5

 そして時間が来たらお別れの時間。薄れ始める陽咲の体。


「あぁーあ。もう時間か。早いなぁ」

「もっと一緒に居たいよ」

「私も。でもしょうがないよ」


 そんな会話をしている間にも、どんどん彼女の体は空気に溶け込んでいく。


「明日も! また明日も来るから! また話そ」

「うん。そうだね。楽しみしてる」


 慌てて言葉をねじ込む僕に彼女は落ち着いて笑みを浮かべた。いや、きっと浮かべてた。


「またね」

「愛してるよ陽咲」

「うん。私も。愛してるよ」


 そして彼女は夕日と共に溶けた。

 儚さの中、一人ぽつりと残された僕。君が消えても尚、僕はその姿を見つめていた。


「また明日」


 静かに響いては消えてゆく小さな声。

 そして須臾の間、夢から醒めたように静まり返ったその場所にぽつり居続けた僕は、闇に呑まれていく空を背に帰路に就いた。


「ただいまぁ」


 帰宅した僕を迎えてくれたのは電気の付いてない真っ暗な現実。もう返って来ることの無い声は吹き消されるようになくなり、僕はいつも通りリビングへ。電気を付け少し広く感じる部屋を進み向かったのは、いつもと違い一つの戸棚。そこには陽咲がアクセサリーを置いていた小皿と彼女の指輪、そしてあの日と同じようで愛おしさに胸を締め付けられる笑顔を浮かべる陽咲。

 僕はそんな彼女を見つめながらその写真立てを手に取った。写真は鍵だ。それを見ると記憶のドアが開いて中にある想い出が顔を見せる。映像が流れ、感情が再現されていく。それから音の暗闇へ時空を超え彼女の笑い声が差すんだ。

 こうしてると陽咲を近くに感じる。あの日以降できた僕の大好きな時間。

 でも今日は少しだけ違った。ちょっとだけ変な感じだ。自分が如何にあり得ない不可思議な体験をしたかって改めて感じる。同時に拭い切れないものもそこにはあった。

 だけどやっぱり、また明日も陽咲に会えるんだと思うと、胸が満たされる。幸せか愛か幸せな愛か。僕は言葉に表せない温かな感覚を胸に写真を抱き締めた――抑え切れない想いで彼女を抱き締めるように。好きで好きで仕方ないけど、どうしようもできない。行き場を失った想いが僕の中で暴れ回る。そんな片想いを思い出しながらもう触れる事の出来ない彼女の代わりにぎゅっと抱き締めた。


 ――その夜、僕は夢を見た。

 半ば寝転がるようにソファへ深く凭れていた僕はテレビの光だけを浴びぼーっと映画を観ていた。正直、酔いと微かな眠気で夢現にも似た感覚だった所為であまり内容は頭には入ってない。でも雑にかかったブランケットが気にならない程度にはその映画に集中していた。

 すると、そんな僕はふと(自分の脇腹の辺りへ)視線を落とした。気が付けば随分と動きも無ければ静まり返っていたから。

 案の定、僕に寄り掛かりながら陽咲は眠ってしまっていた。穏やかな呼吸の中、安心しきった子どものような寝顔で気持ち良さそうにスヤスヤと。僕はその寝顔を眺めながらそっと頬へ手を伸ばした。柔らかな肌から伝わる温もりが掌一杯に広がる。それは手から僕の中へ伝わり、更に幸せとして広がった。

 その瞬間、僕は思ったんだ。彼女と結婚したいって。理由よりも先に感情がそう呟いた。でもそれは一時的な気分とかじゃなくてずっと僕の中にあり続けた。だからあの日、あの場所で――僕は膝を着いた。


「これから先、何十年――いや、よぼよぼのおじいちゃんになっても僕は君の隣にいたい。君と手を繋いでたい。君と時間を共にしたい。だから、僕と結婚して下さい」

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