第26話 『雪玉獣討伐クエスト2』

「バォウ?」

「バッフバッフ!」


 雪玉獣スノー・ボールたちがこっちに気づいた。


 滾る闘気が抑えられねぇ。

 来いや、雪玉共!


「バフオオオオ!」


 近くにいた二匹が走ってくる。

 顔はおっかねぇが、ライオスの化身に比べりゃ怖くねぇ!


「クナイは初日に盗られたから……中距離はこれだ!」


 闘気を宿した剣を構え、冷たい空気を肺に入れた。


「『不可視にして強靭 大自然の刃 駆け抜け斬り裂き 敵を殲滅せよ! 斬撃風ウィンド・スラッシュ!』」


 風の斬撃が剣に逆巻き、刀身を吹き荒れる風刃が包み込む。


「魔法剣 斬風刃スラッシュ・ブレイド!」


 二匹に向かって素早く振り抜く。

 雪山の冷気を巻き込んだ斬撃の風が、顔面を斬り裂いた。


「バビャアアアア!」


 一匹は痛々しい叫びを上げて倒れ、本物のボールみたいに転がった。

 でも、もう一匹は浅かったらしい。

 怒りを増した顔で口を開いて、突進してきた。


「おっと!」


 直前で躱し、兄貴たちが隠れる岩場より高く跳んだ。

 

「おらぁ!」


 この魔法剣で飛ばせる風には、数の限界がある。

 残っているのはあと二つ。

 どこからケツか分からねぇ体に放ってやった。


「なに!?」


 狙いも威力も完璧だった。

 なのに、斬撃は毛を撫でるように逸れて、積もった雪に傷をつけた。


「あの体毛は風を流すのか! 厄介な毛玉野郎だぜ!」

「バアアアアアフッ!」


 離れていた四体が跳び上がり、四方から襲ってきた。

 空中じゃ避けられねぇし、気の利いた防御もねぇ。

 なら、やることはひとつだ。


「バアッフ!」

「バフ!」


 四つの口が牙を剥いて、閉じようとしている。

 たぶん、見上げてる二人からは食われたように見えたんじゃないかな。


「ッラア!」


 だが、そうはならない。

 ツラ突き合わして寄ってくれるなら、むしろチャンスだと思った。

 だから間合いに入ったタイミングで、一斉にぶった斬る回転斬りをお見舞いしてやった。


 四匹は声も上げられず、仲良く半分になって血の雨を降らせた。


「やっぱりだぜ。こいつら顔面が弱点だ。ビビんなよゴクウ!」

「ウキャーン!」


 昔教えたガンを飛ばしながら、ゴクウは俺の胸元で吠えた。


「次はやっぱり火か? いや、待てよ……よし!」


 我ながらいい考えが浮かんだ。

 着地してすぐに襲ってきたもう一匹を躱し、傷をつけたやつの鼻っ柱を踏み台にしながら呪文を唱える。


「『白銀の断片 報われぬ御手 儚き命を留める死の籠 嘆きの氷雪よ 血も涙も凍てつかせよ! 氷凍砲ブリザード・サドゥニス!』」


 極寒の雪山にあって、さらに冷たい刃が生まれた。


氷凍刃ブリザド・ブレイド!」


 だがすぐには斬りつけず、距離を取って足元の雪を巻き上げた。


「バフゥゥゥゥ?」

「バア! バアアア!」


 思った通りだ。

 奴らは熱を感じて襲ってくる。なら今、雪に紛れたうえに冷たいもん持ってる俺は、消えたのと同じになっているはずだ。


「あばよ」


 並んだ二匹を斬り裂くと、傷口から氷の魔法が入り込み、体の中から凍りついてバラバラに砕けた。


「あと一匹……って、おいおい。なにしてんだよ」


 あんまり見たくねぇ光景が広がっていた。

 一回も襲って来なかった最後の一匹が、俺が倒した仲間の死体を食ってやがる。


「バッファァァァァ」

 

