エリー - 02

「……どういう、ことだ……っ」


 母様は必死に思考を回している様子。もう、彼女に出来ることに何もないのに。この計画を止める方法はもう、杉屋亮平を、コアユニットを破壊、破棄させるしかない。でも今、母様は私に監禁拘束されているのだ。この後解放されたとしても、もう止められない・・・・・・・・


「どうもこうも、母様が考える最悪の最悪でコトが動いてるんですよ。もう、諸々準備は出来てます。あとは、杉屋亮平に、コアユニットに定着しかけている余計な人格とかいうノイズを排除できればそれで完成するんですよぉ」

「この世界を!せっかくここまで構築されて安定しかけているこの地下世界を破滅させる気か!!」


 拘束されているせいで私にとびかかることもできない母様は、それでも私に噛みつく勢いで叫ぶ。私はそれを意に介さず、何とか拘束を解こうと激しく藻掻く母様を薄く笑みを浮かべながら見下ろす。

 どれくらいその時間が続いただろうか。

 拘束が強固であるという事にとうとう観念し、がっくりと母様は項垂れる。

 

「なんてこと……」

「母様、ご存じなかったんですね?私はこんな世界なんてもう無くなってしまえばいいってずーっと、ずぅぅぅぅぅぅっと!願っていたんですよ。」


 俯いたまま動かない母様の耳元に口を寄せ、囁いた。そして私は身を起こし、両手を天井にかざして天を仰ぎ見る。

 

「中途半端に再生した、ヒトでは無いものが管理しているこの世界。母様がどれだけ素晴らしい功績を残しても何も与えない世界。私たちになんの見返りも幸福も温もりも与えてくれない世界っ!母様のお姿は本当に憧れていた!素晴らしい研究をしている母様の娘であった私は誇らしかった!でも!世界は!管理者は!!あなたの研究成果を危険と切り捨て、亡き者にしようとした!」


 言い募りながら上がっていく熱量に比例するように私は叫ぶ。


「だからっ!こんな世界ぃっ!壊れてしまえばいいんですっ!壊してしまうんです!」


 再生することなんて考えない。先なんてない。

 ただ壊して、そのまま。荒涼たる世界を広げるだけ。

 

 また昂奮状態が強くなってきたので薬を飲む。最近、効きが悪くなっている気がするがひとまず今後の展開を母様にお披露目しなくては。そのあと、計画の進捗を確認して、状況によってはもう一段階進めていく。


「……はあ。どうも母様と久しぶりに会うので感情が昂っていけませんねぇ」


 服用した薬の効果が出てきたので会話を戻すことにする。

 

「やはりクローン体への転写の影響か?」

「さあ?それは判りませんよ。前にも言われましたが、今は計画を進める方を優先したいんです。」


 一呼吸おいたところで横やりは入らなかったので、続けることにする。

 

「これから私たちがすることについてお話しますね。……といっても、母様はもう全容をご存じでしたか」

「……ああ。このあと、杉屋亮平を……いやコアユニットである生体脳を杉屋亮平の肉体から取り出し、悪魔ディアブロへ実装するんだろう」

「ええそうです。」

「今ある人格はノイズになるぞ?……私抜きでどう処理するつもりだ?」

「……あー!そういう事だったんですねえ?失踪したのは。でも残念でした。母様が残した研究データや、私たちの人格転写の際に得られた知見をベースにして、いろいろ実験を繰り返してたんですよ」


 そう、せめてもの手向けだ。この程度で絶望してもらっては困るけど、現状がどうなっているのか、それを丁寧に理解してもらう。人格転写技術の開発者である母様にこそ、自分の業の重さをわかってもらいたいがために、説明を続ける。

 

「……最初はまあ機能不全を抱えたものしかできませんでしたよ。それに、ディアブロへの実装も試みたんです。でも、杉屋亮平の、最初の一体目の生体脳じゃないとダメだったんです。」


 杉屋公正は機関に処刑されたが、逃亡の直前、コアユニット実装さえすればあとは最終調整をするだけというところで、搭載可能なユニットをただ一つの生体脳に限定するように仕組んだ。

 この仕掛けがあるせいで生体脳の換装は出来なくなったのだ。さらに言えば、転写技術は母様の論文や私たちに行われた実験データがあったので複製、人格消去も出来るようになったのだが、杉屋公正が残したこのトラップは完全に私たちが作ったコアユニットでは突破できないのだ。

 

「……ははは……公正……そうか……アイツ……だからあんなこと……」

「どうされました?母様。いよいよ絶望しかなくなって笑えて来たんですか?そうですよね?こんな八方塞がりな状況、もう笑うしか……」

「いいや。確かにもう私に出来ることはもう無いのかもしれない。でも、足掻くことはできると解った。」


 意味が解らなかった。だが、母様自身、出来ることはない。そう言った。ならば、こちらも次のフェーズに移すとしよう。

 

「じゃあ、母様。貴方を解放してあげますね。」


 私が放った解放宣言を聞いて、母様は呆けた顔を晒した。驚いた顔も良いものだ、などととりとめのない感慨を憶えつつ、この後彼女はどうなるかを説明する。

 

「もっとお話ししていたかったんですが、例の機体の調整に私まで参加するよう言われているんです。なので、時間切れですね。残念です。」


 そこではたと母様は気づきます。

 

「待て。今は何日・・だ?」

「亮平さんが目覚めて、もう何週も経ってますね。よくお眠りでしたよ。母様。久しぶりのまとまった休暇でよかったですね?」


 そう。この部屋には時間を感じさせるものを置かなかった。さらに言えば、時間の感覚を鈍らせるため、捕えてすぐに母様を医療ポッドに投げ込み、目覚めさせないようにしていたのだ。

 

「……じゃあ亮平は、もう……」

「ああ、彼はまだ傭兵として活動中ですよ。多分、今もどこかの戦場かアリーナで暴れてるんじゃないですか?」


 本当に手遅れになったと絶望している母様をよそに、彼女の拘束を解いてやる。すべて外したところで私は母様を立ち上がらせ、その正面に立った。すると不意に頭部に衝撃が走り、そこから一瞬遅れて頬に痛みが産まれる。

 

 母様に叩かれた。

 

「……もっと躾けてやりたいところだが、その時間も惜しい。これで勘弁してやる。だが、もし計画を阻止して、生きて戻れたらこんな程度で済まさないから覚悟しておけ」


 時間が惜しい。逆に言えば、まだ何か計画を阻止できる手札を持っている、ということだ。亮平の人格を消去するにはもう少し時間が必要なのだが、それにしても母様には止める術はないはず。彼女が持っている手札が、私たちが察知できないところにあるらしい。

 だが、小手先のものであればあの悪魔の力で一瞬で粉微塵に出来る。


「母様、こんなに罪を犯した私をまだ生かす気なのね……?」


 叩かれた痛みを愛おしく思いながら、横目に彼女を見やる。


「心中する気は今のところない。それに、私の技術はどうやら存在するべきではないし、機関が関わった被造物を根絶やしにしようと思っている。」

「へぇ?……なんの暴力装置も持たない母様に、できるかしら?」


 母様の持っている手札はことごとく調べつくした。それに気づかない人ではないはずだが、虚勢を張っているのだろう。を母様は塞がれているも同然なのだ。機関がどう動こうと、今の母様には知覚できないはず。


「……じゃあ、母様の大切な大切な亮平を、いただいてくるわね」


 今度こそ襲いかかろうと母様は動くが、私にその手が届く前に扉が閉まる。私はそのまま目的を果たすために施設の外へ向かうのだった。

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