第4話 『見えた光』

 あれから毎日胸が苦しい。

 リースが視界に入るだけで、というか、考えるだけで心臓がうるさくなる。

 これが恋、なのか。

 なにが甘酸っぱいだ、めちゃくちゃ苦しいじゃねぇか。

 ……まぁ、悪い気はしないけど。


「もっと全身を使え! 剣の重さに引っ張られるな!」

「はいっ!」


 リースとの関係がぎこちなくなるのも嫌だった俺は、ここぞとばかりに鍛錬を積んだ。


 剣術はダインとライオスが夜通し話し合い、ひとまず二人が納めている流派、心人しんじん流を教わることになった。武術は基本的に種族によって別れているらしく、前の俺の動きは牙獣がじゅう流という獣人の流派に似ていたらしい。 


「よしよし、いい調子だなケインよ。ほれ、古くなったカカシをもらってきた。今までのことを思い出して、見事斬ってみせよ」

「はい!」


 二人ともたまに厳しくなるけど、怒鳴るばっかだった体育教師と違ってちゃんと教えてくれる。

 自分でも上達が早いのが実感できた。


 勉強も変わらずやったし、本も読んだ。

 だが問題はある。魔法だ。

 いくらやっても、魔法が飛んでいかない。


 火球ファイア・ボールは手の上で燃え続け、石弾ストーン・ショットは石が浮かぶだけ。雨を降らせる魔法を覚えたときは、雨雲が全身に纏わりついてびしょ濡れになってしまった。

 魔法は初級、中級、上級、高位と別れてる。呪文を知り、よく分からんが練度ってのを上げれば、上のクラスが使えるようになる。生まれ持った魔力も関係するらしいが、俺は上級まで使える可能性があるそうだ。

 ……飛ぶかどうかはべつにして。


「きっと大丈夫! 焦らずいきましょう」

「魔法そのものは発現しているんですから、素質はありますよ」


 魔法の先生二人は、前向きな言葉をかけてくれた。

 ソランは元々凄腕の魔法使いで、モニカに至っては若い頃教師をしていたらしい。こっちも、ただノートを写せって喚いていた教師共とは教え方の格が違う。


 そうして汗を流し、魔法を唱え続け、リースへの気持ちを誤魔化しながら、半年が過ぎていた。


「でやあああああっ!」


 手から伝わる斬撃の感触。

 年季の入ったカカシが、最後の役目を終えた瞬間だった。


「上出来だ! 真っ二つじゃないか!」


 拍手のあと、ライオスが嬉しそうに頭を撫でてくれた。


「真剣の扱いもすっかり習得したな。何人も指導してきたが、やる気のない新兵よりよっぽど強いわい」


 ダインも顔をほころばせている。


 褒められるのは嬉しい。

 次も頑張ろうって思えるし、なにより自信がつく。生まれ変わったことを、一番実感する瞬間だ。


「大旦那様、旦那様、坊ちゃま。夕食のご用意ができまし……えぇ!」


 ちょうどタイミングよく、リースが呼びに来てくれた。

 斬り裂かれたカカシを見て、目を丸くしている。


「これ、坊ちゃまがやったんすか?」

「う、うん」


 ふわふわの尻尾がぶんぶん振られている。


「すごいだろう? 見事に一刀両断だ!」

「儂の孫は天才だ! ローガン家の未来は安泰間違いなし!」

「……んとに」

「リース?」


 ぷるぷる震えたかと思うと、リースは俺の手を握って目を輝かせてきた。


「本当にすごいっす! 坊ちゃま、ちょーステキっす!」

「あ、危ないよリース!」


 剣を持ったままだったから、当たらないか焦った。

 でも、興奮した獣人はそんなこと構わず、尻尾を振って飛び跳ねる。


「あーしの目に狂いはなかったんすねぇ! ウハーっ! ちょっと毛が逆立ってヤバいっす!」


 こっちは顔が熱くてヤバい。

 ダインとライオスに褒められるのはもちろん嬉しいけど、リースに褒めてもらうのはモノが違う。喜ぶ様子がかわいくて仕方ねぇし、手を握られるだけで倒れそうだ。


「大旦那様! ちょっと友達に自慢する手紙書いてきていいっすか?」

「よかろう、許可する。ケインの素晴らしさを、知らしめるがよい」

「え、ちょ、それは恥ずかし」


 俺が止める隙を与えず、リースは頭を下げて「失礼するっすー!」と走り去って行った。


「あはははは。さ、飯にするか!」


 ライオスに背中を押され、食卓に向かった。

 顔と握られた手は、燃えるように熱いままだった。


「……偉大なる神に感謝を捧げます」


 この世界では、飯を食べる前に祈りを捧げる。

 うちはメイドもソランたちも料理が上手いし、家族が揃って食べる飯なんてそれだけでご馳走だ。

 前の人生で、おふくろの味なんて記憶はない。家を出てからも自炊なんてしなかったから、ローガン家の食べ物は毎回泣きそうになるくらい美味い。


「さぁ、食べましょう」


 代表して祈りを捧げたモニカの微笑みで、待ちに待った夕食にありついた。


「ケイン、調子がいいみたいね。ここまで嬉しい声が聞こえたわ」

「あぁ。この子は剣の才能がある……いや、もしかしたら武術全般かもな。ウチから武神が生まれるかもしれんぞ!」 


 親バカを炸裂させる両親は、揃いの妄想を膨らませた。

 

