第15話 『なんで』

「下がれ! ここは儂が食い止める!」


 村の男たちへ怒号が響く。

 ダインの息は荒く、頭からは血が流れている。睨む先には体格のいい一人の男がいた。

 ひと目で首領だと分かる。こいつが村を襲ったのかと、怒りが燃え上がった。 

 

 だから、俺は。


「ッラァ!!」


 問答無用で斬りかかった。


「うおっ!」


 首領が剣で受け止めた。

 父ちゃんの助走を利用して飛びかかったのに。

 意外にやるじゃねぇか。


「活きが良いな、ガキ!」


 鍔迫り合いで睨み合うと、男は楽しそうに言った。


「ギギャア!」


 続いて父ちゃんが襲いかかる。

 剣を振り上げて、魔物とは思えない戦いぶりだった。


「ふんっ!」


 男はなにもしていないように見えた。

 だが、剣から放出された波動が俺と父ちゃんを吹っ飛ばした。


「っちいぃぃ!」


 なんとか受け身を取る。

 あんな剣は見たことがない。ライオスに借りた武器の図鑑にも、載ってなかった。

 

「ケイン、無事だったか!」


 となりに駆け寄ったダインが明るい笑顔を見せた。


「おじいさまも無事で!」

「うむ……そっちはバル・モンキーのボスか。孫との共闘でも感動しとるのに、魔物と並ぶ日が来るとはな。モニカにいい土産話ができたわ」

「そりゃよかった。でも、会いに行くのはまだ早いよ」

「ほっ! 言うではないか!」


 言葉を交わしながらも、相手への警戒は怠らない。

 奴の刀身からは、妖しい光がゆらゆらと揺れていた。


「あんたの孫か。憎たらしいほどいい腕だ。オマケに魔物とオトモダチなんて、よく許してんな。鬼と呼ばれたあんたがよ、ダイン教官!」


 ヘラヘラとした表情で、首領はダインに剣を向けた。


「知り合い?」

「あぁ、十五年ほど前に鍛えた男だが、今や盗賊の首領とは。落ちぶれたな、バンズ」

「おぉ! 覚えてくれてたとは光栄だねぇ。あんたは老いたな。怒髪が生えてると陰口言われてた頭が、今じゃ輝き始めてるじゃないか!」


 気にすることもない軽口なんだが、ダインは悔しそうに歯ぎしりをした。


「オレはあんたが大嫌いだった。いつか殺してやろうと、いつも狙ってた。今日やっとその願いが叶う。感謝しろよ? 孫もいっしょにあの世に送ってやるからよ」

「やってみろや、クズが」


 俺は闘気を強めた。


 ウダウダうるせぇ。

 そんな逆恨みで、村を襲ったってのか。

 だとしたら、てめぇは。

 絶対に生かしちゃおけねぇ!


