バ美肉Vtuber始めました

こめかみと

第1話 Vtuber 始めました


 「みんな~ 今日は配信観てくれてありがと~! めちゃめちゃ楽しかった~ また明日も配信あるからよろしくね~。エンディング~!」


 [コメント]

:おつかれー

:楽しかった

:おつー

:はいよー

:また明日~

:おつなな~

 :

 :


 エンディング画面を流し終え配信終了ボタンを押す。マイクをミュートにし、配信が終了したことを確認する。声を出さずにすべての確認を終えた後配信用PCの電源を落とす。

 Vtuber〈子月 なな〉(ねづき なな)には人には言えない秘密がある。本名 佐藤 和樹、性別男 25歳。職業:美少女Vtuber。つまりバ美肉おじさんというわけだ。

 始めた当初はすぐにばれると思って始めた配信活動だったがまったくバレる気配がなく、さらに1年前からじわじわと登録者数が伸び始め今ではチャンネル登録50万人を超える人気Vtuberの仲間入りを果たしてしまっていた。

 この秘密を知っているのは一緒に活動を始めた3Dモデラーの幼馴染の1人だけだ。

 秘密がばれたら炎上は避けられないし、下手すると俺の素性までバレかねない。ネットとは怖いものなのだ。

 (さて、配信終了ツイートするかな)

 スマホを操作し終了ツイートを打ち込む。

 すると一通のラインが届いた。


 〈康介〉

 『おつかれ様。配信OKだったよ』


 唯一俺の秘密を知っている幼馴染 安藤 康介からのラインだ。

 〈子月 なな〉のLIVE2Dや3Dを作ってくれている。

 俺が配信をするときは声や話の内容でバ美肉してることがバレないかチェックをしてもらっているのだ。


 『サンキュー』

 『今日もすごい数のスパチャだったね』

 『ホントそれな、20万は超えてたな』

 『マジでかw これは正体バレたらえらいことだね』

 『怖いこと言うなよwww』

 『今日もスパチャしてた〈つるたん〉っていたじゃん?』


 〈つるたん〉とはデビュー当時から配信を観てくれてるリスナーの1人で大体毎日スパチャをくれるし沢山コメントもくれる。


 『いたなー、マジで毎度ありがたいよ』

 『なんか怖いコメントしてたんだよね、「今度会いに行きます!」って』

 『何だそれ、全然気づかなかったぞ。めちゃ怖いな』


 配信では住所が特定されるようなことは何もしゃべってないはずだ。


 『住所バレはしてないと思うけど一応気を付けてね』

 『了解』


 康介からのラインを終えて改めて今日の配信を思い返す。

 (バレてないよな……)

 とにかく今気にしても仕方がない。何かあってから考えても大丈夫かな。

 

 数日後この時の判断を俺は死ぬほど後悔することになる。


                  〇〇〇


 バ美肉おじさんとは、主に「バーチャル美少女受肉」あるいは「バーチャル美少女セルフ受肉」の略、つまり男が美少女としてバーチャル空間に顕現することをいう。

 なので俺は男であり、現実では当たり前だが男として生活している。

 (心も身体も男のつもりなんだけどな)

 

 明日の配信の準備をしつつ今日の配信を見返す。

 「みんな~ こんなな~! 今日も張り切って配信やっていくよ~ よろしくぅ!」

 (改めて聞くとコレマジで俺の声かよ! なんか恥ずかしいな)

 バ美肉する際にはボイチェンを使って女声にするのだが、俺の声は人より声が高いのでボイチェンを使ってもノイズが乗りにくくホントに女の子が喋っているように聞こえる。

 (1年やっててもバレる気配ないし、技術の進歩マジスゲーわ)

 1年半活動してきたが事務所に所属してない俺は収益がそのまま稼ぎになる。康介への報酬を払ってもサラリーマン時代と比べ物にならないくらいの収入だ。

 それ故に今回みたいなコメントは少し怖い。

 (事務所だとこういう問題は何とかしてくれるんだろうな)

 考えても無駄だと分かっていても頭の隅で考えてしまう。

 (住所バレしても出てくるのが男の俺だと間違いだと思うだろうし大丈夫か、)

  「みんな~ 今日は配信観てくれてありがと~! めちゃめちゃ楽しかった~ また明日も配信あるからよろしくね~。エンディング~!」

 気が付いたら2時間分の配信を観終わっていた。

 (考えすぎだなこりゃ)

 するとスマホが震えた。

 

 〈千鶴〉

 『週末そっち行っていい?』

 

 千鶴は実家で暮らしてる4歳下で21歳、イケイケの大学生の妹だ。関東に住んでる俺の家には都心に遊びに行くときに荷物置き場としてよく使う、ついでに小遣いをせびってくる。

 

 『かまわないぞ』

 『了解、サンキュー』


 (珍しいな、アイツが事前に連絡をよこすなんて)

 千鶴はいつも突然やってきては荷物を置かせろだの小遣いだのと言ってくるので今回のように事前に連絡をしてくるのは稀だ。

 兄妹仲は特に良くもなく悪くもない。よくある「はぁ? しゃべんなし」とか罵倒してきたり、無視してきたりなどもなく、もちろん「お兄ちゃん大好き!」なんてありえないブラコンも発動させてはいない。どこにでもいる普通の兄妹だ。

