亮平-03
「ビジネス……ね」
ブリーダー業でも営業したほうがいいんじゃないかと思えるようなスパルタなレクチャー、もとい訓練だった。短期間と言える日数で、FAVを手足のようとまではいかないものの、戦闘機動を扱えるくらいにはなった。そして今、対面してからのことを思い返しては、彼女が俺に対して訓練を施すのはビジネスだ、そう言い切った時のことを思い出していた。
俺が今いるのは、いよいよオーディションが始まる30秒前の作戦領域だ。
オーディションの内容はいたって単純。示された目標物を、制限時間内に撃破、破壊すること。
アリーナのような作りをした領域には、簡易的に攻撃機動をとれる無人機が数機。これをLASが貸与する機体で排除する。
字面で示せば簡単に見える内容だが、訓練を受けなかったものがどうなるかといえば、作戦時間の半分も領域に立ってはいられないだろう。数こそは示されなかったが、何体かいる、ということは、十字砲火に晒されることも十分に理解し、位置を変えながら戦闘しなくてはならない。
「FAVを使うものとして、いや、戦闘行為に身を置くものとして、まず、敵から逃げる方法を考えろ。」
それが、最初にレクチャーされたことだった。
理由は簡単。生き残れば実績になる作戦もそれなりに存在するのだ。
「FAVはお前の相棒でも、パートナーでもない。道具だ。復讐を成しえるための、鋼の棺桶だ。そんなものを後生大事にしよう、なんて考えてみろ。最初はうまくいっても、後からの依頼でいずれ死ぬ目にあうぞ。」
訓練が始まったころからしばらく、何度となく聞かされたことだ。
-追うときは逃げる気になり、逃げるときは追う気になる。
敵と対峙するときに、狙う敵はどうしたら捕捉しやすくなるか、という話になった時に聞かされた言葉だ。無人機にどこまで通用するかはわからんが、ただ、無人機は、命令された「目標を捉えて排除する」ということを実行するだけだ。
つまり、こちらは基本、回避しつつ、間隙を縫って攻撃していくことになる。
そうこう考えているうちに、作戦開始のカウントダウンが始まる。
ゼロの声が聞こえたと同時に、俺はブーストをふかし、左後ろ方向へスライドした。
予想通り、右にいた無人機は跳躍しつつこちらに機銃を掃射してくる。4、5発の弾丸が、ちょうど俺の機体があった足元に撃ち込まれていった。回避機動をとってはいるが、弾を打ち込んできた機体にレティクルを合わせ、トリガーを引く。単発のライフルなので、一回引くだけでは一発しか出ない。そのまま繰り返し数回トリガーを引いた。
1発は外れ、何発かは装甲の厚いところではじかれる。一発は関節部分に運よく当たってくれた。狙いをつけていた無人機の動きが格段に鈍る。
今回使っている機体、支給機体とも呼ばれているらしい、言ってしまえば最低ラインの武装のFAVだ。ライフルと、単発射式のミサイルポッドを搭載した廉価な中量級の機体だ。量産機とも言える機体なので、尖った性能はないし、火力はない。ついでに言えば、このテストで被弾すれば、その修繕費は受けた人間がそのまま負う形になる。ミッション失敗……つまり、不合格となれば、多大な負債を抱えたうえで、摘まみだされることだってあり得るのだ。
そうはならない。
断言できるだけ練習……訓練をしてきた。
機動力が下がった敵機の死角に回り込み、さらに銃撃を浴びせる。
今度はしっかりと狙い、弾倉があるあたりへ集中砲火する。銃弾が装甲を裂き、さらに叩き込まれた弾丸が弾倉内の弾に当たり誘爆。これで1機沈黙させた。
残る敵機はあと3機。
敵機を撃破した感慨に浸る暇もなく、擱座した敵機に向け、別の機体からの銃撃。IFFが反応しなくなった途端に、敵機の反応があるところへAIは打ち込んできた。
「敵味方の区別は信号だけってか……」
冷徹を通り越した対応をみて冷たいものが背筋を走る。
---これが戦闘。戦場か。
訓練では何度となく戦闘機動を試しているが、実際の戦場に立つとなると緊張感がまるで違う。死が隣り合わせになっているという恐怖。迫りくる銃弾を掻い潜り、自分を狙う敵を打ち倒す高揚感。
いろんな極限がないまぜになり、計り知れないほどの昂奮が、凍った背筋に再び熱を入れる。
兵装を切り替え、背部武装であるミサイルポッドの照準を近くの無人機へ合せる。ロック完了するまでがじれったく思うが、そこをこらえ、ロックオンと同時にトリガーを引く。燃料を燃やしながら弧を描き、無人機を捉えたミサイルが命中。この一発で無人機を一体沈黙させる。
「次ッ……どあッ!!」
ロックオンアラートの方向に振り向こうとしたところに敵機からの銃弾。
左の肩部装甲に被弾していた。射線に入らないよう気を配っていたはずなのだが、きちんと処理できず、銃口の前に出てしまっていたのだ。
『何をしている?複数の相手をするときの