「おじいさま、俺たちが斬り込む! 隙見てぶっ殺してくれ!」

「ま、待てケイン!」


 言い終わると同時に走り出した。

 父ちゃんも合わせてくれて、左右から攻めた。


「オラァ!」

「グギャア!」


 俺は腹、父ちゃんは首。

 相手の剣は一本。どっちかは当たるはずだ。


「甘ぇよ」


 バンズが笑う。

 剣がまた波動を出した。

 なんなのか分からんが、見えない壁に邪魔されてるようで体が押し返される。


「グギャイ!」


 父ちゃんは弾き飛ばされたが、俺は耐えた。


「クソがああああああ!」


 闘気をさらに強めて、剣に集中させた。

 でも、ダメだった。


「どわっ!」


 体が宙に浮く。

 体勢が崩れたところを狙って、今度はバンズが斬りかかってきた。


「じゃあな」

「ふんっ!」


 強烈な一撃だった。

 だが、盾を構えたダインが間に入ってくれたおかげで、なんとか生き延びた。

 踏ん張りの効かない空中なのに耐え切り、反撃の一太刀まで繰り出した。


「クソジジイが!」


 かすり傷をつけただけだったが、バンズは不機嫌に吠えた。

 追撃に攻め込まれてもおかしくはない。

 けれど、ダインはまるで要塞が立ち塞がっているような威圧感を放ち、足を止めた。


「馬鹿者! 急に飛び出す奴があるか! 言葉遣いといい、本当に戦いになると人が変わるな」


 背中の俺にも怒鳴りながら、ダインはやれやれと首を振った。

 やべぇ、素の俺は見せてなかったのに。


「あ、あの、おじいさま」

「気にするな。伝説の武神も、平時は穏やかで礼儀正しかったという。むしろ、さらに期待してしまうわ!」


 不安になった俺に、ダインは豪快な笑みを見せてくれた。


「だが、話は聞け。あの剣は魔剣と呼ばれるもの。呪われた力を秘めた古の武具だ」


 吐き捨てるような言葉を聞いて、バンズはヒラヒラと得物を見せつけた。


「その通り! こいつは魔剣ランフォ。あんたを殺すために手に入れた、オレの力だ!」


 揺らめく光が不気味に見える。

 直感的にやべぇものだってことは分かった。


「馬鹿が……魔剣を手にすれば呪われるというのに。二度と手放すことはできず、肉体は朽ちるまで苦しみ、魂さえも吸い取られる運命だぞ!」

「それがどうした? 守護の剣と讃えられ、鬼と恐れられたあんたを殺れるんだ。安い買い物だよ。それに……死ぬまで暴れられるってことだろ? 最高じゃねぇか!」


 光が強まり、バンズの全身を包んだ。

 目は正気を失い、筋肉が膨れ上がる。


「そうか……せめて、儂が引導を渡してやろう。ケイン!」

「は、はい!」


 初めて呼ばれた覇気のある声に、自然と背筋が伸びた。


「よく見ておれ」


 ダインの闘気が高まっていく。

 感じる圧迫感に化身の気配を感じた。ライオスのときは炎だったが、なんだかデカい人影が見えた。


「我が化身は戦士。これが、儂が守護の剣と呼ばれた理由よ」


 幻でも見てるのかと思った。

 鎧に身を包み、盾と剣を構えたデカい闘気の戦士が、ダインの背後に現れた。


「面白い……ぶっ潰してやる!」


 残像を残してバンズが動いた。

 対してダインは動かず、腰を低く構えた。


「でえぇい!」

「むんっ!」


 二つのデカいエネルギーがぶつかり合う。

 たぶん、ランフォの斬撃はマテリアル・スネークも一撃で仕留めるだろう。だが、ダインはなんなく受け止めた。動きに合わせて背後の戦士も盾を構え、城壁みたいな防御で凌いだ。


「うぅぅぅぅぅおらぁぁぁぁぁぁ!」

 

 バンズの体は人間離れした動きを見せた。

 関節があり得ない方向に曲がり、鞭みたいにしなる。


「……型もなにもかも」


 静かに防ぐ盾の裏で、剣に力が込められる。


「基本がなっとらんわあああああっ!」


 怒号と共に、巨大な闘気の剣が振り下ろされた。

 デカい亀裂が地面に刻まれる。見ているだけのこっちがゾッとした。


「ぐ……おぁ」


 もちろん、バンズは無事では済まなかった。

 左肩からぶった斬られ、体が千切れかかっている。


「なんで生きてんだ」

「あれが呪いよ。手にし振るったそのときから、楽には死ねん運命だ」


 言葉の節々に、どこか憐れみが感じられた。


「ぐ……ぐへ、ギャハハハ!」


 明らかに瀕死だったのに、高笑いを始めた。

 かと思えば、千切れかけた体がくっつきやがった。


「嘘だろ!」

「魔剣を破壊せねばならんか。ならば我が最強の一撃でぇっっ!」


 めちゃくちゃカッコよかったのに、ダインの声が上擦った。

 背を丸めてぷるぷる震えて、闘気が消えた。


「お、おじいさま?」

「こ、腰が……くそ、こんなときに」

 

 マジかよちくしょう。

 バンズは心底面白そうに笑っている。


「情けねぇなぁおい! オレが楽にしてやるよ!」


 纏う力が増し、肌も赤黒く変色した。

 もう、同じ人間とは思えないほどに。


「俺のこと忘れんなよ」


 今度は俺が立ち塞がった。

 怖くないわけじゃねぇ。

 ただ、こいつには返す借りがたくさんある。


「ま、待てケイン」

「あの剣壊せばいいんだよな? 今度はおじいさまが見ててくれよ!」


 ありったけの闘気を練る。

 ダインに教えてもらった剣の構えでバンズを睨み、歯を食いしばった。

 

