第10話 9 黒い霧 3



 それ以来、私は毎日のように黒い霧を見ることになった。殆どが職員達、いや、職員達全員が黒い霧を纏っていた。子供達の中にも黒い霧を纏う者がいた。然し、子供達の場合は、その黒い霧を纏うことは死の予告であった。子供達の周りを黒い霧が浮かび出すと、必ず1週間以内に自殺していた。然し、職員達は黒い霧を纏ってはいるが、決して命を落とすことはなかった。大人達は、この施設の職員だけではなく、みんな黒い霧を纏って、自分自身を隠しながら生きているのではないか? そんな疑問が私の心を捉えた。


 当然、この黒い霧を誰よりも多く纏っているのは、この施設の所長だと私は思っていた。彼はこの施設の責任者なのだから、当然、黒い霧の主人だと思っていた。ところが、その黒い霧はどの職員も同じように、あの霜降り肉の男にも同じような霧で、霜降り肉を包んでいた。


 私は施設の規則には全く納得がいかなかった。とは言うものの、しっかりと規則には従っていたつもりだった。まるで、魂と肉体がバラバラに生きているようなものだ。そんな訳で、一人の職員が明日の昼に所長室に行くようにと通達しに来た時には、私を驚かせた。どこでも良いのだが、食堂と狭い自室以外の場所は、そこへ行くこと自体に何らかの理由がある。私は、翌日の朝まで緊張のために殆ど眠れなかった事を覚えている。


 約束させられた日、私は支援学校を早退して、施設の離れにある所長室に向かった。所長室の扉をノックして返事があるまで扉の前で立っていた。それは、ほんの数秒だけだったであろうと思うが、私は自分の肉体が倒れないようにと両足に力を入れてしっかりと立っていた。既に、魂は私の体から抜け出そうとしていた。


「入ってよし」

と声が掛かると、私は扉を開けて所長室の中へ入って行った。


 その部屋は、あろうことか、酒の匂いで充満していた。

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