「お勉強も熱心ですからね。ロアとリースに、エルフ語と獣人語を教わり始めたのでしょう? 偉いわ、ケイン」


 パンをちぎり、モニカが笑いかけてきた。


「あ、ありがとう、おばあさま。まだ、基礎の基礎なんだけど」

「でもぉ、飲み込み早いですよぉ? さすがですぅ〜」


 そばに立つロアがおっとりと言った。

 身分が理由なのか、メイドはあとで食べることになっている。もし俺が当主になったら、一緒に食べるようにしよう。


「そういえば、リースは?」


 となりのメイが首をかしげた。

 ライオスが手紙のことを言うと、やれやれと呆れ顔で首を振った。


「そうだ、ケイン。ずっと聞こうと思っとったんだが」

「はい?」


 スープを飲み干したダインが、まっすぐ見つめてくる。


「リースとはどこまで進んだ?」

「ブフォッ!」


 飲もうとしていたヤギの乳を吹き出してしまった。

 なに言い出すんだこのジジイ。


「だ、大丈夫? ケイン」

「お拭きします! 坊ちゃま」

「あ、あの、えっと」


 心配してくれたソランとメイに、礼も言えない。

 ちくしょう、テンパってる。


「食事の席でなにをおっしゃるんですか、あなた!」


 モニカがピシャリと言ってくれた。


「世継ぎに関わる大事なことだろう。で、どうなんだ? ん?」


 まず、そのニヤけた顔をどうにかしてくれ。

 いや、それより気になることがある。


「あ、あ、あの。どういう意味で?」

「お前リースを好いとるんだろう?」


 言いやがったこのジジイ! 

 みんなにバレたじゃねぇか!

 ……と、思ったら周りから驚きは聞こえなかった。むしろ、ライオスは頷いてもいる。


「え……あの、もしかして」

「なんだ、気づかれとらんと思っとったのか? お前の態度を見とれば、一目瞭然だろう」


 恥ずかしさで倒れそうだ。

 モニカが怖い顔でダインのすねを蹴飛ばしてくれたから、多少はスッとしたが、さっきとはべつの理由で顔が熱い。恋愛経験があれば、もっと余裕があったかもしれないが、そんなものはない。

 マジで前の人生で童貞だったことが、悔しくてたまらない。


「子どもになにを聞いてるんですか、お義父さま」

「いやいや、相手がメイドとはいえひとつ屋根の下に住んでるんだ。キスくらいはしてもらっただろう? ん?」


 ライオス、親子でそっくりな聞き方をしてくるな。


「ほ、ほっぺ……には」


 恥ずかしい。

 流れで言っちまったが、なんで言わなきゃいけないんだ。


「それだけか?」

「……うん」


 男二人は呆れた顔を浮かべたが、女性陣は納得したように頷いた。


「リースがわきまえてくれてる証拠です! 残念そうにしないでください!」

「そうです! ケインとの関係と年齢を考えてくれてるんですよ」

「いや、しかし気づいてないってことあるか? 獣人には発情期もあるのに」

「そんなもの、最近の獣人は薬草で抑えてます!」

「だがなぁ」


 おじいさま、もう放っておいてくれ。

 本人そっちのけで盛り上がらないでくれ。


「とにかく! この話はケインとリースの問題です! わたくしたちが首を突っ込むことではありません!」


 おばあさま、よく言ってくれた。

 こういうとき、この家で一番強いのはモニカだ。悪ノリを始めていた二人が、有無を言わせない圧力で黙った。


 それから、急いで食べ終わった俺は部屋に逃げた。

 ベッドに飛び込んで悶絶したが、どうしても考えてしまう。


「発情期……あるのか」


 ダメだ、エロいことを想像してしまう。

 それよりも、俺にはまずやらなきゃいけないことがあるだろうが!

 

「リース本人に気づかれてるかは分からねぇ。でも、周りが知ってるなら、コソコソしたって仕方ねぇだろ……気持ちを、伝えねぇと」


 決意し、どんな結果でも受け入れる覚悟はできた。

 でも、ただ言うだけってのは違う気がする。気はするが、どうしたらいいのかも分からない。


「……で、父さんのところに来たってわけか」


 迷ったが、ライオスに相談することにした。

 ソランやモニカも親身になってくれそうだったけど、男らしいやり方ならライオスだろうと思った。ダインは余計なことをしそうだから外した。


「はい。その……どうせなら、喜んでもらいたいから。気持ちの伝え方を教えてもらいたくて」

「うんうん、父さん嬉しいぞ。こういうの憧れてたんだ」


 晩酌途中の赤らんだ顔で、嬉しそうに笑う。

 

 ……俺も、こんなふうに父親と話してみたかった。

 前の人生だと、父親を名乗る男は一定期間で変わるもので、漏れなく殴りつけてくるクズばかりだった。血の繋がった父親は、顔も名前も知らない。

 俺はそのまま、死んでしまった。


「そうだな……リースは獣人だ。獣人の女性が最も魅力に感じるものは、なんといっても強さだ。お前には剣の才能がある。それを活かせられればなぁ」


 唸りながら、おもむろに立てかけていた自分の剣を抜く。

 刀身を見つめて悩む姿を見て、俺は自分の目を疑った。


「……父上。なんか、体光ってます?」


 剣を握った途端、体がうっすらと光を帯びたように見えた。

 俺の言葉に、ライオスは目を丸くした。


「お前、これが見えるのか?」

「は、はい。今、初めて見えたけど……」


 少し考えて、驚きの表情はみるみるうちに笑顔に変わった。

 そして、くっつきそうなほど顔を近づけてきた。


「ケイン、いい考えが浮かんだ。明日の早朝、二人で森に出かけるぞ。母さんたちには内緒な」

「も、森に? なんのために?」


 ニヤついた笑みをさらに強めて、光る父親は答えた。


「魔物退治だ」

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