「似てやがるなぁ、その構えェェ!」


 破壊力は馬鹿にできねぇ。

 やられる前に、思いっきり跳んだ。


「ゴクウ!」

「ウキャーッ!」


 胸元に隠れていたゴクウが、閃光玉を投げつけた。


「ぐっ!」


 数秒、太陽みたいな光が炸裂する。

 これで、少しは時間が作れる。

 呪文を詠唱する時間が。


「『紅蓮の炎 燃え盛る憤怒 怒りを解き放ち 敵を燃やせ 灼熱の咆哮よ 火炎砲フレイム・アンガー!』」


 火の中級魔法。

 初めて使えたときは、火の柱が両手から伸びてソランと慌てたっけ。

 今は大丈夫。なんでか分かんねぇけど自信がある。

 あのときのフォークの要領で、剣を掴んだまま唱えた。予想通り炎は剣を巻き上がり、刀身に宿って刃と化した。


「名付けて魔法剣! 火炎刃フレイム・ブレイド!」


 さらにそこに闘気も込める。

 剣が真っ赤に染まり、輝き、燃え上がる。


「んだそりゃあ!」


 バンズが魔剣で受け止めた。

 よっしゃ、覚悟しろ。


「このままへし折ってやる!」

「舐めるなよガキがあ!」


 禍々しい力が膨れ上がった。

 俺も全身全霊を注ぎ込む。


「うおおおおおおおおおおおっ!」

「ガアアアアアアアアアアアッ!」


 全力の鍔迫り合い。

 力は拮抗していたが、変化はやってきた。


 ランフォに、ヒビが入った。


「な、なにぃ!」


 バンズの顔に焦りと恐怖が浮かぶ。

 

「これで終わりだああああ!」


 一気にケリをつけるつもりで力を込める。


 けど、先に砕けたのは俺の剣のほうだった。


「ぎゃはははは! お前の力に耐えられなかったみたいだな! 死ねぇクソ孫!」


 地面に落ちた俺に、禍々しい刃が迫る。

 

「ぬおらぁ!」


 そこに分厚い剣が入り込み、間一髪防いでくれた。


「ジジイがぁ! 邪魔すんなぁ!」

「孫にあんなもん見せられて、腰が痛いとか言ってられんだろうよ!」


 再び現れた化身が、バンズを押し返した。


「グギャア!」


 そのとき、戻ってきた父ちゃんが俺に剣を投げてくれた。


「ありがとう! もう中級魔法はできねぇ。なら……ここは!」


 残った魔力を捻り出せ、俺!


「『火よ 燃え盛る礫となり この手に宿れ 火球ファイアボール!』」


 赤い光を帯びた刃を闘気で包み込む。


爆刃ボンバ・ブレイド!!」


 ダインとタイミングを合わせて、全力で斬りつけた。

 刃が交わった瞬間、赤い光の爆発が起きた。


「ぐ……ぐおおおおおおっ!」


 魔剣全体にヒビが広がる。

 中から煙のような力が漏れ出始めた。

 