 振り返った口には、血が滴って食い散らかした肉がぶら下がっていた。


 そして、笑ってやがる。


「気味悪ぃぜ、てめぇ」


 氷の魔法剣は解けた。

 新しく呪文を唱えたほうが有利だし、いろんな効果がある。だけど、こいつは早く殺さねぇとマズい。

 なんでかは分からねぇけど、直感でそう思った。


「オラァ!」


 闘気を高めて飛びかかる。

 直前で剣に集中させて、一撃で仕留めてやる。


「ウキャキャイ!」


 もう少しで間合いに入るところで、ゴクウが叫んだ。


「ぐあっ!」

 

 直後、右から来た衝撃にふっ飛ばされた。

 ゴクウのおかげで反応できたが、闘気の上からなのに頭が揺れて鼻血が流れた。


 叩きつけてきた雪玉獣には、異常に発達した左の前足が伸びていた。


「バフォrrrrrrrrrァァァァ!」


 笑顔のまんま歪んだ声を出したかと思うと、残りの足も同じように伸びた。

 なのに体と頭は変わらねぇから、顎の下から手足が生えたバランスの悪いゴリラみたいな化け物が生まれた。


「マジかよ」 

「バアアアアアrrrrrrァァァアアアアアッ!」


 背が伸びて嬉しいのか、異形の魔物が空に吠えた。


「クズハ!」


 俺は後ろの岩場に叫んだ。


「な、なによ! やっと逃げる気になったの? は、早くしなさい! あんなの異常よ! あんなの雪玉獣じゃない!」

「頼みがある。さっきの火の玉出してくれ!」

「はぁ!?」

「いいから早く! 一個でいい! そしたら兄貴連れて逃げろ!」


 クズハの戸惑いは分かるけど、振り返ることができねぇ。

 少しでも目を離すと、たぶん俺は殺される。


「バッrrrrrrrフォオオオオ!」


 もはや腕になった前足が襲いかかる。

 なんとか避けたが、間髪入れずに後ろ足も踏みつけてきて虫にでもなった気分だ。


「オラァァァァ!」


 躱しながら足に一太刀加える。

 手応えはあった。

 なのに、傷はつけたそばから回復していった。


「今のは……」


 なんだ。

 なにかが引っかかる。


「バアrrrrrアァア!」

「やべっ」


 隙を見せちまった。

 蚊でも潰すみてぇに、分厚い手のひらが降ってくる。


「狐火!」

 

 蒼い火の玉が腕に襲来し、怯んだおかげで潰されずに済んだ。

 

「クズハ! ありがとうよ!」

「もうヤケクソよ! 銀級冒険者の実力見せてやるわ! 妖力全開!」


 岩場から飛び出したクズハが、妖力と呼んだオーラを纏う。

 大量の狐火が化け物に放たれ、蜂の群れに襲われているようだった。でも、火が燃え広がってもその部分の毛が瞬時に抜け替わって、大したダメージにはなっていない。


「で! 秘策でもあるわけ!?」

「おうよ! 狐火であいつの上に運んでくれ!」

「それって……正気なの!?」

「当たり前だろ? ほら、早くしてくれ!」

「うぅ〜あーもう! あんたが言い出したんだからね! 死んでも化けて出てこないでよ!」


 足元に来た火の玉に飛び乗ると、一直線に空へ飛んだ。

 止まった高さは空気が澄んでいて、タイズ村まで見渡せそうだった。


「腹くくれよ、ゴクウ」

「ウッキャアアア!」


 靴が焦げる匂いがした。

 それでも火の玉を足で挟んでひっくり返り、狙いを定める。

 