 (週末は昼の配信はやめておくか)

 前もって教えてくれていれば配信中に家に来るなんて事故も防げるしありがたい。

 ちなみに以前配信中に千鶴が家に来て急遽配信を中断してしまうという放送事故を起こしてしまった。

 (あの時は終わったと思ったなぁ)

 あの時の配信はリスナーの中で「子月なな 家族バレ事故」としてめちゃくちゃ切り抜きが作られ100万回再生された神回となった。

 (再生数稼げるとしても二度と勘弁だな)


                 〇〇〇


 ーー週末ーー


 「おじゃまー」

 そして週末千鶴が家にやってきた。

 明るめに染めたセミロングの髪を揺らしながらお気に入りのスニーカーを脱ぐ。

 千鶴は俺とは違い学校でもカースト上位にいるようなイケイケな学生で当然容姿にも優れている。

 同じDNAを受け継いでいるはずなのにまったく似てない兄妹だ。

 「はいよー」

 「兄貴ん家久々に来たわー」

 リビングで勝手に入れた紅茶を啜りながら当たりを見回していた。

 「あんましポンポンこられても迷惑だけどな」

 「別にいいじゃん、どうせフリーターだし暇なんでしょ?」

 「うっせー、フリーター舐めんなし!俺には俺の予定があんの」

 「ふーん、いまだに兄貴がなんでフリーターでもこんな都心に近いところで1人暮らし出来てんのか謎なんだよねー。そんな稼ぎないはずじゃん?」

 俺は仕事を辞めたことは家族に説明はしたがVtuber 活動をしていることは話していない。親としても自分の子がバーチャル世界で美少女の皮をかぶって生まれ変わってるなんてことは知りたくないはずだ。

 「分かってるなら小遣いせびんなよ」

 「それはそれじゃん?」

 「……」

 「それよりさー兄貴ってVtuber って観る?」

 「……?どした突然」

 「えー?なんかさー私の推しがこの辺に住んでるかもしれないんだよねー。〈子月なな〉って子なんだけどさー」

 ビクッ⁉

 (なんでコイツの口から ”なな” の名前が出てくんだよ⁉ てかこの辺住んでるってなんでバレてんだよ!)

 「いやー知らないなぁ」

 「えー! 知らないの? はい! リンク送ったから絶対見て! 絶対ハマるから、マジてぇてぇから!」

 スマホを操作してユーチューブのチャンネルのリンクを送ってきた。

 「お、おう。まぁ時間あるときにでも観てみるわ」

 「絶対だかんね! マジで兄貴ハマるはずだから!」

 「了解、けど珍しいなお前がこういうのにハマるなんて」

 「そうなんだよねー、デビューから観てるんだけどなんか初めて見た気がしなくてさー、親近感ていうの? なんかそんな感じで観てたらハマった」

 (初めて見た気がしないって、20年以上見てきてるんだもの、そりゃ親近感も沸くだろうよ)

 「へー、そうなんだ」

 「へっへー、毎回スパチャだって投げてるしアカの名前も覚えてもらってるしねー」

 (マジかよ! いつもスパチャ読みしてる時にいるやつらの中にコイツもいんのかよ! これからどんな気持ちで名前読めばいいんだよ!)

 「そ、そうか。ほどほどにしとけよ」

 「うーん。てか配信者ってどんな家に住んでんだろねー?」

 (ここに住んでますよ)

 「さぁ? 稼いでんだしいいとこ住んでんじゃね?」

 「えー? 多分この辺に住んでると思うんだけどなぁ」

 「な、なんでこの辺のに住んでると思うんだ?」

 「そりゃさー配信見てたらさどこのコンビニよく行くとか都心までどれくらいとかマツキヨが近いとか行ってたからさー条件に合う所っていったらこの辺ぐらいしかないんだよねぇ、あとこの間音入ってたパトカーの音が決まり手だった」

 (怖っ! コイツ怖っ! 何それグーグルマップとか使って探したの? そんなので分かるもんなの? 我が妹ながらストーカースキル高すぎてマジで怖いんだが⁉)

 「そ、そうか。でもその子はあんましリスナーとは会いたくないかもしんなないし探したりしないほうが良いんじゃないか?」

 すると少し考えるようにうつむきながら

 「それも考えたけどやっぱり会いたいし、会って直接伝えたいこともあるし」

 「もしかして今日来たのって〈子月 なな〉を探すためか?」

 「そう! そう! やっと候補絞れたら兄貴ん家近いじゃん? 行くしかねー! ってなちゃったんだよね!」

 パッと顔を輝かせてうつむいてた顔を上げた。

 (厄介勢じゃねーか! なんでコイツはもうちょっと物を深く考えて行動できないんだよ!)

 「でさ、でさ! どこかこの辺で配信者住んでそうなとこないか知らない?」

 「さぁ? 心当たりないな」

 「マジかぁ、まぁ期待してなかったけど。よし! ちょっとその辺歩いて探してくるわ」

 「お、おう。 暗くならないうちに帰れよ」

 「りょ」

 そう言って千鶴は家を旅立って行った。

 (マズいな、万が一にもアイツにバレないようにしなければ)

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