第20話 19 兎



 私を乗せた二輪は、爆音と共にUターンをすると、猛スピードで来た道を引き返しだした。振り返ると、突然現れて、後ろから追いかけてくる黒い霧。兄の二輪は素晴らしい加速でその黒い霧を振り切ろうとしていた。多分、兄には黒い霧など見えてはいないと思うのだが。然し、黒い霧は兄の二輪よりも早いスピードで追いかけてきていた。もうすぐで、あの鉄の門を抜ける事ができる。なんとか、あの鉄の扉を抜ける事ができたなら。


 黒い霧はすぐ後ろに迫ってきていて、今にも私をつかもうとした時、二輪は鉄の門を越えた。それと同時に黒い霧は二輪に追いつき後輪をつかもうとしてきた。黒い霧は、鉄の門から出られないのではなかった。それもそのはずだ。黒い霧は、私達の街にやってきて、私を此処へ連れてきたに違いないのだ。


 国道へ出る道はT字路だ。兄は二輪を減速しなければ、正面の山の壁に激突だ。もちろん、兄は減速をした。だめだ、追いつかれた。黒い霧は私の足元の後輪を掴み、後輪を持ち上げた。


 その時、施設の門の外にある森の中から1匹の兎が飛び出してきて、黒い霧に噛み付いた。ムーだ、私のたった一人の心の中の友人、小さな男の子、兎のムーだ。黒い霧は地響きのするような恐ろしい声で唸ると、鉄の門へと引き返していった。


 兄はT字路をウインカーも出さずに大きくバンクし見事に右へ折れた。私の住んでいた街とは正反対の方向だ。

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