「ば、馬鹿な! 魔剣だぞ? くそ、くそっ、くそおおおおおおお!」


 ガラスみたいな音を立てて、魔剣ランフォは砕け散った。

 跡形もなく塵になり、残されたバンズは一瞬で干からびた。


「……ダイ……ン……きょ……か……」

「……眠れ、バンズ。お前に教えることは、もうなにもない」

「ア……アァ……」


 虚ろな目は、最期になにを思ったのか。

 同じ死に様でも俺のときとは違い過ぎて、想像もできない。


 バンズが力なく倒れた。

 吹いた風に体はボロボロと攫われて、自然の中へ帰っていった。


「お、お頭がやられたぞ!? 冗談じゃねぇ、話が違うぜ!」


 戦いを見ていたらしい手下が、慌てて逃げ始めた。


「深追いはするな!」


 剣を納めながら、ダインが村に響く声で言い放つ。


「よくやったケイン。まったく、お前には驚かされてばかりだな」

「へへへ、とにかくこれで勝ち……ってあれ?」


 足に力が入らない。

 たぶん、魔力も闘気も使い過ぎたせいだ。


「大丈夫ですか? お二人とも」


 転びそうになったところを、聞き慣れた声が支えてくれた。

 風のように現れたメイだった。


「メイ、ありがとう」

「いえ。途中からですが、見事な戦いを拝見しました。さすがケイン様です」

「メ、メイよ。儂も腰が限界なんだが」

「……バル・モンキーさん、頼めますか?」

「ギャイ!」


 俺はメイに、ダインはゴクウの父ちゃんにおぶられて、みんなが避難している教会へ向かった。


「なんで儂が魔物の背に……だが、意外に毛並みがいいんだの」


 ブツブツ文句を言っていたダインだったが、進むうちに慣れてきたようだ。


 日の暮れた教会には、生き残った村人が集まっていた。

 でも、ほとんどが怪我をしていて人数も少なく感じる。


「ケイン!」


 痛々しい様子を見ていると、マリオスを抱いたソランが駆けてきた。


「母上! マリオス!」

「あぁ、よかった……よく無事で。子どもたちから聞いたよ。立派に戦ったね」


 抱きしめられ、頬にキスをされた。

 マリオスも元気な笑顔を見せてくれて、とりあえず一安心だ。


「ケイン様〜!」

「ケイン!」


 ロアやハンナたちも集まってくれた。

 泣きながら、互いの無事を喜んだ。


「あれ? リースは?」


 一番最初に突っ込んで来そうなのに、姿が見えない。

 まだ村で残党狩りでもしてるんだろうか。

 早く俺の戦いっぷりを聞かせてやりたいのに。


「……こっちよ」


 ソランが背を向けて歩き出した。

 なんだか急にみんな静かになった。

 まぁ、怪我人もいるんだし騒ぐほうがいけないか。


 案内されたのは、教会の裏。

 まばらに植えられた花が咲く庭で、祭りのときはここで子どもたちが歌を歌ったりする。

 

 でも、今はそんな楽しい場所じゃなかった。

 集められた死体が並べられていて、遺族の泣き声がそこらじゅうで聞こえている。松明の明かりが揺らめいて、墓場みたいな雰囲気に満ちていた。

 メイの背中から降りて、モフモフのメイドを探した。


「リース、ここで手伝ってるんだ。で、どこに」


 リースはいた。

 でも、弔いをしているわけでも誰かに寄り添っているわけでもなかった。


 寝てた。

 並べられた死体の中で、死んだみたいに寝ていた。


「リース?」


 なにしてんだ。

 そんなとこで寝るなんて、不謹慎だろ。


「ほら、もう終わったぞ。起きろよ」


 近づいて気づいた。

 真っ白だったメイド服が、赤く染まってる。

 返り血じゃない、矢の跡がある。

 いや、嘘だ。俺の見間違いだ。


「起き、ろ、よ。なぁ、リース」


 仕方ない。

 くすぐったいからやめろって言われてた、耳を触ろう。


「うわっ!」


 冷たかった。

 信じられないくらい冷たくて、なんの反応もない。


「な、なん……で? だって、今日も話してて、笑っ……て」


 嘘だ。

 あり得ねぇ、なにかの間違いだ。

 リースがあんな奴らに殺られるわけねぇ。ここに寝てるのは、そっくりな別人だ。


「わ、わたしのせいなんです!」


 となりで女が泣いている。

 村の女で、腹がデカい。ひと目見て妊婦だって分かった。


「わたしを庇って、リースさんは怪我をして……そのあとも、一人で戦ってくれて……」


 苦しそうにうずくまる女に、ソランが手を貸した。


 いや、その話本当なのか? 

 だったら、ここにいるのは本当にリースなのか?


「リース……?」


 呼んでも返って来ない。

 抱きしめてみても、喜んでくれない。

 固く握りしめた手が、なにかを掴んでいる。

 俺がプロポーズのときに送った、ペンダントだった。


「あ、あああ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 なにかが壊れる音がした。

 リースにしがみついて、意識を失うまで泣き叫んだ。


 俺は、世界で一番大切な人を失った。

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