無線から叱責する声。何度となく浴びせられたはずだが、今日はややいら立っているように聞こえる。とにかく、ジェネレータのオーバーヒートしない範囲で、回避機動をとりつつ、自分の銃口で相手を捉え続ける。何度も何度も反復してこなしてきたことだ。
実戦でいきなり100をだせ、とは、本当にスパルタな教育だと、今更だが思う。だが、それができない限り、経験からくる操縦の技量で、圧倒的に不利だ、ともずっと言われているのだ。
ここで無人機ごときにてこずっているわけにはいかない。
「敵が複数いるなら、お前のHUDに出ているレーダーに目を配れ。自分と、相手の相対位置を回避しながら読み取れ。」
「……アイアイマム……」
言われたことができない部下を叱りながら教えているような口調だった。
これで精いっぱいになっているようでは先が知れる。自分の成し遂げたいことがあるならここで躓くな、目標を排除しろ、と。その声音には、そんな気持ちも感じ取れる。
幸い、被弾した場所は重大なトラブルを起こすような場所でもなく、衝撃だけが強かったらしい。それでも壊れるときはあるようだが、今は特に問題ない。残る2機を片付けることに専念する。
銃弾が飛んできた方向を見ると、こちらに銃口を向けなおした2機の無人機が左右に分かれようと飛んでいるところが見えた。そのうち、左に飛んだ方に機体を向け、ミサイルのシーカーを合わせる。
ロックオンするまでがもどかしい。
焦れてしまっては負ける。そう解ってはいるが、制限時間が差し迫っている今の状況で、戦闘の経験が浅い俺には悠然と回避しながら狙いを定めるだけの余裕はなかった。
「くそぅッ!」
短く叫んだその瞬間に、ロック完了の音が耳に届く。それと同時にトリガーを引いた。そしてそのまま反転し、残るもう一体に向き直る。
兵装をライフルに戻し、ロックオンを待たず、引き金を何度も引く。
「落ち着け!まだ時間は残っている!!確実に墜とせ!」
アリスが叱り飛ばす声が聞こえてくるが、構わず打ち込みながら前進する。
5発……3発……1発。そして残弾はゼロになった。
兵装を背部ミサイルに替えつつ、回避機動をとる。方向を変えた瞬間、機体があったあたりに無人機が放った銃弾が弾痕を穿っていた。まともに当たっていれば機動力が相当落ちただろう一撃。また背筋に冷たい汗が流れていく。
(……早くっ)
シーカーを敵機に合わせるが、思った以上にロックオンに時間がかかっている。多分、焦っているせいで、目的を果たすまでの時間を長く感じているのだ。ブーストダッシュをしながら回避行動をとっていたが、ジェネレーターにあるエネルギーがつきかけていることに気づけなかった。
『ジェネレーター 復帰 マデ アト 10 秒』
ブースターの推力はゼロになり、機体の速度が極端に低下。転倒することはないが、それでも減速によるGは抑えきれない。
「ク……ッソッ……!」
毒づいたのとほぼ同じに敵機の銃撃にさらされる。
『アホウが!容量使い切るな!……動けるか?』
銃撃をもらった瞬間、予想していた通りのお叱りが飛んでくる。
機体の損傷個所を確認。ライフルを使う右腕は中破。これはどうでもいい。弾切れになっているのだ。動かなくても問題はない。そのほか、頭部レーダー破損、動力伝達率が70%まで低下。右脚部アクチュエーター異常。
「……なんとか行けるかな」
跳ね上がる心臓の動きを全身に感じながら、震えを抑えて返答する。
「残り時間が無い、ミサイルとブレードでいけるな?」
先ほどまでのがなり声から、冷静に確認する声音に変わる。
「どうでもやらなきゃ、ここまでやってきたことが無駄になるだろ?」
「その通りだ。行け。」
その言葉を受けたと同時に、ブースターに再び火を入れる。
バランスは機体が自動でとるとはいえ、片脚に損害が出ているため、開始当初とは全く挙動が変わる。歯を食いしばりながらなんとか自分の思った方向へ機体を動かし、再びシーカーを敵機に合わせる。
「確実に……」
シーカーが確実にロック完了するまでが焦れったい。
「……倒す」
ロック完了の音が耳に届いたその直後、トリガーを引き、全速力で敵機に向かう。煙を吹き出しながらミサイルは敵へ向かい、着弾する。自分の機体に左腕を袈裟懸けに構えさせる。
「ここで終われるわけない!あいつをこの手で殺すまで!戦い抜く!」
左腕から伸びた棒状のエネルギーフィールドが、敵機胴部の装甲を焼き切り、内部へその刃を届かせる。
それと同時に、機体から聞こえてきたアナウンスがあった。
『ジェネレーター 復帰 マデ……』
そのアナウンスを最後まで聞くことはできなかった。
おそらく無人機のジェネレーターが爆発。俺の機体の間近で起こり、その爆風で機体は中破までダメージを負った。その時の衝撃はかなりのもので、経験したことのないような前後左右のシェイクを受け、俺の意識は途切れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます