3

 確かに僕が新しい誰かと出会えたとして、その人と陽咲のような関係になれたとして。そしたら陽咲の不安を無くしてあげられる。僕もきっと幸せかと訊かれればそうだと答えるはず。

 でもその時にはもう――陽咲とは会えなくなってしまう。例えほんの少しだったとしても、その顔が見れなくて触れられなかったとしても。ずっと会いたい。

 そう考えるとどうしても受け入れられないんだ。否定する理由を探してしまう。


「――おーい」


 いつの間にかボーっと思考の海に沈んでいた僕の視界で横から伸びて来た手が上下する。

 顔を向けてみると当然その手は彩夏。


「もう酔っちゃった?」

「いや。ちょっと考えちゃって」

「おかわりは? ノンアルも結構美味しいよ」


 そう言って彩夏は空になった僕のグラスを指差していた。少し空のグラスを眺めた僕はロングカクテルを注文した。


「それじゃあ蒼汰はもう合コンはなしだね」

「そーかも。ちょっと疲れるかなぁ」

「んー。なら――」


 考える合間に目の前へやってきたお酒を一口。


「シンプルに人力マッチングじゃない?」

「紹介してもらうってこと?」

「そーゆーこと。あたし割と結婚願望ある友達いるし、あと翔琉も多いじゃん。だから良い人が見つかるかもねぇ」

「初対面の人と二人だけで食事かぁ」


 声に出すだけで既に緊張してしまう。


「大丈夫だってー。どーせ、相手も緊張してるんだからさ」

「そうかもしれないけどさぁ」

「あっ、そうだ! ミラーリングって知ってる?」

「あの相手の真似すると良いってやつ?」

「そうそう。完璧に真似る必要はなくて相手が髪に触ったら眉に触るとかでもいいらしいよ。あとは少し時間を置いても効果あるとか」

「でもそれってそもそもほんとに効果あるの?」

「さぁ?」


 受け流すように軽く肩を竦めて見せる彩夏。


「あとは相手が『はい』『いいえ』で答えられないような質問する事で会話を広げるとか、良い感じに自分の事を話すと良いらしいよ。信頼関係が築き易いんだって! 覚えといて使って」

「本当かなぁ」


 半信半疑な僕は若干ながら訝し気な視線を彩夏へと向けた。

 それからも僕らはお酒を呑みつつ、明日の出勤で眠気を抱えるぐらいには話を続けた。正直に言って後半の事は覚えてないけど、それは彩夏も同じだろう。なんて思ってたが、出勤してみるとあからさまにテンションの低い僕とは打って変わり、彩夏は通常運転だった。

 でもそんな日でもなんとか仕事を終わらせ、僕はいつもの場所へ。一日会ってないだけで、随分と久しぶりに感じる。


「それで? 昨日はどうだった?」


 溢れ出す期待に胸を振らませた陽咲に僕は昨日の合コンとその後の事を簡単に話した。


「やっぱり君には合わないかぁ」


 分かっていたと言うような口調だったがどこか残念そう。


「その彩夏さんって子、確かあの同期の子だよね? 肩ぐらいのゆるふわパーマの女の子」

「そうだけど……あれ? 会った事あったっけ?」


 瞬時に思い出せず小首を傾げてしまう。


「あるよ。二回ぐらいかな。飲み会に呼ばれて一緒にさせて貰った事あるよ。翔琉君は何度か家に来たことあるけど、同期の長谷川さんと内海さんとあと上司の真白さんはその二回ぐらいかな」


 普段、苗字で呼ばないしあまり聞かないからか一瞬だけ誰か分からなかったがすぐに脳内でその二つは組み合わさった。長谷川圭介と内海彩夏。


「あぁー! 確かにそんな事もあったね」


 説明されてやっと記憶を引き出せた。


「確か上司の真白さんは結婚してたよね? いや、正確にはしてないんだっけ?」

「え? 何で知ってるの?」


 僕でさえ最近知ったばかりの事実を当然かのように口にする陽咲に、思わず声が大きくなってしまう。


「何でって。どっちの時か忘れちゃったけどお話しさせてもらった時があって、その時に同棲して長い事実婚みたいな相手がいるって言ってたから。――もしかしてお子さんとかもういる?」


 まさか陽咲が先輩とそんな話をしていたなんて。その事に気が取られ少しだけ変な間を空けてしまったが、僕は彼女の問いかけに答えた。


「ううん。多分、いないと思う」


 でもちゃんと聞いてない上に相手の事も唐突に聞いたからか、いてもおかしなくないと思いその声に自信は無かった。だけど、もしいるって言われたらやっぱり唐突に言われた時ぐらい驚くと思う。


