ヨットの上で…(弐)

@J2130

第1話 弟さん

 安良岡、やすらおかとお読みする大学4年生の先輩。

 元部長でけっこうイケメンでした。

 そんな先輩の弟さんが僕らが2年生の時、新入生で同じ大学に入学してきた。

 ヨット部には入らなかったが、似ているしイケメンだしすぐにわかってしまう。


「堀ちゃん、あそこのテーブル、安良岡先輩の弟だよ」

 タカが僕に言った。

「へえ…、似ているね」

 僕はちょっと遠くの学食のテーブルを見た。

 ふ~ん、弟なんだね。


 別の日のこと。

 講義が終わり時間ができたので学食でお茶でもしようと、ヨット部のケイスケと歩いていると、向こうから来る安良岡先輩の弟さんを見つけた。数人の友達といっしょだ。

 やはりね、日ごろお世話になっている元部長の弟さんにちゃんとご挨拶しないと。

 そんなことを考えているうちにすれ違ってしまった。ケイスケも弟さんに気づいているようだ。

 僕らは振り返って彼に呼びかけた。


 月に1回ヨット部のミーティングがある。たいていそのあと居酒屋で飲むことになっている。

 引退された4年生もよく顔を出してくれるのだが、その日は安良岡先輩も来ていた。

 ご機嫌そうで、就職活動もうまくいっているとのことだ。

 安良岡さんはその後、地元の信金に就職された。


 先輩、お酒好きで、今日は特にうれしそうだった。

「堀、ケンタ、ケイスケ、タカ、飲んでるか?」

「はい、頂いてます!」

 みんな笑顔で応えた。

「よし!じゃあ、七時半、2年生全員、俺のテーブルに集合な!」

「はい!」

 大きな声で応えた。

 おそらく先輩は我々に部の近況を報告させ、ねぎらい、飲ませるおつもりだろう。

 飲むのも飲ませるのもお好きだから。

 いい先輩だ。


「ヨーシ、七時半だ。2年生全員集合!」

 

 先輩の前にはビール瓶が並べてあった。

 当時の2年生全員、女子は抜かして6,7人がそのテーブルの前に起立して集まった。

 先輩、嬉しそうに僕らを見ている。

“飲ませるぞ!”

 そんな気合が見て取れた。


「今日はご苦労さん、そしてヨット部の活動、ご苦労さん!」

 ビール瓶を手にとり、自ら立ち上がり後輩達のグラスに注いでまわった。

「まあ飲んでくれ」

「いただきます!」

 みんなちゃんと残さず飲みほした。


「いや~、俺はうれしいんだ、君たちが2年生になって人数も多くて、日ごろから熱心に活動に取り組んでいるのがね」

「ありがとうございます!」

 誰もが同時に元気よくそう応えた。

 気味が悪いほどご機嫌だ、なんか変だぞ。


「足りないものないか…、高いものは買えないけれど、ライフジャケットくらい4年生みんなで寄付するぞ」

「大丈夫です!なにかあればお願いいたします!」

 ケイスケが返事をした。

「そうか、そうか!」

 ビール瓶を片手に持ち、もう一方の手でケイスケの肩をたたいている。

 これは機嫌が良すぎる。


 椅子に座りなおした安良岡さん。

「ところで君たち、俺の弟を知っているか、うん?」


 弟さん…。

 あのイケメンでよく似た弟さん…。

「ハイ! 存じ上げています!」

 ケイスケが応えた。

「そうかケイスケ。他のみんなは知ってるか?」

 知っている…。

 だが、なんとなく知らないほうがいいのかもしれないが、知っている。

声もかけた、挨拶した。


 僕はまだ今とは違い、すごく素直だった。

 仕方ない、正直に応えた。

「はい、存じあげています、先輩によく似ています!」

「そうか、堀も知ってるか!」

 怖いくらい上機嫌だ。

「それでな、みんなに訊くけれど」

 前に立つ後輩達を見上げながら、安良岡さんはこれ以上ないというぐらいの笑顔で言った。

「俺の弟に…」

 笑っている。これは飲ませる理由を見つけたときの笑顔だ。


「後ろから『おいヤス!』って言って頭をはたいたのは誰かな?」


「『ヤス!』って声かけて、大勢がいる学食で『いつも先輩にはお世話になっています!』でかい声で挨拶したのは誰かな?」


 先輩まったく怒ってはいない。というか喜んでいる。すごく喜んでいる。

 お前らの誰かならやりそうだ、ヨシ、今日は飲ませてやるぞ!

 見て取れる、やる気の塊だ。


「わかるだろう、まったく俺は怒っていない」

 そう、むしろうれしそうだ。


「でもな、家族の手前、一応注意した、としておかないとな」

 お立場はあるからね。

「いいんだ、いいんだ、さあ、飲もう!」

 安良岡さんはビール瓶を掲げ上げた。


「怒ってないし、怒らないからな」

 でも飲ませるだろうな…


「だーれかなー?」

 見回す先輩。

「だれかなーーー」


 “なーーー”が終わる前か終わった直後に僕は勢いよく手をあげた。

 そしてこう言った。

「僕です!」


 安良岡さんからその日初めて笑顔が消えた。


だがすぐに満面の笑みに戻り、

「ビール瓶、もってきて」

 と他のテーブルに声をかけた。

 

「本当にお前達は…」

 僕たちは起立して言葉を待った。

「なんというか…」

 笑いながらあきれている。

「よりにもよって…」

 お気持ちはわかる。

「気が合うな…」

ビール瓶が数本集まってくる。


「全員か…!」


そこにいた“すべて”の2年生が僕と同じ返事をしていた。

ここまでよくもきれいに揃ったものだ…。


 全員かよ…。


 しょうもない同期達だ。

 確かに変なところで気が合う。

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