「いくぜぇ!」

「ウキャア!」


 次の瞬間。

 術者じゃねぇ俺は、凄まじい勢いで射出された。

 真下で暴れる雪玉もどきに向かって。


「うおおおおおおおおおおっ!」


 さらに回転を加え、剣の威力を高める。

 殺気に気づいたのか、見上げた顔はまだ笑っていた。


 でも、もう遅い。


 すでに俺は雪の上にいる。

 手には振り抜いた剣と、たしかな手応えがある。


「討伐完了っ!」


 一刀両断された化け物はゆっくりと左右に倒れ、回復することもなかった。


「ほ、本当に倒しちゃった……」


 妖力を消したクズハが、ポカンと口を開けている。


「どうだ! これが俺の実力だぜ!」


 俺の声にハッとしたかと思うと、腕を組んで視線を逸した。


「な、なによ! 最後のはわたしの狐火あっての討伐でしょ!」

「そうだな。助かったぜ、クズハ!」


 近づいて、頭を撫でてやった。


「ななななななにすんのよ!?」

「ぐへっ!」


 完全に油断してた腹に、正拳突きがめり込んだ。

 そっか、小さいから忘れてたけどこいつ年上だった。そりゃ怒るわ。


「わ、悪い、ついクセで……」

「この馬鹿! 次にえっちなことしてきたら、燃やすからね! !」

「えっちではねぇだろ……って今、名前」

「ふんっ! あんただけ呼び捨てができると思わないでよね!」

「おーい、お前ら」


 呼ばれた声に振り返ると、ちゃっかり今さら出てきた兄貴が化け物の死体の近くにいた。


「ムーサ・シミックス! あんた今頃になって出てくるなんて、本当に役に立たないわね!」

「お、お前だってギリギリまで隠れてただろうがよ! いや、そんなことより。二人とも、これなんだか分かるか?」


 兄貴の手には、見たことのない道具が握られていた。

 

 大きさは短剣くらいで、キノコみたいな形の透明な管。

 中身はほとんどなくなっていたが、ちょっとだけ赤い液体が残ってる。反対の先っぽには太い針が付いていて、まるで趣味の悪い注射器だ。


「なんすかそれ」

「見たことないわよ」

「こいつの体に刺さってたんだ。ケインが戦ってるときに、チラッと見えてな。なんか気になってよ」

「変なところに気づくのね、あんた」


 小馬鹿にした態度のクズハ。

 兄貴も首をかしげるし俺もなんだか分からなかったが、一人だけ違う反応をする奴がいた。


「ウキイイイイ! ウキャアアアアア!」


 ゴクウだ。

 全身の毛を逆立たせ、目を見開いて威嚇している。

 それは大人のバル・モンキーがやるのと同じで、明らかな敵にしかやらない行動だった。


「お、おい。どうしたんだよ」

「なんなのよ、その子」


 二人も驚いている。

 当たり前だ、俺だってこんなゴクウは初めて見た。


「なんかそれ、ヤバいものみたいっすね……もしかしたら、他の奴らにも付いてるかも」


 探してみたら八匹全部に刺さっていた。

 もしかして、群れていたのも体が変異したのもこれが原因なのか?


「なによこれ……誰がこんな」

「……とりあえず持って帰るぞ。ティアならなにか知ってるかもしれん。ケイン、記録を撮れ」

「は、はい」


 俺はギルドから支給された棒を雪に突き立てた。

 先端の魔法石が光ると、周りの様子を記録できる。カメラみたいなもんで、この情報か魔物の体の一部が討伐の証拠になる。


「ま、なんにせよケインの初討伐成功だな! パーッと飲もうぜ!」

「報酬はわたしが八であんたら二よ?」

「てめっ、ほとんどケインの手柄だろうが!」

「そんなこと言ったら、あんたなにもしてないじゃない!」

「ぐぬぬ……」


 兄貴とクズハは言い争いながら進み始めた。


 俺はゴクウをなだめ、倒した雪玉獣たちを見る。


 なにかが引っかかる。

 違和感……いや、既視感か?


 こいつらに似たを、俺は知っている。

 

「おーい、なにしてんだー? 帰るぞー」


 兄貴に呼ばれて、慌てて走り出した。

 

 初めての討伐クエストは、なんだかスッキリしない気持ちで幕を閉じた。

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