ひねくれオークは夏が好き。

寧楽ほうき。

ひねくれオークと完璧美少女

第1話 暇じゃないから帰宅部なんです

「皆んな入学してから二週間くらいは経ったけど、部活はもう決まったかなー?強制では無いけど、もし入りたいなら入部届はちゃんと提出期間中に出してねー」


 その言葉を聞いた数人の生徒が『はーい』と返事をする様子を見て、担任の中野なかの宮古みやこは軽く微笑む。

 教卓のせいで身体のほとんどが隠れてしまっている彼女は、新任ではあるものの、そんな可愛らしさから既に多くの生徒たちから慕われているようだった。

 入学したばかりの生徒たちから『先生は何歳なんですかー?』といった質問をよくされていたが、彼女は『永遠の二十歳はたちです♡』と答えて実年齢を公開しようとはしなかった。しかし、何も知らない者からすると宮古が二十歳だと言われても疑問を抱くことは無いだろうという程に彼女は幼く見える。そんなことも生徒たちから慕われる理由なのだろう。

 次第に教室の中は、部活の話でいっぱいになる。


「ねぇねぇ、もう部活は決めた?」

「んー、テニス部に行こうかなって。あそこにめちゃくちゃイケメンな先輩がいたんだよねーっ」

「えっ、それなら私もテニス部に行こっかなぁ」

「二人で一緒に行こうよー。まだあんまり友達出来てなくて心細いからさ」

「おっけー!……けどさ、はどうするんだろね」


 春の陽気とは対照的な、そんな冷たい視線が自分に対して向けられていることに多玖たく隼人はやとは気付く。だからと言って焦ったり、怯えたりするような素振りは見せず、彼は頬杖をついたまま窓の外に視線を戻した。

(部活ねぇ…)

 自分はどうしようかと考えようとするが、どうしても春の陽気のせいで睡魔が活発になる。


「……オークと同じ部活だったら最悪なんだけど。怖くて行けなくなっちゃったらどうすんのよ」

「ほんとそれ、私だったら入って一日で退部するわ。顔は良いんだけど、オークはちょっとね〜」


 わざと本人に聞こえるようにしているのか、心無い言葉が隼人の耳に入る。そんなくだらない話を聞くくらいなら眠ってしまおう、と瞼を下す彼の名を宮古が呼ぶ。


「あ、そうそう。多玖くんは後で職員室に来てね」

「……分かりました」

「よろしい。それじゃ、皆んなまた明日元気で会おうね〜!さようなら〜!」


 宮古の話が終わり、『宮古ちゃんまたね〜』と生徒たちは次々と教室の中から姿を消していく。これから部活に行く者や、友人とともに帰宅する者、そして近くのゲームセンターなどに遊びに行こうとする者、と三者三様だ。気怠そうに鞄の中に教科書とラノベを入れ、のろのろと職員室に向かおうとする多玖はその中でも一番の少数派だと言えるだろう。

(高校に入学してすぐに呼び出しをくらうって俺だけなんじゃ…。もしかしてギネス狙える…?)

 そんなくだらないことを考えつつも、緊張しているのか汗が滲む手で重たい扉を開ける。


「失礼します」

「おっ、多玖くん待ってたよ。来てくれなかったらどうしようかと思ってたんだ」

「……俺の指名料は高いですけど、大丈夫ですか?」

「それなら気にしなくて良いよ〜。学生の頃から結構貯金してたからね〜。…って、あんたはホストか‼︎」


 予想外のノリツッコミのお陰か、隼人の緊張はいつの間にかほぐれていた。

 しかし、予想外だったのは宮古も同じで、隼人がそんな冗談を言ってくるとは微塵も思っておらず、危うく彼のペースに飲まれるところであった。

 彼女は綺麗なショートヘアに手櫛を通しながら息をつく。


「——あのね、多玖くんは部活入ろうとは思わないの?余計なお世話かもしれないけど、あんまり他の子たちと交流してるところを見たことが無くてさ…。せっかくの機会だし、興味があったらどうかなって思ったの。それに…帰宅部って暇じゃない?」

「……お言葉ですが先生、暇じゃないから帰宅部なんです。逆に暇を持て余している奴らが部活に入るんですよ」

「なっ…なるほどぉ?確かにそれは一理ある…のかな?」


 納得したのかしていないのか、宮古は曖昧な反応を見せつつも、頭に疑問符を浮かべた。

 しかし、そうは言ったものの隼人は別に部活には入ろうと考えていた。

(ここ最近、学校が終わってすぐに帰宅しているせいか美咲みさきが俺のことをやけに心配してるんだよなぁ…。ただ俺を受け入れてくれるような部活があるかどうか…)

 隼人の考えていることを察したのか、宮古は引き出しの中から一枚の紙を取り出して彼に渡した。

 どうやらそれは部活動紹介のチラシのようで、全体が薄い黄色の紙に、明朝体で部活動の名前や割り当てられた教室の場所が書かれている。隼人も今まで廊下に貼り付けられている物をいくつか見かけることはあったが、これはそれらの物とは違って凝ったイラストや柄などは入っておらず、お世辞にも真剣に作られたとは言い難い出来であった。


