第2話ルミナス村のレン

 そうして少年の魂と入れ替わってから、五年の月日が経過していた。


 僕ことレンは十七歳となり、ここルミナス村で暮らす農家として妹のレティとともに健やかに生活を送っている。


 この数年で体も丈夫になり、魔王時代に使用していた暗黒魔法も少しだけ使えるようになってきた。


「おはようスライム達、今日も畑のお手伝いを頼むよ」


 僕が声をかけたスライム達はプルルンと体を震わせて「任せてー」と言って畑に向かっていく。


 スライムの使役、これは初期の暗黒魔法の一つで、人間でいうところのテイム魔法と呼ばれるものだ。


 テイム魔法は意思疎通が難しいため基本的に一人一体との契約が普通で使い勝手が悪い不人気な魔法らしい。でも暗黒魔法であるダークネステイムの場合、僕の魔力量に応じてその数を無限に増やしても問題はない。


 といっても、まだ僕の体にはそこまで多くの魔力が備わっていないので、今のところ弱いスライム十匹がせいぜいといったところ。


 現在はその十匹に畑のお手伝いとして、水やり、雑草の除去、養分の付与(倒した動物を分解して畑に)などをお願いしている。


 最近は慣れてきたこともあって、自分の畑だけでなく手のまわる程度ではあるけど村の畑の面倒もみている。どうやら人の社会というのは持ちつ持たれつという関係が良しとされており、余裕のある者がそうでないもの者を助けることを美徳とされているようなのだ。


 その代わりといってはなんだけど、妹のレティが村のおばちゃんたちから可愛がられており、漬物やお惣菜を頂いているようなので我が家としても助かっている。持ちつ持たれつ悪くない。


 自分だけなら適当に手を抜き暮らすこともあったかもしれないけど、僕には最愛の妹レティがいる。レティが村の中で差別されるようなことは避けねばならない。せめてレティがいい人を見つけお嫁に行くまでは頼れるお兄ちゃんとして頑張っていきたい。


 この数年で村人として、また農民として生きていく常識というものをある程度身につけることができた。


 基本的な考えとしては、村のつき合いというのを疎かにせず、また少しでも裕福な暮らしが送れるように良い作物をいっぱい作ること。


 それから、年配者を敬い率先して力仕事を引き受ける。特に村長夫妻には日々の挨拶はもちろん、御中元、御歳暮も忘れずに季節の果物を届けている。この村でずっと生活出来るように確固たる居場所というものを確保する必要があるのだ。


人間の寿命は短いが、お嫁に行ったレティが離婚して戻ってくる可能性だってゼロではない。その時、村に家が無かったらレティはきっと困るだろう。そう考えると、二十年、いや三十年ぐらいはルミナス村で安定した暮らしを送る必要がある。



「それにしても最近は村周辺にモンスターを見かけなくなったよなー」


「本当だな。見かけるモンスターといえばレンのテイムしたあの黒いスライムぐらいなもんだ。何かこう平和ってやっぱりいいよな」


「ああ、ここ数年は作物の育ちも良いし、少し前とは比べ物にならないぐらい暮らし向きもよくなった。これも勇者様のおかげなんだろう」


 勇者パーティによる魔王討伐から五年。おそらく魔族領では次の魔王(生贄)を決めるべく激しい争いが起き始めていることだろう。


 今は人間の住む場所にちょっかい出す程の余裕もなく、きっと自分たちのことで精一杯なはず。少なくともあと十年ぐらいはこの平和な世が続くことが考えられる。


 ちなみに周辺のモンスターはこのスライム達が狩り尽くした。王都近郊とはいえ、近くに大きな森があることからそれなりにモンスターが棲息していたのだ。


 スライムはモンスターというよりも益のある生物として人の生活に深く入り込んでいる。下水道の掃除や不燃物の溶解、水の浄化などあらゆる所でスライムが活躍している。


 人と共生するモンスターというのも珍しい。いや、スライムはそこまで深く考えて行動していないのだろうな。


 一般的には無色透明だったり薄い水色をしているのだけどダークネステイムをした僕のスライムたちは漆黒に輝いている。どうやらテイムした時に進化したらしくブラックメタルスライムになっていた。


 そして、攻撃力皆無とされているスライムには珍しく自らの体を変形させてトゲを伸ばしモンスターを突き刺したり、ダークネスボムと呼ばれる黒炎魔法で頭を吹き飛ばしたりしてモンスターの駆除にもあたってくれている。


 畑の栄養に魔物の肉や骨が役立つらしく、育った野菜は王都でとびきり美味しいと評判になっているらしい。


 モンスター駆除は大事な妹や村の人たちを守るためでもある。レンが大事にしてきた妹レティとこのルミナス村ぐらいは僕が守ってみせようと村の人には内緒で頑張っている。


 ルミナス村では王都へ野菜の供給をメインとして成り立っており、なかでもトマクの実とモロッコの実が中心に育てられている。


 トマクの実は赤くみずみずしい野菜でスープやソースにも使われる万能野菜。モロッコの実は黄色い粒をいっぱいに実らせる穀物で、粉にしてパンにしたりパスタに加工される必需農産物だ。


 さて、畑の手入れはスライムたちが順調に面倒をみているし、成育状況も悪くない。そろそろお昼にしようかな。


 家に戻ると、煙突からモクモクと煙が上がっており、いい匂いが広がってくる。


「おかえりなさいお兄ちゃん。お昼ご飯できてるよ」


どうやらレティの料理がちょうど完成したところだったらしい。


「ありがとうレティ。今日は何を作ったの?」


「お兄ちゃんの好きなトマクソースのパスタだよ。ボア肉を大葉と一緒に刻んで煮込んであるやつ。あっ、ちょっと待って今卵を乗せるね」


 器用に片手で卵を割るとフライパンで軽く熱を加えていく。割った卵の殻はそのまま足下に控えているスライムへ落とすと美味しそうにバリバリと砕きながら吸収していく。


「はい、完成だよ」


「うん、とってもいい匂いだね。大葉とにんにくが効いていてとっても美味しそうだね」


「へへっー、どういたしまして」


 ちなみにスライムはレティのお手伝い兼護衛として家の中にも二匹は必ずいる。最近はレティの言うこともよく聞くようになって、寝る時も基本的に一緒なほど仲が良い。


 レティはまだ十二歳なので仕事といえば、家の中のことばかり。炊事、洗濯、掃除をスライムと共に引き受けてもらっている。

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