「――でも、そっか。やっぱりそういうのは合わないか」


 そう言って話を戻し腕を組む陽咲。きっと次の案でも考えてるんだろう。

 そんな彼女を他所に僕は目の前の景色へと目を向けた。何も考えずただ夕焼けを眺めていた。少しでもこの状況が続けばいいと思ってたからか、あまり乗り気じゃないからかは分からない。ただ僕は彼女を手伝い何か案を考えようとはしなかった。むしろ心のどこかでは何も思い浮かばなければいいとさえ思っていた。

 でもそんな想いを嘲笑うかのように陽咲の声は僕の元へ。


「やっぱそーだね。うん。もう紹介してもらってさ、お見合いじゃないけどまずは食事から行くしかないよ」


 少し遅れて脳裏で再生されたのは昨日の彩夏。


「人力マッチング?」

「何それ?」

「いや、昨日合コンの後に彩夏とバーに行ったって言ったでしょ。その時に彩夏が言ってたんだよね」

「へぇー。そうだったんだ。やっぱり内海さんも同じ事言ってた? 君には合コンは合わないって」

「言ってた。やっぱりかって」


 ふふっ、陽咲は零すように笑った。


「私、内海さんと意外と気が合うかも」

「彩夏と?」


 あまりしっくりこないと言外で言いつつも頭では二人が話をしてる様子を想像していた。最初は彩夏に圧されるようにも思えたが、意外にも意気投合し仲良くなりそうな気もする。


「まぁ、そうかも……」

「でしょ!」

「彩夏と陽咲じゃ全然違うと思うんだけどなぁ」


 正反対という訳でもないし――僕は一人で小首を傾げていた。


「案外そうでもないかもよ?」


 狐面の向こうで小悪魔的にニヤついた表情が見なくても分かる口調だったが、僕は思わず反応してしまう。


「え? もしかして合コンとかよく行ってた?」

「んー。大学時代も含めて三~四回かな。友達に誘われて」

「月星さん?」

「ううん。別の子」

「それで。その時はどうだった?」


 聞きたいような、聞きたくないような。無意識に恐々としながら僕はそう尋ねていた。


「どうって……別に何も。カッコいいなぁって思う人もいたけど、結局は何も無かったかなぁ。まぁ私的にはその人と何かあって欲しかったんだけどね」

「ふーん。そう……」

「あれ? もしかして嫉妬してる?」


 今度は僕が逸らすように夕焼け空を見遣り、そんな僕の顔を覗き込む陽咲。


「いや、別に、してないよ」


 正直本当にしてたのか、そう言われて動揺してしまったのかは分からない。僕的にはしてないと思うけど、もしかしたらしてしまっていたのかもしれないとさえ思う。


「でもその時、その人と上手くいかなかったから君と出会って結婚出来た訳だし、そういう意味では良かったのかも。でしょ?」

「だけどさ。もしそうなってたらあの時、あの映画館で出会う事も無かったかもしれないじゃん。そしたら僕が陽咲って人を知る事も無かった訳だからそれはそれで落ち込む事も無いからね」

「でも何かあってあの日、あの映画には私一人で行ってて出会うけど、君に誘われた時に相手がいますって言って断ってかもしれないよ?」

「だけどその時にはもしかしたら別れててやっぱり一緒になってたかもしれないじゃん」


 一拍程度の間を空けて僕らは同時に笑い出した。きっと思ってる事は一緒ん何だと思う。


「結局、可能性なんて無限にあるよね」

「そうだね。今もその無限の一つでしかないって思うと可能性を言い合ってるってバカみいたい」


 それから少しだけ僕らは笑い合った。まるで何もかも忘れ幸せだった頃に戻り浸るように。

 だけど僕らは結局どう足掻こうと現実の胃の中。あの頃には戻れない。


「でもさ、合コンとかが無理ならやっぱりそれしかないよね。人力マッチングだっけ? それで君に合いそうな人を紹介してもらって、実際に会って食事とかして話して、そうするしかないよね」

「――まぁ。そうだね」

「それじゃあ。一人ずつでもいいし、一気にでもいいからそれで出会った人との感想、聞かせてね」

「――うん」


 丁度と言うべきか、本心を改める暇も無く時間になり陽咲は徐々に薄れ始めていた。


「またね。話、楽しみにしてるから」

「うん。じゃあ、またね」


 結局、訂正する暇も無く陽咲は消えてしまった。

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