アリス -13

 亮平が医療ポッドでの治療を終え、あとは意識が回復するのを待つのみとなった。

 担当医から亮平の"体質"について山のように質問されたが、そのことについてはとある情報を対価に追及することがないよう、取引をしてある。そう、脳や様々な部分が常人のそれとはかけ離れている身体なのだ。研究熱心なタイプで有れば知りたいことも山ほど出てくるだろう。だが、それを知れば彼らの平穏は無くなると言って良い。いや、引き渡す情報を持っている時点でもう安全で平和な生活の保障などできない状況になるのだが。

 だが、研究し検証したいものよりも、実績と先見性が見える人倫の外にある情報の方が勝ったのだろう。ひとまず検体として亮平を預けなければいけない、ということはなくなった。

 酸素吸入のマスクもなく、静かに規則正しく寝息を立てる亮平を見下ろし、今後の計画を建てる。

 

 荒川尊史を亡き者にするこの復讐計画、もっと長期的にやらなければ立ちいかないと今回のことで思い知らされた。歴戦の傭兵、いや、荒川については戦歴に関するもの、出身地に関わることなどがほとんど掴めない。出身地に関して掴めないなんてことはこの世界において、そうないはずだった。市民やシティの幹部、各企業の重役に至るまで、基本的には住民台帳データに登録され、それがもとになってインフラなどの利用権が発生する。

 彼のマネージャー、藤木恵令奈に関しては掴んでいるが、それは今考慮に入れるところでは無い。とにかく、経験の差、技量の差が壁になっているのだ。技量に関してはFAV乗りではない自分から見るとランクマッチの中堅から上位層のレベルまで来ているように見えていた。

 あとは、戦術、戦略の部分だろう。そして、組み上げた戦術で勝ち切るためのメンタリティ。この部分の問題は相当根が深いと感じている。なにしろ、一度大きく傷を負っているのだ。その傷が元になり、自暴自棄と言える戦型を採ることが一時期多くなったわけだが……今回の事はもっと大きく心に傷を負ってしまったかもしれない。

 

「……公正に叱り飛ばされるな……俺たちの子供に何させてるんだって」


 未だ目覚めない亮平を前に、私は独り言をつぶやく。

 今こうなった現実を引き寄せる選択をしたことに後悔しながら。


 すこし温度の低い亮平の手を取り、椅子に腰かけ、祈る。


 どうか……あの日のように笑ってほしい。

 

 叶うことはないと判っている。きっと、亮平は安息を望まないだろう。これまで彼と共に生活、訓練を施してきた身とはいえ、亮平の心を全部理解できるわけではない。直接、聞かないと判らない。けれど、普通の教練よりも密度を数倍濃くしたカリキュラムをこなし、極限状態と言える戦場を何度も経験しながら保てていたのはやはり復讐を果たすことを目標に生きているからだろう。


「……やはり話せない、というのはやりきれないね……」


 ぽつりと言葉が零れてしまう。公正が不在であることに対するものなのか、りょうちゃん亮平への愚痴なのか判らない。自業自得と言われればそうなのだろうと思うしかない。亮平、荒川、それぞれの実力を見誤ってしまった。

 対戦相手の研究ができれば勝負は判らなかった、というのは言い訳にもならない。マッチメイクをした人間として、少なくとも亮平はこのカードについては是非もなく対戦することを望むだろうことは容易に想像がついたのだ。明らかに亮平は焦っていた。そして私もそんな亮平の焦っている様子に煽られ、拙速に決めてしまった。戦力比較をまともにしないままマッチメイクしてしまった責任が私にある。無駄にできないはずの時間を浪費させてしまったし、必要のない挫折を亮平は味わう事になってしまった。


 次から次へと何も生み出さない後悔と言い訳を並べながら、時折自分に苛立って爪を噛んだり、罪悪感を強く感じた時は頭を掻きむしり、そのたびに髪がほどけていく。ナースが亮平の様子を見に来たついでに、ときどき私の食事を持ってきてくれたが、正直きちんと食べたか記憶がない。

 そして、ポッドから出てきて3日くらい経過したくらいのころにようやく亮平は目を覚ました。10日前後意識がなかったからか、ぼうっとしている。

 

「りょう……亮平っ……!わ、解るか……っ?!」


 亮平の朦朧とした様子の視線が私の顔を捉えると、わずかに亮平は頷く。

 その様子を見てしっかりと亮平の手を握る。そして、はたと気づいて慌てて意識を取り戻したことをナースや医師に手元の端末から伝える。それからバタバタとした足音が近づいたと思ったら主治医と数人のナースが部屋になだれ込んでくる。

 医師は亮平の脈を取ったり、意識の状態を確認し、医師からの指示を手元の端末へナースが打ち込んでいる様子を眺めていたところに、手が空いた一人のナースが柔和な表情を浮かべながら近づいてくる。


「付き添いの方もお疲れ様でした。……伝言です。家族ごっこは楽しかった?」


 伝言の声音は近づいてきたときの柔らかさとは程遠い冷たく、鋭いものだった。突然の変化に身体を硬直させながら、そのナースの顔を改めて正面から見る。その顔には先ほどの柔和な表情は確かにそのまま残っていた。だが、目の奥には、言い知れない昏いものが横たわっているような気がした。


「……何のことを言っている……っ!」

「もう、探すの大変だったんですよ……?母様?」


 その言葉を聞いて、私はその場から横に飛び跳ねようとしたところを抑えられ、椅子ごと横倒しになる。


「ひゃぁっ!だ、大丈夫ですかっ?」


 ナースは……そう言いながら横倒しになった私を押さえつける。どこにそんな力があるのか……いや、この子なら、確かにこれくらいの力は出せるか。私は何とかその拘束を逃れようと抵抗を試みるが、見事にしっかり抑えつけられているため、まともに身体を動かせない。


「……お前……エリーか……」

「ええそうです。積もる話もありますから、少し眠っててくださいね母様」


 そう言うが早いか、エリーは鳩尾に意識を刈り取る一撃を打ち込んできた。


「先生!この方処置室へ連れていきますっ!」


 エリーがそう言って私を担ぎ上げたあたりで私の意識は途切れた。

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