで、絡みづらい)。
「よーし。そんじゃあこのくじを引いてくれ。八人分用意したから全員引いたら俺が言った番号に座ってくれ。偏りは出ない様にするからさ!」
如何にも公正である風を装っているが、このくじ引きには重大な欠陥が残っている。それは、番号を指定する側は自由にそれを指定出来るという事だ。一番が遠くだと言えば、そうなるし、八番がそうなると言えばそうなる。そしてこの方法の何より恐ろしいのは、言ったもの勝ちという法則である。俺が今神崎に対して不正を糾弾した所で、話が円滑に進まないのでどんなに正しくても却下。結果、神崎は自分の好きな女子を隣に配置する事が出来る。
公正なくじ引きの結果、神崎の左隣に碧花、その隣にリュウジ、その隣に奈々、その隣に、俺、蘭子、カイト、央乃となった。本命は碧花の様で、俺との交流を断つ為か、中々遠い所に配置されてしまった。しかし、奈々と蘭子が隣に居るのは単純に嬉しかった。ここからどうにか交流出来たらと考えているが、問題は蘭子以外、怪談話で怖がりそうもないという事だ。奈々に至ってはこれの企画者だし、これで怖がったら多分頭おかしい。
どれくらい頭がおかしいか。分かりやすく言うと、こういう事だ。
『ねえねえ~心霊大会を開こうと思うんだけどお、いこうよー』
到着。
『無理無理無理無理! 私無理ぃ! 怖いのは苦手なんだよお…………!』
こんな奴が居るかという話だ。ドMでもこんな無駄な事はしない。居たとしたら何て受け身な……いや、アグレッシブ受け身なドMだろうか。積極的に被害を被りつつ……あれ。何だかよく分からなくなった。被害を被りたいのならば怖いとは言わないし、けど被害を被りたいのならばわざわざ企画を…………
やめよう。頭がこんがらがってきた。そもそも奈々が女の子らしく怖がる光景が想像出来ない。そんな光景を一度でもお目にかかれたら、俺は多分その場で鼻血を噴き出してしまうだろう。ギャグマンガ的だと言われても仕方ない。ギャップ萌えは恐ろしいのだ。
「なあ、心霊大会って具体的には何なんだよ」
「ん? もう分かってんだろ? ランタンを中心に八人の男女が語り合う。となりゃあ怪談話しかねえだろ。場所だって丁度良いんだ。ここを探索する前に、いっちょ肝を冷やしておこうぜ?」
ランタンに下から照らされた神崎は、まるで懐中電灯で顎から照らしたみたいに不気味だった。
「じゃあまず、言い出しっぺって事で俺から行かせてもらうぜ―――?」
おどろおどろしい雰囲気も程々に、神崎は話し出した。
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