伍 被害に酔う醜猥

半妖は眺める

被害者意識と無配慮を


ある繁華街での事

劇場もねた酒場にて

名高くは無いが

実力のある歌姫がいた


そしてそこには

愛嬌が売りの

常に笑顔の

給仕娘がいた


数は多くはないが

歌姫には熱狂的な支持者が居り

舞台がある度に訪れ

金銭を落とした


歌に誇りは持つが

己に自信が無い歌姫は

賞賛の言葉を放つ支持者達を

見苦しい程に溺愛していた


やがて歌姫の支持者たちは

思い込むようになる

「歌姫に愛されている俺達は」

「特権階級なのだ」


私は屈強な男性に変化し

給仕係として潜り込んだ

独特の雰囲気を知り

人を眺め楽しむ為に


とうとう支持者の一人が

給仕娘に向かって暴れた


「お前は歌姫の代わりに」

「特権階級の俺に買われる義務がある」

「面倒をみてやろう」


下卑げびた笑いを放ち

給仕娘に乱暴しようとした

その場に居た私は

力ずくで止めに入った


給仕娘は無傷であったが

怯えるどころか怒り心頭で

私と周りの客を相手に

演説を開始した


「私は歌姫とは別の存在」

「そして女性蔑視じょせいべっしの被害者だ」

「世間の裁きを受けろ」


それはそれは勇敢ゆうかんな姿だったが

次第に熱を帯びていき

来る日も来る日も

被害を受けた話を熱弁した


騒動を聞いた歌姫は驚き

自らの支持者が起こした事を

管理不行かんりふゆき届きの謝罪をしたが

支持者を糾弾きゅうだんする事は無かった


己を賞賛する支持者を糾弾し手放す事は

意思が弱い歌姫には出来なかった

そして話が耳に入る度に嘆くようになる

「なぜ歌うだけの私がこんな目に」


ああ、人とはなんと弱く

被害意識の塊か

被害を受けた者はそれを振りかざし強く訴え

対処出来ない者は己を被害者と思い込む


支持者を止めに入った私を

「仲間」と認めたのだろう

給仕娘は昼夜問わずに

被害と苦労話を繰り返す


支持者を止めに入った私に

訴えたかったのだろう

歌姫は昼夜問わずに

言い訳と主張を繰り返す


私の休憩時も、睡眠時も、

食事時も、仕事中も、

迷惑を顧みずに己達の話を延々と

私は不眠に陥った


私は変化を解き

彼女達に言い放った

「今のお前達は」

「この姿の私より醜い」


その意味が解らないと

話を続ける彼女達

「だって私は」

「被害者なのに」


冷たい視線を送り

私は背を向けて去った


次へ行こう

次の世を眺めよう


この世界には

既に用はない

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