「文芸部……?」

「うん。多玖くんがよく本を読んでるのを見かけるからさ、そこならどうかなって。それに、文芸部と言っても名ばかりのもので部員も一人だけで大して何も活動してないからさ。部長ちゃんも教室に居るだろうし、興味があったら行ってみてね」

「そうですね…早速行ってみます」


 部室は第四資料室という場所らしく、三階にあるようだ。ある程度場所がわかるように地図も書かれている為、隼人は迷うことなくそこに辿り着くことが出来た。

 やけに胸の鼓動が速くなるのを感じる。

(中学の頃は帰宅部だったからなぁ…。それでもあの時は友達がいたからすぐに帰宅することは無かったんだが…)

 二回の深呼吸をしてから決心して扉を開けて中を覗き、綺麗に整頓されているという第一印象を抱いた。壁にはぎっしりと本が詰められた棚。そして部屋の中央には大きめの長机が置かれている。隼人は下から上へと視線を動かし、窓から差す光に目を細める。そして最後に、そんな光を背にして小難しそうな小説を読む少女の姿が視界に入る。

 風になびくカーテンとともに彼女の長い黒髪が揺れる。日に照らされた白く細い指先でページをめくり、こちらを一切気に掛けることは無く本を読み進める姿に目を奪われる。

 静寂が似合う。それが隼人の抱いた第一印象だ。

 それはまるで映画のワンシーンの様に神々しく、この風景を切り取って額に入れて飾りたいと感じる程であった。

 綺麗に伸ばした背筋。そしてぱっちりとした二重の瞳に高い鼻、桜色の唇。それらは芸術作品だと言っても過言ではないだろう。

 ゆっくりと顔を上げ、彼女はその瞳に隼人を映す。どちらかと言えば美形であると評価される彼ではあるが、彼女の前ではそんなものは霞んで見えてしまう。


「…えっと、部活の見学に来たんですけど…」

「そう。部活と言っても何もしていないから、見学することなんて無いと思うけれども」


 女子の中では比較的低めであろう声で返ってきた。それは冷たく感じられるような返答ではあったが、何故だか心が落ち着くような気分になった。


「……それでも良いなら何処にでも好きな所に座ってちょうだい」

「そうさせてもらいます」


 肝が据わっていると言えるのか、隼人は彼女の近くに椅子を置いて腰を下ろした。

(赤いスリッパ…この人は二年生なのか)

 自分もラノベを読もうかと考えたが、先に彼は自己紹介をするべきだという結論に至る。冷たくあしらわれてしまうのではないか、などという不安を抱きながらも、ゆっくりと口を開ける。


「あ、あの、俺、多玖隼人です。いろいろあって文芸部に入部しようかと考えてて…。なのでこれからよろしくお願いします」

「……そう、あなたが。私はあおい恭子きょうこ。こちらこそよろしくね、隼人くん」


 少しは興味を持ったのか、彼女は途中までページを捲っていた手を止めて隼人に視線を向ける。ほんの少しの間のことではあったが、彼にはそれが数分のことのように感じられた。更には突然名前で呼ばれてしまい、背筋が一瞬ぴくりと伸びる。

 しかし、恭子の視線はすぐに活字の方へ向けられ、隼人はどう反応するべきかと頭を掻いた。

(……なんだか新鮮な感じだな。そもそも以来、女子と関わることなんてほとんど無かったしな。とりあえず入部届は書くか)

 鞄から筆箱と入部届を取り出して記入し始めると、ぱたりと本を閉じた恭子が声を掛けた。


「あなたの苗字、そういう漢字で書くのね」

「あぁ、はい」

「…なるほど、それで読み方を変えたらオークになるのね」


 金縛りにあったかのように、隼人は急にペンを持つ手を止めた。

(そうだ…俺は何を勘違いしていたんだ…。俺なんかが誰かに受け入れられるわけ無いじゃないか…っ!)

 震える手で拳を握り、一緒に入部届までもぐちゃぐちゃにしてしまう。『……すいません、やっぱり俺みたいな奴は居ない方が良いですよね。わざわざありがとうございました』と、荷物を雑に片付けて立ち上がる。

(やっぱり帰宅部しか無いのか…。美咲のことは後で考えるとするか)

 別に悲しくは無い。ただ、そんなことよりも、一瞬でも他人と対等でいられると勘違いしていた自分が腹立たしく思えた。

 扉を開けて立ち去ろうとした時、珍しく恭子が声を荒らげた。


「…っ、待ちなさい!……待ちなさい、多玖隼人。私は……私はあなたのことが好きよ‼︎」

「……ふぇっ?」


 予想外の展開に頭が追いつかず、思わず間抜けな声を漏らしてしまう。

 振り向いた先に居る少女は、もしかすると先程までの者とは別人なのだろうか。机に両手を突いて身を乗り出し、心無しか頬を赤く染めているように見える。

 鞄の肩紐がずれ、隼人の肩を半円を描くように滑り、地面に落下する。


「……嘘、ですよね?」

「これが嘘に思えるのかしら。そもそも、この私がそんなくだらない嘘をつくように見えるのかしら…?」


 隼人はごくりと喉を鳴らした。

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